第49話 跳躍
「なんだお前のその姿は。……そうか、あの母竜の封印の力が弱まったのか。つくづく忌々しい下等生物どもがあぁぁぁああああ!」
ボクを背に乗せたマクリーは、優雅な飛翔を見せながら触手の攻撃を掻い潜り、怒気を放つマーズ本体へと近づいていく。
母竜の封印が解かれ、マクリーが覚醒。にも関わらず、マーズは荒れ狂っているものの、少しの焦りも見せてはいない。
ボクはふと、嫌な予感に襲われる。
「マクリー、ストップ! 一旦退こう!」
マクリーの頭から後方に向かって伸びている立派な角を、両手で思いっきり引き寄せた。
……ちょっとだけグキって音がしたけども、聞かなかったことにしておこう。
「い、痛っ! い、いきなりなんて無茶なことをするのですかカズキは! これから我輩のカッコイイ攻撃の場面なのに……」
「うん! それは期待しているよ! ……だけどね、マーズのあの余裕な顔を見ていいると、何か不安になってね。こんなときは、あの人を頼るに限るよ」
ボクは方向転換をしようと、マクリーの角で航路を取る。
「い、いたたたたたっ! か、カズキ! 角は
「え? そういうもんなのかい? ……ちぇっ、ボクがマクリーを操れるのかと思ったのに……」
「……相変わらず無茶苦茶ですね、カズキは」
マクリーがため息混じりに呟くのと時を同じくして、ボクらは地上へと舞い降りる。少し離れた場所には
そして、地上に降りた目的———ボクはその人物に向き直る。
「ヴェルナードさん!
「まったく違います!」
ヴェルナードはマクリーの鋭い突っ込みにも動じずに、淡々と口を開いた。
「……おおよそのことは地上から見ていたので理解しているつもりだ。カズキの自分勝手な状況把握はともかくとして、私に協力できることがあるのだろうか?」
「ああ、それそれ! ねえヴェルナードさん! ボクに何か武器を貸してくれないかい?」
どういうことだ、と目で訴えるヴェルナードに、ボクは説明を捲し立てる。
「何の根拠もないんだけど、進化したマクリーなら、マーズといい勝負ができるかもしれない。だからもう一手、ボクに攻撃できる何かが欲しいんだ。……それで何が変わるか、何ができるかなんてボク自身にだってわからないんだけどさ……」
事情を察したヴェルナードは、一瞬だけ考えた後、手にしている剣を差し出した。
「この剣をカズキに託そう。『モン・フェリヴィント』に古くから受け継がれてきた『飛竜の剣』だ。風竜が誕生したその時に、竜の背に突き立てられていた剣と伝えられている」
ヴェルナードは剣を渡すその直前で、眉根を寄せて力を込める。剣を薄く覆ってえいた翠緑の光が、一際輝きを増し出した。
「私の残りの加護の力をすべて込めた。きっとカズキを守ってくれるだろう」
「……ありがとう、ヴェルナードさん」
受け取った剣は、加護の力が働いているのか、見た目よりも軽くボクでも簡単に扱えそうだ。
剣を高々と掲げ、鋭い切先をマーズへと向ける。
「いくよ! マクリー! マーズをここで倒す! 最後の勝負だよ!」
「はい! 行きますよカズキ! しっかりと我輩につかまっていてください!」
マクリーが翼を広げると、ふわりと浮力が生み出され、そのまま優雅に翼を一度羽ばたかせると、上空にいるマーズ目掛けて凄まじいスピードで向かっていった。
「竜の成り損ないと、乗り物がなければ役に立たない小娘に、今さら何ができる!」
全方向からマーズの触手が襲いかかり、ボクらの視界を覆い隠す。
まるで巨大な剣の壁だ。
「マクリー! 逃げて!」
「———いえ! 逃げませんよ! ここでマーズを倒すのです! 逃げてばかりでは何も変わらないのです!」
マクリーは大きな口を開けると、喉元に緑の燐光が集まりだす。集約された光が大きな塊を形成すると、咆哮と共に緑の波動を撃ち出した。
波動に飲まれた触手たちは、蒸発するように消滅していく。
触手の壁に大穴を開けたボクたちは、とうとうマーズの本体へと肉薄する。
「くっ……なんなのだ。この攻撃は!?」
「これはみんなや母上から託された希望の光。……そうですね、マクリー砲【改】とでも名付けておきましょうか」
負の感情と正反対。その対岸にほのめいているのは人々の希望、熱望だ。
マーズに有効な攻撃手段は、何も物理攻撃だけじゃない。個人では小さな希望の光も、想いが集まり大きくなれば、マーズにだって通用するんだ。
「さあ、もう一発いきますよ!」
マクリーの口から再び放たれる緑の波動。
「……く、くそぅぅううう! これしきの攻撃など……!」
やはり相手もなかなかどうして。
マーズも銀のシールドを展開して、マクリー砲【改】の直撃を防いでしまう。
互いに歯を剥き出して、唸り声を上げながらマーズとマクリーの力と力の衝突がしばらく続いた。
勝負の行方がどちらに転ぶか分からないそんな中。ボクはマクリーの背中で立ち上がると、ヴェルナードから託された剣をしっかりと握りしめる。
全身が、うっすらと緑の皮膜に包まれた。
だから、確信した。
同じ想いなら、きっとできると。迷いはなかった。
ボクはマクリーの背中から、勢いよく飛び降りた。
「か、カズキ!?」
マクリーの喫驚の声から遠ざかるように。ボクはマクリー砲【改】の上を駆けていた。
前に踏み出すその足は緑の波動の一瞬沈み込むものの、次には優しい弾力で、ボクを力強く前へと押し出してくれる。
仲間の想いが後押しをしてくれるかのように。まるで羽でも生えたかのように。
水面にしとしと降り注がれる波紋にも似た小さな痕跡を波動の表面に残しながら、ボクはマーズに向かって躊躇わず、一直線に向かっていく。
「お、おのれぇぇえええ! この小娘がぁぁ!」
マーズが残りの触手をボクに向けきたけれど、もう遅い。両脇から伸びてくる触手が身を低くして走るボクの後方で、甲高い金属の衝突音を派手に鳴らした。
目の前の銀壁を剣で一振りすると、あっさりとその一部が砕け散る。
「やあああああぁぁぁぁぁあああ!」
掛け声と同時にそのままマーズの本体———肉塊に埋もれた顔まで跳躍する。
もう遮るものは、何もない。
「ふざけるなぁぁ! お前ごとき小娘がぁぁ! 僕をどうこうできるとでも思っているのかぁぁぁ!」
「アンタこそ! この世界から奪ったモノをちゃんと返せ! もういい加減消えてなくなれぇぇぇぇぇぇ!」
自分でも驚くくらいの裂帛が、銀幕内に轟くと。
ボクはヴェルナードから託された希望の剣を、マーズの額に深々と突き立てた。
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