第37話 前哨戦

 墨を薄く引き伸ばしたような暗闇を、ボクたちは超低空で滑走する。


 目指すは若草色に煌めく光の元。


 距離が近づくにつれ、その輝きが瞳にはっきりと映し出される。ようやくヴェルナードの姿形がわかる頃には、もうかなり直近まで近づいていた。


 保安部員たちが剣をひらめかせ、黒い小さな何かと交戦していた。


 翠緑の尾を靡かせて、剣と黒い物体が交錯する。その瞬きに垣間見えたのは、四本脚の狼にも似た、敵意を確かに持った漆黒の物体だった。


 大きさは小型犬ほどだけど、その俊敏さは犬などと比較にならない。黒い獣は地に脚をつけるや否や、すぐに反転、そして跳躍を幾度となく繰り返し、襲いかかる。


 薄闇の中、黒い小さな獣たちは幾重にもくっきりと軌道を残す。まるで繭のような残像が、ヴェルナードたちを包み込んでいた。騎乗した保安部員たちは終わりが見えないその波状攻撃に、防戦一方だ。


 戦う対象を目視したクラウスは、ヴェルナードたちの直前で急上昇をする。ボクたちもその後を追い、上空に機首を向ける。そこから大きく迂回して再び距離をとると、クラウスの声が銀幕内に雷鳴のように響き渡った。


「全員横一列に散開! あの黒い群れを撃ち落とすぞ! ———ヴェルナード様! 身を低くしてください!!」


「皆、援軍がきてくれた。各自頭を低くするのだ!」


 ヴェルナードの応答が聞こえた後、「絶対に味方に当てるなよな」と横陣の中央にいるクラウスが注意を添える。そして。


「———撃てっ!」


 横に広がった六機の機体から、風の飛礫つぶてのバースト砲が連射された。マクシムの渇いた発砲音も立て続けに聞こえてくる。


 夜空に輝く星の如く無数に放たれた風の飛礫つぶては、馬上すれすれを通過して、蚤のように跳ね続ける黒い獣に襲いかかる。風の飛礫が黒い獣に命中すると、黒い霧となって消滅した。


 見事半数ほど撃ち落とすと、攻撃の手数も当然減り、保安部員たちも体勢を立て直す。


 ヴェルナードが防御に充てていた剣の刃を立て、飛びかかってくる黒い獣に軌道を合わせる。確固たる殺意を持った黒い獣はヴェルナードが放った一刀で両断されると、やはり背景に同化するように霧散した。他の保安部員たちも、斬りつけ、突き刺し、残りの敵を掃討していく。


 ボクらは空中停止ホバリング状態で、ヴェルナードたちと合流した。


「危ないところだった。礼を言う、クラウス」


「いえ……それよりも、先程の敵は一体……? 前回破壊した銀幕には、あんな敵はいませんでした。どうもここを前の銀幕と一緒に考えると、痛い目にあいそうですね」


 銀幕の表面からこぼれ漏れる僅かな光源と、自分が発する剣の光に輪郭を浮かび上がらせたヴェルナードの顔が、確かに引き締まる。


「……クラウスの言う通りだ。どうやらこの銀幕は聞き及んでいた銀幕ものとは、大きく異なりそうだ」


 確かに前回はクラゲのような姿をしたコアだった。そして今回は狼や犬といった哺乳類らしき動物を形取った敵。


 ……それって、もしかしたら。


「ねえヴェルナードさん、クラウスさん。マーズも言っていたように、核はエネルギーを吸い取るポンプの役目をしているじゃない? もしかしてだけど、核はその吸い取ったエネルギーに姿が反映するんじゃないかな?」


「……どういうことだ?」


「前回のコアはクラゲって言う海の生き物に似ていたんだよ。多分前回の銀幕って海から伸びていたでしょう? 今回は地上からだから……もしかしたらここのコアは、地上の生物の形をしているのじゃないかなって、ボクは思うんだよ」


「……なるほど。理にかなっている」


 珍しくすんなりと、妙にヴェルナードが納得したその時。


 頭上からの突風を受け、ボクたちは体勢をぐらつかせる。

 見上げたその先には———闇の塊。

 銀幕に蓋をしてしまうくらいの、大きな体躯。


 黒い獅子に似た体に大きな翼を羽ばたかせて、この銀幕の主と一目で見抜けてしまうくらいの存在感を周囲に撒き散らしながら、コアがゆっくりと降臨してきた。

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