第44話 地下の奥底で待つモノは

「な……? こ、こんな階段があるなんて……聞いてねえぞ」


 ギスタの手下の驚きっぷりからも、この階段が今まで発見されていない物だと窺い知れる。


 階段は一人ずつ通れるくらいの大きさだ。


 その先に何があるのか、ここからじゃ暗くて分からない。皆の視線が自ずとヴェルナードに集まり出す。


「……降りてみよう。皆、警戒を怠らない様に」


 アルフォンスが備品をまとめて管理していた保安部員に声を掛け、松明を数本取り出し火を灯す。


 アルフォンスを先頭に、残りの松明を持った保安部員が等間隔になる様にしてボクらは階段を順番に降りた。


 階段は思っていた以上に長く続いていて、建物で言えば三、四階分は降りたと思うけど、薄暗いのではっきりとは分からない。


 階段をようやく降り終わった先は意外に広く、人が二、三人は並んで通れるくらいの一本道になっていて、床や壁など全面が青白い光を纏っていた。


 松明の光が合わされば、地下と言ってもそう暗くはない。


 ボクたちは迷う事ない一本道を、何かに導かれるかの様に歩いていく。しばらく歩くと先頭のアルフォンスが立ち止まった。


「なんなのだここは……」


 そう呟いたアルフォンスの隣にいるヴェルナードも、前を見据えたまま動きを止める。


 隊列の真ん中あたりにいたボクは、人の間をかき分けて先頭まで躍り出た。


 そこは綺麗に区画された四角い空間で、周りを取り囲む壁や床はやっぱり青白い光を纏っている。


 壁や床の面積が広い分、通路よりも一際明るい。


 そして空間のちょうど中央に、円柱状の台座がある。その上には半透明だけど淡く虹色に輝いた球体が浮いていた。


「ようこそおいでくださいました」


 優しくて、心地よくて、それでいてどこか威厳を帯びた鈴の音色の様な声が、広い空間に反響する。


 ボクたちは反射的に身構えた。アルフォンスと保安部員数人がヴェルナードを守る壁になると、ボクの前にはジェスターがザッと立ちはだかる。


「……そんなに警戒しなくても大丈夫です。あなた方に危害を加えるつもりはありません。どうか信じてくださいませ」


 そんな警戒するなと言われても無理がある。


 広い空間に反響して声の出所がよく分からないのだ。ボクたちがキョロキョロと辺りを窺っていると、急に背中がモゾモゾむず痒くなった。


「カズキ。ちょっと我輩ここから出ていいですか?」


「……ちょ、マクリー! 待って出ちゃダメ!」


 ボクの制止を完全に無視したマクリーが、ポンと勢いよくリュックから飛び出した。


「お、おい! なんだあの生き物は!?」


 マクリーの事を知っているのはボクとジェスター、それにヴェルナードとアルフォンス夫妻だけだ。


 それ以外の保安部員やギスタの手下は、突如ボクのリュックから飛び出した珍妙な生物の登場に、驚きの声を合唱した。


 ……あちゃぁ、マクリーの事がバレちゃったよ。これは後でヴェルナードさんたちに怒られるかも。


 そんな周りの様子に構う事なくマクリーは、背中の小さな翼を懸命に羽ばたかせ、部屋中央にある台座へと緩やかに飛んでいく。


 放物線を描きながらなんとか台座までたどり着き、宙にフワフワ浮いている虹色の球体に向かって、驚くべき事を口にした。


「———母上!」


 は、ははうえ!? ……え? お、お母さん?


「あなたは……バルディレスの後継竜ね。随分と変わった姿をしているけれど……会えて嬉しいわ」


「我輩もです、母上。カズキにマクリーという名前をもらいました。ちょっと頼りなくて怒りっぽいのが玉にキズですが、スレンダーでまあまあ優しい親代わりなのです」


 マクリーアイツ、後で絶対殴る!


 ボクが拳をわなわな震わせている間にも、二人(?)の会話は続いていく。


「そう……あなたが幸せなら私はそれで充分です。よい親代わりに巡り逢えてよかったわ。……カズキさんと言ったかしら。少しお話しをしてもよろしくて? 申し訳ないですが、側に来てくださりませんか?」


 ……え? ぼ、ボク!?


 そんないきなり指名を受けたって困る。ボクが周りをおどおど見回すとヴェルナードと目が合った。顎をくいっと台座に向ける。


 なんてこった。ボスのGOサインが出てしまった。


 でもまあ、マクリーのお母さんって言ってるし、優しいカンジもするし、大丈夫かな。


 それでも何が起こるかなんて、いくら考えたところで予想すらつきっこない。ボクは慎重に慎重を重ね、恐る恐る台座へと近づいた。


「あなたがカズキさんね。お噂の通り優しくて、それでいてどこか不思議な佇まいをお持ちな方ですね。どうかこの子を……マクリーの事をよろしくお願いしますね」


「ちょ、ちょっと待って! あなたがマクリーのお母さんなんだよね? 無事こうやって会えた事だし、あなたがマクリーを育てるのが一番いいんじゃない?」


「……それをしたくても出来ないのです。今の私は、遠い昔に残した想い。最初にここへ神竜の後継竜を連れてきた方々に、忘れ去られた世界の真実を伝える為。いわば過去の思念体なのです」


「少し話を聞いてもいいだろうか。貴殿が風竜の生みの親なのは理解した。我々はその昔、風竜によって救われた者の末裔。長きに渡り風竜の加護を受け、その命を繋いできた。だがその反面で、豊かな日常と引き換えに過去の伝承が失われ、我々は歴史の大枠しか知らない。……教えて欲しい。過去に何が起こったのか。そして我々の進むべき道を」


 静かに台座まで歩み寄ったヴェルナードが、虹色に揺らめく球体と向かい合う。


 その言は『モン・フェリヴィント』の代表として、未来を見据えた力ある語り口調だ。


「……分かりました。私の知っている事を全てお話ししましょう」


 マクリーの母を名乗る虹色の球体は、静かに語り始めた。

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