第11話 通称『雑務係』

「さてと、任務再開じゃ」


 ヘルゲが作業を開始すると、機嫌を取り戻したジェスターがボクにいろいろと教え出す。


 張り切って教えるその顔は、とても初々しい。


 ボクは言われるがままにこんもり積まれた目の前の黄色い土をふるいに移してふるいにかけた。黄土が残らず舞い落ちると、小石よりも小さな赤い石が三つほど、ふるいの目に引っ掛かり残っている。


「それがブリェルだ」


 ボクはジェスターの指示通り、小さな赤いブリェルを慎重につまみ上げてジェスターの腰から下がっている皮袋に入れていく。


 そしてまた黄色い土を移しては、ふるいを振り続けた。


 サラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラ。


 ———いや待って! だからこれって一体何なの? ボクは何をやらされているの?


「……ね、ねえジェスター。黄色の土の中からこの赤い石……ブリェルを探してるのは分かったんだけど、この赤い石、一体何なの?」


「これを水に溶かすと、赤いどろっとした液体になるんだ。それを家の壁とかに塗るんだよ」


「ふーん。……なんで?」


「えっ? さ、さあ。何でだろう……」


 ボクとジェスターが二人で頭を傾げていると、見かねたヘルゲが助け舟を出してくれた。


「ブリェルを溶かした水を木材に塗ると、湿気や熱に強くなるんじゃよ。じゃからここ『モン・フェリヴィント』の建物には全てブリェルを塗っておるのじゃ。塗ったばかりは真っ赤な色なのじゃが、時間と共にだんだんと色が抜けてくる。黄色くなったらもう一度塗り直す頃合いじゃな」


 なるほど。ボクはぽんと両手を打つ。そういえば町の建物は赤やオレンジと赤系統に着色された建物ばかりだった。あれはブリェルを塗った色だったのか。


 ブリェルとは漆喰しっくいみたいなもんなのかぁ。


「だ、だけどな。水に溶かす前のブリェルは、日光を当てるとすぐに蒸発しちまうんだ。だからブリェルを探すときは、陽の当たらない場所でやらないとダメなんだぞ」


 美味しいところをヘルゲに取られたジェスターが、慌ててボクに教えてくる。先輩としての威厳を何としてでも保ちたいのだろう。


 そんなジェスターを見てクスリと笑うと、ジェスターは照れ臭そうに「な、何だよ」と言って口を尖らせた。


 うん、実に微笑ましい。


「二人とも、教えてくれてありがとう。ボクは『モン・フェリヴィント』の事が全く分からないからさ、任務の事ももちろんだけど……ここの常識をこれからも教えてくれると助かるよ。どうかよろしくお願いします」


 頭をぺこりと下げるボクに、ジェスターが「俺に任せときな」と胸を叩き、それを見守るヘルゲの程良いふくよかな笑い声がボクたちを包み込む。


 癒し系上司と初めての後輩を前に意欲溢れる年下の先輩。うん、人間関係は悪くないかも。


 職場環境は超ブラックだけどね。


 日本に帰る手がかりが地上にならあるかもと、ヴェルナードは言っていた。五ヵ月後に地上に降りるなら、それまでは少なくともこの二人に迷惑をかけないようにしないといけないだろう。


 ボクも頑張らないと。


「ところで、このブリェル探し以外に資材調達班って何をするの? ボクも頑張って仕事覚えなきゃだしね」


 今度はボクの番と前のめりにヤル気を見せたその言葉に、二人は歯切れの悪い言葉を返す。


 ……あれ? 何か地雷踏んじゃった? 踏んだ事すら全く気付かなかったんだけど……。


「カズキよ……実はな……」


 ヘルゲが何か言い出そうとしたその時、バタンと激しい音と共に容赦無く扉が開かれた。立っていたのは同じカーキ色の服を着た一人の男で、胸には『1つの月章ファーストムーン』の紀章が付いている。


「ヘルゲ爺さんよ。建築班から頼まれたブリェル採取は今日にも終わるんだろ。だったら明日はカモーナを採ってきてくれ。武具生産班からの依頼だ」


 男はこちらの都合も聞かずにそれだけ言うと、用件はそれだけと言わんばかりに振り返る。


「じゃあな。頼んだぜ『雑務係』さんよ」


 再び扉が激しく閉まると細かい埃が部屋の中で舞い踊り、壁から差し込む細い陽光がスポットライトの役目を果たし、埃をキラキラと照らし出す。


 そんな埃のダンスを気に止める事なくジェスターは、男の残滓がまだ残る扉を悔しそうな顔で睨み付けていた。


「……アイツら、いつも威張って俺たちをこき使いやがって……!」


 絞り出す様なその言葉に、ヘルゲはやりきれないため息を一つ吐いた。


「……カズキよ、先ほどお前さんが聞いてきた話じゃがな。ワシら資材調達班はのう、決まった任務はないんじゃ。他の製造部の連中の雑用をしている言わば小間使いなんじゃよ」

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