第43話 遺跡調査

 風竜の停泊時間は三日間なので、帰路の時間も考えると遺跡探索には丸一日程しか費やせない。生活部員とその護衛の保安部員数名を一足先に風竜へ帰還させ、ボクたちはカシャーレで一泊する事にした。


 ギスタの配慮で来客用の宿舎を用意してもらったものの、硬い地べたに薄汚れたペラペラの掛け布団だけでは、碌に疲れもとれやしない。


 明朝になり寝不足気味の体のまま、監視兼案内役のギスタの手下の先導の元、カシャーレの北にある遺跡へと向かう。


「カトリーヌさんは生活部のみんなと風竜に戻らなくてよかったの?」


 茶褐色の砂地に黒っぽい岩がゴロゴロと転がる色褪せた大地を歩きながら、ボクは隣を歩くカトリーヌに声を掛けた。


「ああ。物資の引き渡しまでが生活部の任務だからね。後はアタシがいなくても平気だよ。それに遺跡の調査なんてこんな面白そうな事、黙って見てらんないよ」


「はぁ……だけどここに残ってたらまた、あのスケベオヤジが何か言ってくるんじゃないかな?」


「そんときゃウチのダンナがまた助けてくれるさね。アイツはアタシにベタ惚れだからね。時々うっとしくて困ってしまう事もあるけどさ」


 フフフ、とカトリーヌが笑みを溢す。


 そう口では言ってるもののカトリーヌもアルフォンスの事を大切に想っているのだろう。


 身を挺して妻を守る昨日の勇姿を思い出したのか、少しだけ上気した顔からは「好き」という感情が溢れ出ている。とってもお似合いの夫婦だと思う。


 今だ彼氏すらできた事がないボクにとっては、羨ましい限りだけどここは素直に頂いておくとしよう。


 ご馳走様です!


「なあカズキ……背中の、今はどんな様子なんだ?」


 周囲を気にしながら耳元でジェスターが囁いた。


「ああ、マクリーね。それが昨日の夜からずっと寝てるんだ。まあ起きたら起きたでうるさいから、ちょうどいいんだけどね」


「そっか。できれば今日一日、ずっと寝ててくれれば助かるのにな」


「確かにね。ギスタの手下もいる事だし、マクリーの存在を知られたら面倒な事になるかもしれないね。ジェスター、アンタがしっかりカズキを守ってあげな」


「はい! 姐さん!」


 ジェスターが目をキラキラさせながら前のめりに返事をする。


 いつの間にやらカトリーヌを姐さん呼ばわりするジェスターは、すっかりこの体育会系のゴリゴリ夫婦に心酔している様だ。


 ボクはそんな様子を少し冷めた目で見ながら、本来の目的を再確認した。


 ……遺跡で元の世界に戻る手がかりを見つけるんだ。



  🌙🌙🌙🌙🌙🌙🌙🌙🌙🌙


 

 砂漠の様な、焼け野原の様な、ただただ代わりばえのない景色を歩く事三時間、ようやく目当ての遺跡にたどり着いた。


 遺跡と言うからには建造物の面影が少なからず残っているものだとばかり思っていたけど、実際は違った。


 建造物らしきものはどこにも見当たらない。瓦礫が散乱しているだけだ。


 建物の柱であろう円柱状の残骸や建物の屋根らしき大きな残骸がある事で、その昔ここに建物が建っていたんだな、と推測できる程度である。


「『モン・フェリヴィント』のダンナたち。ここがアンタらが言っていた遺跡だぜ。俺たちはそこら辺で休んでいるから、好きに散策するがいいさ。ただし時間はきっかり四時間だ。暗くなる前に戻らないと、この辺りは魔獣の群れが出るからな」


 ギスタの手下はそう言うと、遺跡の残骸を枕に寝転び出した。彼らはあくまでも監視役で手伝う気はさらさらない様だ。


「……さあ時間は限られている。皆で手分けをして調べて欲しい。瓦礫に刻まれた紋様や記述など、何でも構わない。見つけたら知らせて欲しい」


 皆を鼓舞したヴェルナードも、流石に落胆の色は隠せていない。


 ボクだってそうだ。


 遺跡と言うからにはもっと建物自体が現存していて、装飾や刻まれた記述など文化の欠片が残っていると思ってた。だけどこれじゃただの瓦礫の山だ。何も見つけられそうもない。


