第12話 製造部の内訳
「おや? どうしたのですカズキ。何か悩み事でもあるのですか?」
カーキ色の上着を控え目にまくし上げながら深い長いため息を吐くボクを見て、服の隙間から聴診器を滑り込ませているゲートルードが、そう聞いてくる。
今日は初任務から三日後の、定期検診の日。
任務を半日で切り上げて診察小屋へとやってきたボクは、晴れない気持ちを隠す事なく顔全体に張り付かせ、ゲートルードの検診を受けていた。
「……ちょっと聞いてよゲートルードさん!」
ボクが待ってましたとばかりに詰め寄ると、ゲートルードは少したじろぎながらもいつもの柔和な顔で応えてくれた。
初任務から今日までの三日間。ボクが配属された資材調達班———またの名を雑務係のなんたるかが分かってしまったのだ。
要はただのパシリです。ええ。
資材調達班が所属する製造部は、他にも武具生産班と建築班という二つの班が存在する。
武具生産班はその名の通り武器を生産する班で、建築班は町の建築物やその他諸々の建物を作っているらしい。
そして我らが資材調達班は、名前はいかにもそれらしく聞こえるけど、実は武具生産班と建築班が必要な素材を調達する、
初日は一日中小屋に篭って建築班に頼まれたブリェルの採取。二日目と今日は武具生産班に頼まれたカモーナの採取。
カモーナとは、西の鉱山の麓にある柔らかい砂が広がる一帯で取れる鉱物で、何と竜の古い皮膚の欠片なんだとか。
地面の下のさらに下にある地層の基盤———竜の皮膚は、古くなると剥げ落ちるらしい。そして剥がれた皮膚は振動や質量の作用によって長い年月を掛け、軽く柔らかい砂地に浮いてくる。
それがカモーナなのだ。
灰色の少し大きな瓦に似たカモーナは確かに軽くて丈夫そうだし、手で叩くとカンカンと金属に似た音がする。これで武器類を作るって話も確かに頷けるんだけど。
問題は、それをボクたち三人だけで取ってこないといけないって事。
カモーナが発掘される砂地は柔らかいとは言ったけど、スコップでひたすら掘って探す作業は当たり前だけど重労働だ。
それにいくらカモーナが軽いと言ったって、木の桶一杯に盛られたカモーナはそれなりに重い。
ボクらの本拠地でもある作業小屋から西の鉱山までは歩いて10分ほどの距離。道中それなりに勾配もある。
カモーナがぎっちり詰まった桶を抱えて一日何往復もしてみれば、日が落ちる頃にはクタクタになるのも当然だ。おかげ様でボートレーサーとして訓練慣れしているボクだって、腕と腿がパンパンだよ!
「……という訳だから、筋肉痛に効く湿布か塗り薬をもらえないかな?」
この三日間の一部始終とその愚痴を吐露したボクは少し気持ちがスッキリすると、ゲートルードに甘えてみた。
「それだけ元気なら必要なさそうですけどね……あっと患者に対して失言でした。塗り薬を用意しますので、ちょっと待っててください」
「ありがと。ゲートルードさん」
棚をガサガサと漁る背中を見ながら、人の優しさに触れられた事にほっこり心が和らいでいく。
任務上、武具生産班と建築班との関わりが多いボクたちは、彼らに度々雑用、雑用と揶揄される。加えてボクは『
そりゃ雑務係の二人も、いろいろ教えてくれたりして優しいけどね。最初はジェスターの態度にどうなる事かと思ったけど。
だけどあちらはお子ちゃまとおじいちゃん。ボクには気を使わないで全てを委ねられる頼れる人が必要なのだ。
ゲートルードさんはボクの癒しだよ。これからもよろしくお願いします……!
そんなボクのおんぶにだっこで寄り掛かりまくりの勝手な視線にゲートルードは少し不思議そうに首を傾げながらも、柔和な表情を崩さずに掌に乗るくらいの小さな木箱を手に持ち戻ってきた。
「基本、楽な任務はありませんからね。カズキも『モン・フェリヴィント』に早く慣れる事ですね。……はいどうぞ、塗り薬です。一日一回患部に塗ってください」
「うん……分かってるよ。分かってるんだけど、雑用やら雑務係ってみんなに馬鹿にされるのはちょっと、ね。それにボクは『
「カズキが皆に心を許せていないのと同じで、皆もカズキの事を知らないから恐れているのだと思いますよ」
「ボクを……恐れている?」
「ええ。人は知らない物や人を必要以上に恐れたりするでしょう? だからカズキが皆と同じ人間で、頑張っている所を見せれば、大丈夫じゃないでしょうか。それにね、製造部の人間は職人気質で口が悪い人が多いけど、みんな根っこは優しい人ですよ」
本当かなぁ? 明らかにボクを厄介者扱いしている製造部のリーダー、エドゥアみたいなのもいるんだけど……。
「それにヴェルナード様も仰ったでしょう。『モン・フェリヴィント』の掟に従いカズキを受け入れる、と。だから何も心配する事はないですよ」
「その掟って一体何なの?」
「細かい決まりごとの中心に据え置いた絶対的な掟です。『モン・フェリヴィント』の地では任務に忠実に、手を取り合って生きていく事を大前提としています。だからカズキも私たち、風竜の民の一員なのですよ」
そう言うとゲートルードは、実に清々とした微笑みを溢した。
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