第48話 撃墜
マーズを挟み込むようにして、ボクとマクシムは機体を操り動き続ける。
時にはマクシムと交錯しながら互いの持ち場を入れ違えたり。持ち前の機動力でマーズを撹乱、容易に的を絞らせない。
だけど相手はあのマーズだ。なかなか隙までは、そう簡単には見せてはくれない。
おそらく視界だけならば、歪な肉塊に小さく埋め込まれているマーズの顔だけなのだろう。だけど厄介なのが、その体を覆う不気味に蠢く触手たちだ。その一本一本がまるで意志でも持ち合わせているかのようにボクらの動きに機敏に反応してくるので、攻撃のチャンスが見いだせない。
「カズキ! このままじゃ埒があかねぇ! 相手の出方を探るために軽く攻撃してみるぞ!」
マクシムが声を荒げて叫ぶと共に、手にしたライフルを発砲する。
ボクも三点バースト砲をマーズに向かって発射した。
だが、やっぱりと言うべきか。無数の触手がそれを阻む。
マクシムのライフル弾も、ボクの三点バースト弾も触手に叩き落とされてしまった。触手の尖った先端は、どうやら硬質化しているようだ。マクシムがライフルを立て続けに撃ち続けるが、虚しくも金属音を響かせるだけ。本体には届かない。
マーズ越しのマクシムから、発砲音が消え去った。どうやら弾切れらしい。
その僅か一瞬の隙を狙って、複数の触手が一斉にマクシムに襲いかかった。
予備のライフル弾の装填に気を取られていたマクシムは、反応が一瞬だけ遅れてしまう。隙と呼ぶにはあまりにも厳格な刹那。だけど戦いの場においては、その一瞬の逡巡が命取りとなってしまう。
回避が遅れたマクシムの
最初の触手をかろうじて躱したものの、矢継ぎ早に迫り来る触手の連続攻撃に、防戦一方、逃げるのが精一杯だ。
———このままじゃマクシムが危ない!
ボクは少しでも触手の攻撃を、注意を引きつけようと、マーズを飛び越える形でマクシムの元へと助けに向かう。当然ながら、触手の一部———と言っても一束で括れるほどの本数が、攻撃対象をボクに変更してきた。
蛇行、旋回、ローリング。前後左右に機体を動かしどうにか触手の猛攻を回避する。マクシムの元まであと少し。二機で撹乱すれば、この場はどうにか離脱できる。そう考えていた矢先だった。
じわじわと追い込まれ、触手の猛攻を捌きくれなくなったマクシムがいよいよ捉えられてしまう。鋭利な槍と化した一本が、マクシムの
急激に速度を失いバランスを大きく崩した
———危ないっ!
咄嗟に思いついたことなんて、ただそれだけだ。あとは体が勝手に反応したまでのこと。ボクはマクシムを庇うようにして、無数の触手の前に
鋭い触手の先端が、
「か、カズキ—————!!」
マクシムの声をどこか他人事のように聞きながら、砕け散る
———ごめん、ごめんね。ボクの
自分のことよりも、破壊された愛機のほうがとても不憫に思えてしまい。
気持ちが真っ二つに折れてしまった。
……やるだけやったよね。ボクは精一杯頑張った。だからもう……。
そのまま目を閉じて想像に難くない運命を、その最期を受け入れようとまぶたをゆっくりと閉じていく。ここまでの冒険譚、それに幕を下ろすように。
黒く塗りたくられた
砕け散った
マクリーだ。
落下しながらボクはマクリーに手を伸ばす。そして体を手繰り寄せた。機体大破の衝撃で気を失っているようだけど、外傷は見当たらない。
今までたくさんケンカもしたし、たくさん協力して戦ったし、たくさんたくさん笑い合った。
いつだって一緒にいた。寝食も共にし、当たり前のようにボクの側にいた。
理屈っぽくて、我儘で、たまに素直で憎めない、大切なボクの家族。
ボクはマクリーの頭をそっと撫でた。その間にも、ボクらは地面に向かって加速している。
———せめて、マクリーだけは助けてあげないと……!
マクリーを抱きしめながら、そんなことを考えていると。
どこからか、声がした。
『カズキさん。まだ諦めないで……!』
そっと体を包み込むような優しい声。この声は……!
『覚えていますか? 私は母竜。カズキさんたちの奮闘で、マーズの封印が少しだけ弱まったので、こうして話をすることができたのです』
「……お願い! マクリーだけでも助けてあげて!」
『カズキさん、あなたは本当に優しい人ですね。こんな状況下でも、まずマクリーのことを心配するなんて。あなたを選んだマクリーは、間違ってはいなかった』
母竜の声が、一旦途絶える。
『だからこそカズキさん。貴方を死なせるわけにはいきません。……さあ、マクリー、起きなさい。そしてその力を解放するのです!』
強い意志が篭った母竜の声が鳴り響くと、マクリーの体に光が宿る。光は徐々に輝きを強めていくと、薄暗い銀幕内を煌々と照らし出した。
それは一瞬の出来事だった。
雄々しい翼と逞しい尾。愛嬌のあった丸い輪郭は、精悍で立派な顔立ちへと変わっていて。
「———さあ行きますよ、カズキ! 我輩にしっかりと捕まっていてください!」
長い首を振り向かせて、変わらない声を投げかける。
ボクを背中に乗せられるくらいに華々しく、竜という名にふさわしい姿となったマクリーが、地面激突寸前で急浮上した。
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