第50話 決戦の果てに

「おぎゃおうわああああぁぁぁぁぁぁぁあああああああァァァァァァ!」


 マーズの断末魔が銀幕内に木霊する。


 触手が解けるように崩れていくと、本体も霧のように散っていく。最期まで絶叫を放っていたマーズの顔がいよいよ消滅すると、支えを失ったボクは剣と共に落下した。


 だがすぐに、とすんと心地よい弾力がボクの背中を押し返した。


「とうとうやりましたね。カズキ」


「……うん。これでこの世界も生まれ変わる。きっとね」


 マクリーの背に助けられ、ボクは大の字になりながら天を仰いだ。

 マクリーはゆっくりと旋回しながらなかなか地上に降りようとしない。


 ———もう少し、このままで。


 どうやら、気持ちは同じのようだ。


 背に生えた黄色く短い体毛が、ボクの体に優しく絡みつく。

 マクリーの背中の温かさに揺られながら、ボクはゆっくりと目を閉じた。

 そして思い出される過去の記憶。

 あれは確か、この世界に迷い落ちてきたときに見た夢だ。

 海をちゃぷちゃぷと浮きながら、気持ちよく揺蕩たゆたっていたあの夢は。


 ……まさかな。と思いながらも、あの感覚と、とっても酷似しているようで。

 こうしてマクリーに背を預け、いつまでも風に任せて流されていたいと、あの時と同じ気持ちをいだいてしまう。


 ふと、頬に冷たい何かを感じ取った。

 目を開けて、空を見る。


 銀幕が上のほうから崩れているのだろうか。上空から溢れた光を乱反射しながら銀の雪が舞い散っていた。


「綺麗だね……マクリー」


「キラキラしていて、何だか飛んでいて気持ちがいいのです」


「……さぁ、そろそろ下へ戻ろうか。みんなが首を長くして待ているよ」


 ボクたちがゆったりと地上へ降り立つと、全員が集まってきた。クラウスたちもすでに地上へと戻っている。


 負傷している人は、誰かの肩を借り。まだ体力が残っている人は全力で。

 あっという間に歓喜の輪ができあがると、その中からヴェルナードがゆっくりと歩み寄ってくる。


「カズキ。そしてマクリー殿。本当によくやってくれた。マーズを倒したのなら世界各地の銀幕も、程なく崩れ散ることだろう」


「きっとそうだね。でもだけどね……勝ったのは、ボクたちだけの力じゃないよ。みんながいたから勝てたんだ。ボクなんか最後、美味しいところだけ貰ったようなものだからね」


 手にした剣をヴェルナードに返却すると、彼はそれを鞘に収めつつ話を続けた。


「ただ一つ、心残りがある。……銀幕が破壊されたことで、カズキとの世界をつなぐ道が閉ざされてしまったことだ。本当にすまないと思っている」


 こんなとき———誰もが戦勝気分に浮かれているときなのに、そこまで考えてくれていたなんて。

 ボク自身、言われて今気がついたくらいだ。


「まあ……仕方ないね。帰れないのは残念だけど、もうこの世界はボクの故郷みたいなものだからね」


『その心配はいりません』


 半壊している銀幕のさらにその上、天から声が降り注ぐ。

 母竜の慈愛を携えた優しい声だ。


『マーズの封印が完全に解けて、私は力を取り戻しました。カズキさんの世界まで送り届けましょう』


 ……え、どうやって?


 ボクの心を読んだのか、母竜の声が再び届く。


『さあマクリー。カズキさんを乗せて、高く高く飛ぶのです』


「はい———母上!」


 ボクを乗せたままのマクリーは、ゆっくりと上昇し始めた。

 雲を抜け、青空を超え、この世界———惑星の全貌が見えるくらいまで。


 突然、その惑星が揺れ動いた。


 目の錯覚かなと思っていたが、やっぱり確かに動いている。

 惑星はゆっくりと開花するように広がっていく。

 それは優雅に翼を広げた、大きな大きな竜の姿。

 この惑星は、身を丸めていた母竜そのものだったのだ。


『私の背中で人々が暮らしを営む姿が、私は愛おしくてたまらなかったのです。だから、ずっとその身を丸め、私も体を休めていました。その隙をマーズにつけ込まれたのは、私の落ち度です。これからは私も目を光らせていきたいと思います。でもその前に、まずはカズキさんを、故郷に送り届けてからです』


「ありがとう。マクリーのお母さん。……でもボクの住んでいた地球まで、どれくらいの時間がかかるのかなぁ?」


『それは分かりません。私も長い航海は初めてですから。ただ、方角は分かります。カズキさん。貴方と同じ優しさを持った気配の方向へ進むだけですから。地球に近づいたら、私の力で貴方を元の体に戻すことはできますので、ご安心ください』


 そっか。

 まだ暫くはみんなと一緒にいれるんだ。


「カズキ。そろそろみんなのところへ戻りましょう」


「……そうだね。このことをみんなに伝えたら、きっと驚くだろうね」


 地球に帰れるのが一年先なのか、はたまた何十年かかるのか、母竜ですら分からない。

 でも、ボクはそれでもいいと思っている。


 

 ———だってボクには、こんなにも素晴らしい仲間がいるのだから。

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