 ギスタが調べつくして何もないと言っていたのも頷ける。


「……やる前から諦めるなんてカズキらしくないぞ。ヴェルナード様たちも手伝ってくれるんだ。お前がしっかりしなきゃダメだろ」


 瓦礫を前に茫然と立ち尽くすボクの肩を、ジェスターがバシンと強めに叩く。


「そうだ……その通りだよ。ありがとジェスター。たまにはいい事言うじゃないか」


「いつも一言多いぞ、カズキは」


 ジェスターに元気付けられて、ボクは遺跡の調査を開始した。


 瓦礫に埋もれた何かがあればと、一つ一つ手作業での撤去作業はなかなか辛い。


 それでもヴェルナードやアルフォンス、保安部の皆も文句ひとつも言わないで、黙々と作業を続けてくれている。任務だから、と言う理由だけじゃない。


『モン・フェリヴィント』の治安を守る保安部は有事の際には民の盾となる命懸けの部署なのだ。


 任務を通じて生まれる信頼関係や連帯感、部員同士の結び付きが他の部署よりも強いのは当然だ。


 ボクの事も『落人おちうど』と蔑まないで仲間として気軽に接してくるから、今では全員の顔と名前を覚えている。


 表向きはギスタに伝えた過去の歴史調査だけど、ボクが元の世界に戻れる手掛かりを見つける裏ミッションがある事を、保安部員は全員知っている。みんなに感謝の気持ちでいっぱいだ。


 額の汗を拭いながら散乱した瓦礫と格闘を続けていると、後ろから急に名前を呼ばれた気がした。


 ボクは振り向いて辺りを見回した。


「……違いますよカズキ。我輩です」


「ま、マクリー? 起きたのね! ……今、遺跡の調査をしているところだから、静かにしてるんだよ。皆に見つかったら厄介だからね」


「何か探しているのですね? だったらあそこ、もうちょっと前に行ってください。我輩、何か感じるんです」


 マクリーがリュックからひょこっと顔を出し、前方の瓦礫の山を指差した。

 

「分かったから! ……顔を引っ込めて!」


 後ろ手でマクリーの頭をリュックに戻し、その瓦礫に近づいてみる。山積みにされた瓦礫の隙間から、ぽわっと淡い光が漏れ出しているのに気がついた。


 ……え? なんだろうコレ。


 積まれた瓦礫を取り除いていくと、光は次第に強く確かなものになっていく。瓦礫を全て取り除くと、茶色い砂に覆われた地面が剥き出しになった。地面の下が光っている様だ。


「ねえヴェルナードさん! ちょっとこっちに来て!」


 ボクは大声でそう呼ぶ。


 近くにいた部員たちからわらわらと集まり出し、ヴェルナードが到着する頃には、ギスタの手下を含めたほぼ全員がボクの周りに集まった。


 淡く発光する地面を見て、皆一様に驚愕している。


「これは一体……? とにかく慎重にここを掘ってみるとしよう」


 保安部員の数人が、木製のスコップで少しずつ地面を掘っていく。


 掘り進む事に光は強さを増していき、30㎝程掘り進んだ辺りで硬い底へと到達する。その周辺の地面も掘り進む。現れたのは乳白色の床だった。


 スコップを持った保安部員が白い床を突いてみる。


 ゴンと跳ね返る衝撃音から、風化している遺跡の瓦礫と違ってかなりの硬度がありそうだ。


 たちまち露出した謎の床の周りには人だかりが作られた。皆が代わりがわりに覗き込む中、後ろからぴょんぴょん跳ねているボクとジェスターにもようやく順番が回ってきた。近くに寄って覗き込む。


 なんだろうこれ。……見たところ大理石の様にも見えるけど。


 ボクが覗き込んだ次の瞬間、正方形の光の筋が白い床に浮かび上がった。


「……え? な、な、何っ!?」


 正方形の光の筋は一瞬だけ、強い閃光を放つ。


 そして白い床には、地下へと続く階段が現れた。

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