第47話 マーズの本性

 緑の飛礫弾が穿った穴。そこを基点としてブースター弾がくの字に折れ曲がる。

 同時に閃光が四方八方にほとばしると、竜紅石りゅうこうせきをたっぷりに積んだブースター弾は大爆発を引き起こした。


 風竜の加護の力が合わさった誘爆は、先ほどコアとの戦いで見せたブースター弾単体の威力の比ではない。暗紅あんこうに若草色が練り込められた爆炎が銀幕内を荒れ狂った。


「———っ!!」


 爆発の衝撃が竜翼競艇機スカイ・ボートを激しく揺らす。爆風から身を守るようにして、両腕で顔を覆ったまま、その隙間から前方を確認するが。

 ほぼ爆心地にいたマーズの姿は立ち込める煙に紛れ、まだ視認できていない。


 前方の視界が不明瞭の中、煙を切り裂きボクに向かって突き進んでくる一機がいる。マクシムの人翼射出機スカイ・ジェットだ。


「うまくいったなカズキ! 高速で飛ぶブースター弾をしっかり撃ち落とすなんて、やるじゃねーか!」


「マクシムからもらった加護の力のおかげかもしれないね」


 高速で飛来するブースター弾を撃ち落とすのは、一か八かの大勝負。まさに賭けだった。即興で考えた無謀な作戦。クラウスに相談したら、きっと止められただろう。「馬鹿な真似はよせ」と。


 だから、独断で決行した。


 後でこってりしぼられるかもしれないけど、戦果は上々……だと思う。


 だけどまだ、油断は禁物だ。マーズの姿はまだ見えていない。まさかとは思うがこれでノーダメージだったら、それこそお手上げ。もううつ手が思い浮かばない。


 煙は次第に色褪せていき、視界が晴れていく。

 少年のシルエットが、煙の中から浮かび上がる。


 ———流石に倒すまではいかなかったか。


 だが落胆はすぐに、希望の光へと昇華する。

 マーズの右腕が肩口からざっくりとなくなっていた。


 ブースター弾とマクリー砲で生み出した爆撃は、見て取れるくらいマーズに深刻なダメージを与えていた。


「———お、おのれぇぇぇぇぇぇええええ!」


 銀の瞳を剥き出して、マーズが感情を露わにする。その表情には少年のようなあどけなさは一切窺えない。まるで借り物のようだった笑顔を脱ぎすてて、怒りに震えるこの顔こそが、マーズ本来の姿なのだろう。


「おぉ! 怖え怖えぇ! ようやくやっこさん、本気になったようだな」


「……マクシム、油断しないで。もう一撃いくよ! 今度はそうそう簡単には当たってくれないと思うから、二人でマーズを撹乱しよう。マクシムは隙をついてブースター弾を打ち込んで。ボクがそれに合わせるから」


「おう! じゃあマーズの側までランデブー飛行と洒落込もうじゃねえーか」


「……バカ。甘くみてたら、ホントにやられるんだからね!」


 マクシムは急に真顔になって、ボクを見た。


「わかってるって。ダメージを負わせたとはいえ、怒り狂ってるアイツを相手に、こっちだって無傷じゃ済まないってことくらいな。だからカズキ。少しでもお前の側にいたいって気持ちを、今ここで隠さないでもいいだろう?」


 まったく。戦いの最中だというのに。

 いや、命の補償がないそんなときだからこそ、本音をさらりと言えるのだろうか。


「……この戦いが終わったら、好きなだけ一緒にいられるじゃないか」


「おいカズキ……それってまさか、プロポーズか……?」


「んなわけあるかぁぁ! 友達! 友達として側にいられるってことだよ!」


 少しがっかりするマクシムの背中を叩いてボクたちは、寄り添うように並走しながらマーズへと滑空する。


「貴様らぁ……絶対に絶対に許さないぃぃ! 見分けがつかないくらいに、粉々にしてやるぅぅ!」


 顔中に血管を浮き上がらせて、マーズは野太い声で威嚇する。

 それが合図となった。


 マーズの体がぶるりと揺れると、残された腕や足が激しく蠕動し始める。内側から突き上げられるように体の至るところが隆起し始めると、その体積を増していき、瞬く間に体が肥大化する。所々から先端が尖った触手も生え揃うと、ともすれば愛でたくなってしまいそうな少年の姿はどこにもなく、憎悪を剥き出しにした顔を中心に据えた、もはや四肢すら見分けがつかない禍々しい肉塊に変貌を遂げた。


「お、おいなんだありゃぁ!」


「あれが……人の悪意を糧にしてきたマーズの本来の姿……なのかもね」


「……へっ。かわいそうに。あんなに醜い姿になっちまってよぉ。よしカズキ。こここで左右に分かれるぞ!」


 マクシムはそう言い残し、マーズを目の前にして右に逸れた。ボクは左に舵を切り、上昇して眼下のマーズに視線を戻す。


 嫉み、誹り、怒り、僻み、恨み。


 人の負の感情をエネルギーにしているマーズが、真っ当な姿であるはずがない。……聖者なんているはずがないのだから。


 どうしたって人から生まれてしまう、それらのネガディブな感情がマーズの基盤となってこんな醜悪な姿になっているのなら、少しでも早くにとどめを刺して楽にしてあげたいと、ボクはマーズに同情すら感じてしまった。

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