第15話 恵みの正体 〜その2〜
「さあ、バケツも一杯になった事だし一度小屋に戻ろうかのう」
ツルハシを山頂に置いて、ボクたちはバケツを抱え鉱山を降りる。
案の定重いバケツを抱えての下山は辛かった。腕と腿の筋肉に張りを感じつつ、それでもなんとか下山して町へと向かう。
ボクらの作業小屋は町の東側の外れにある。
西の鉱山からの道程は町の外の舗装されていない道を進むより、町の中を横断する方が断然に楽だ。
痺れた手で支えるバケツの重さに堪えながら、町の中央広場に差し掛かった時だった。
広場の鐘がガンガンガンガンと四回けたたましく鳴らされた。広場を起点とした鐘の音は、たちまち町中の鐘に伝播し広がっていく。
「『施しの雨』がくるぞ!」
誰かがそう叫ぶのを皮切りに、広場に行き交う人々は我先にと慌てて走り出して行く。
「おい! 俺たちも早く小屋に戻ってたらいを取ってこないと!」
「ジェスターや。ひとまず鉱石はここに置いておこう。ワシが見張っておる。小屋まで急ぐのじゃ」
「分かった! 急ぐぞカズキ!」
ジェスターはボクの手を引っ張ると小屋に向かって猛ダッシュした。ボクは訳が分からないままジェスターの後を追いかける。
「一体なんなのジェスター!」
「後で説明するから! 今は急げ!」
少しも時間を無駄にしたくないといった様子でジェスターは取りつく島もない。
作業小屋に到着するとジェスターは弾丸の様な勢いで中に入り、小屋の外まで漏れ響く大きな音をガタゴトとたて、何かを探している様だ。
ボクが肩で息を整えているのも束の間、バタンと大きな音を立て扉を開けたジェスターは、大きなたらいを三つ抱えて飛び出してきた。
「カズキも一つ持って! 広場に戻るぞ!」
今度はタライを持って広場まで逆戻りだ。まったく訳が分からない。
「ここら辺だと木々が邪魔して雨が届かないからな。やっぱり広場が一番いい」
走りながらジェスターが断片的に説明してくれるけど、情報が足りなすぎる。
雨とタライで連想する事と言えば、降ってくる雨を貯めるとかそんなところだろうけど、それだとどうにも腑に落ちない。
だって雨ならボクがここで過ごした数日間の間にも普通に降っていたし。その時はみんなこんなに慌ててなかったし。
広場に着きヘルゲの元に駆け寄ると、周りには同じ様にタライや手桶を持った人たちがたくさんたくさん集まっていた。皆空を見上げて、今か今かと待ち構えている。
「ご苦労さんジェスター、そしてカズキ。どうやら間に合った様じゃのう」
「はぁ……はぁ……ああ、よかったなカズキ。これで服が買えるぞ」
全然よくないよ! そろそろ答え合わせプリーズ!
「もう! いい加減教えてよね! 一体何が始まるのよ! このタライは何?」
ボクがジェスターに喰いかかると、ポツリと小さな雨粒がボクの頬に弾けて落ちた。
まばらに落ち始めた小さな雨粒はやがて薄く細かい雨となり町全体を覆い尽くすと、あちらこちらから歓声が沸き起こった。
広場に集まった人たちは、皆、タライや手桶を地面に並べ始めた。
建物の窓から手を伸ばしタライを出している人もたくさんいる。それらの人々全てが霧の様に降り注ぐ雨を採取しながら、空を愛おしい目で見つめていた。
……はて? この雨は一体なんだというのだろうか?
ボクは頬に伝う雨を指ですくって舐めてみた。
別に普通だ。ただの雨だよ。
「……これは『施しの雨』って言ってな。この雨で作物を育てると、一ヶ月で収穫できるくらいに作物が急成長するんだ。だからとっても大切な雨なんだ。それにな、こうやって集めた雨は作物を育ててる『生活部』が買い取ってくれるんだぞ。だからカズキの服もこれで買えると思う」
なるほど。不思議な雨もあるもんだね。
「へぇ……それはありがたいね。でもそんな大切で貴重な雨が、よく事前に降るって分かるもんだね。見た目には普通の雨と変わりないのに」
「ああ。あっちを見てみな。あれが目印なんだ」
ボクはその方向——町の南側に視線を向けた。
霧の雨で視界が悪くよく見えないけど、うっすらと影が見えた。確かに何かがある。
なんだろうあれは? やけに大きくて細長い山の様にも見えるけど……。
「あれは風竜の尾だ。風竜が尾を上げるのが、『施しの雨』の合図なんだ」
尾を上げる? あの影って、竜の尻尾?
「母なる大地の風竜よ、貴方からのその恵みに感謝を」
ジェスターが右手を胸に当て、感謝の言葉を呟いた。周りを見ると、皆同じ様に胸に手を当てている。
竜からの恵みの液体って事は。
これ、もしかして……竜のおしっこ?
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