第60話 航行部と今後の戦略 〜その1〜

 設計図のすり合わせも終わりヘルゲに改めて礼を言うと、ボクらは資材調達班の作業小屋を後にして馬に乗り町を出た。


 向かう先は航行部。ボクにとって初めて行く場所になる。


 風竜の今後の航路を確認して、銀幕破壊の対策を練るとの事だ。風竜の航路変更にはマクリーの存在が必要不可欠なので、継母のボクも必然的に同行しなければならない。


 明日から半ば強制的に航空戦闘部に転属となるので、本当なら今日ぐらいは、生死を共にした仲でもある保安部の面々と過ごしたかったのだけれど、それもさせては貰えなそうだ。


 さらに、ボクのCRF250R愛車を初めて見たクラウスが、道中いろいろとちょっかいを出してくるのが鬱陶しい。


 航行部の本部となる建物は、風竜の首の付け根あたりにあるらしい。つまりは空母の様な平らで広い背中の一番北側だ。


 そこに行くには途中にある大きな丘———航空戦闘部が管理する場所らしいのだけど、そこを大きく迂回していかなければならない。


 丘の麓は草木は全く生えておらず岩肌が剥き出しになっていて、悪路とまでは言わないが、平坦な道ではない。


 ボクはCRF250Rマシンを巧みに操り、丘の勾配を駆け上がり蛇行しながらオフロード走行を楽しみつつ、騎馬団と並走する。


 ヴェルナードやアルフォンス、その他の保安部員には毎度お馴染みの見慣れた光景でも、クラウスには受けがいい。


「———ヒュゥ! やるねぇ嬢ちゃん!」


 そう持て囃されると悪い気はしない。上機嫌になったボクは、クラウスの歓声に応えながら、小刻みにターンやジャンプを繰り返す。


 もしかしたらこのクラウスとは、ウマが合うかも。


 そんな事を思いながら暫く調子に乗って走っていると、丘の麓も終わりに差し掛かり、次第に草木が増え始め、緑豊かな風景へと戻る。


 さらに暫く進むと木々の密度は濃くなっていき、樹林の中に隠されているかの様に建物が建っていた。


 それはボクが『モン・フェリヴィント』で見た中で、一番大きい建物だった。


 学校の体育館くらいはあるだろうか。建物の両脇から、太いパイプの様なものが延びていて、森の奥へと続いている。何とも形容し難い、不思議な形の建物だ。


「ここが風竜の背の北の端にある、航行部の本拠地だ」


 ポカンとただ建物を見上げるだけの、事情を知らないボクにヴェルナードがそう告げる。


 これで風竜の背———『モン・フェリヴィント』の大体の場所にボクは行った事になる。



 ちょっと頭の中で簡単に整理してみよう。


 竜の背中を俯瞰ふかんで見た場合、南からガソリンが取れる竜の瘡蓋かさぶた(現在はガソリン採掘公認済)があり、人々の暮らす町や畑があり、東の森や西の鉱山、そして診療小屋がある。


 さらに草原と森を北へ進むと保安部があり、航空戦闘部の丘があり、最後にこの航行部の建物があるといった位置関係になると思う。



 建物脇の馬繋場に馬とマシンを停め、ヴェルナードを先頭に扉を開けて中へと入っていく。建物内は仕切りや階段といったものはなく、天井まで見通しのよい広大なスペースで大勢の部員が任務に精を出していた。


 流線型の前方部分は少しモヤのかかった透明度があまり高くはないガラス張りになっていた。

 それに向かって何十人もが弧を描く様に前を向いて座り、手元の台座で何やら作業をしていたり、壁に取り付けられた試験管みたいな計器類に難しい顔を向けている部員たち。


 だけどそれよりも、ボクが一番驚いたのは部屋の中央にある物体だ。


 薄い緑色の光を纏った球体が浮いているのだ。


 いや、浮いているという表現よりは、空中にピタっと固定されていると言った方が正しいだろう。

 

 そしてその球体上にゆっくりと点滅している光点が、いくつかある事に気がついた。……もしかしたら、あれはこの世界を表す球体座標なのだろうか。


 まるで旅客機や戦闘機のコックピットを、とっても大きくした様な空間だ。


 はたまた何かの司令室の様にも見えなくもない。


 どちらにしても、緑の色彩と土の匂いが立ち込める『モン・フェリヴィント』に相応しくない、少々メカニカルで奇妙な空間に見惚れていると、一人の男性が近づいてきた。


「わざわざご足労頂き恐縮です。ヴェルナード様」


 赤を基調とした制服に身を包み、ロマンスグレーの髪を後ろに撫で付けた初老の男が挨拶をした。胸に付けられた『4つの月章フォースムーン』の紀章が、この空間のあるじだと主張する。

 

 細身だけどしっかりと鍛え上げられた肉体は、その歩き方や姿勢で分かるものだ。


 男は背筋を曲げずに綺麗なお辞儀をして見せた。

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