第14話 恵みの正体 〜その1〜

 日々の任務をなんとかこなし、気が付くと『モン・フェリヴィント』での生活も10日が過ぎようとしていた。


 ボクに任務を教える事が楽し気な鼻息荒いジェスターと、温厚でゆったりとしてるけど老人とは思えない効率の良さで任務を淡々をこなすヘルゲとも、随分と息が合う様になってきている。


 やってるコトは相変わらず他の二班の使いっパシリだけどね。


 今日も今日とて任務といえば、武具生産班の雑用だ。ボクたちは木のバケツとツルハシを持って西の鉱山へと向かっていた。


 ……本日の任務は武具生産班様のご依頼で、西の鉱山にて鉱石の採取でございます。


「それにしたってさ、なんだって鉱山のてっぺんまで登らなくちゃいけないのよ」


「それはな、山頂にある鉱石の方がいい鉄が採れるんだ。中腹の鉱石は柔らかくて使い物にならないんだぞ」


 相も変わらずジェスターが、少しドヤ顔で豆知識を教えてくれる。


 これがここ最近のボクらのルーティンになっていた。ヘルゲもよほどの事がない限り、このやりとりに口を挟んではこない。


 まあボクにとっても知識が増える事はありがたいし、ジェスターも満更ではない様だから、別にいいんだけどね。


 周りを見渡すと鉱山らしき山はいくつかあって、そのどれもが小ぶりな山だった。


 高い山でも標高は20mくらいだろうか。「丘」と呼んだ方がしっくりくる。


 だけど道具を抱えて登るにはそれなりに大変だし、ましてや鉱石を摂って昇り降りを繰り返すとなると、話は別だ。


 武具生産班だかなんだか知らないけど、自分たちが必要なものなんだから、自分たちで採りにくればいーじゃない。いっつもさも当たり前の様な顔してボクらに命令してさ、感謝の気持ちが感じられないのよね。本当に感じわるっ!


 ボクがブツブツ文句を言いながら登っていると、ジェスターが「なあ」と声を掛けてきた。


「今度の非番の日なんだけど、何か予定はあるのか?」


「そんなもんないわよ。この前の休みだって、体中の筋肉痛と戦いながら一日中寝ていたよ」


 ボクらが所属する製造部では六日間任務に従事すると一日非番が与えられる。


 もちろん有給なんてものは存在しない。


『モン・フェリヴィント』では曜日の概念はないのだけど、日本に当てはめると週一定休。これはかなり辛い。ヘルゲ曰く、ここではそれが当たり前で、所属部署によって多少の違いはあるものの非番の割合は同じ様なものらしい。


 わぉぅ! なかなかのブラック軍隊ですこと。日本だったら訴えれば圧勝だよ!


「じゃあさ今度の非番……俺が町の中や町の周りを案内してやろうか? どうせカズキの事だから、めんどくさがってあまり町を出歩いてないだろ?」


「そうね……じゃあボクさ、欲しい物があるんだけど一緒に買い物に付き合ってくれないかい?」


「いいけど何を買うんだよ。木札だってあまり持ってないんじゃないのか?」


「ボク、部屋着や普段着が欲しいんだよ。だって最初にもらったこの服を二枚しか持ってないんだよ」


 製造部のカラーであるカーキ色の作業服を、ボクはピラピラと靡かせてみた。


「……カズキが空から落ちて来た時って、服着てたんだろ? それを着ればいいじゃないか」


「ある事にはあるんだけどね……あれは、普段着で使える様な服じゃないの。それにね、あの服はボクがいた世界の思い出だしね、大切にしたいんだ」


 ジェスターは小さく「そうか」と呟くとバツの悪そうな顔をした。


 ボクに同情をしているのだろう。その証拠にジェスターの紺色の瞳が小刻みに揺れている。


 初対面では最悪だったけど、ここ数日一緒に過ごしてジェスターの事を少しは分かったつもりでいた。この子は口は悪いけど、根はまっすぐな人間だ、と。


 ジェスターに気にするなと言わんばかりに、ボクは声のトーンを張り上げた。


「——だいたいさ! 年頃の若い女子が着の身着のまま寝るときだってこの服を着てるんだよ? ジェスターもボクをかわいそうだと思うだろ?」


「う……俺は寝るときもこの服で寝ちまっているからよく分かんないけど、女って……そうなのか?」


「そうなの! そういうもんなの! ……だからお願いジェスター、給料日には返すからボクに服を買う木札を貸してください……!」


 げっと顔を引きつらせるジェスターに、畳み掛ける様にボクは手を合わせて頭を下げる。


「俺だってそんなに木札持ってる訳じゃないんだぞ……なんだよ。おかしなポーズで凄んできたってないものはないぞ」


「これは凄んでいる訳でも脅している訳でもない……ボクの世界で心から相手を頼りにする時に敬意を払う神聖なポージングだよ。別に高価な服を買うって訳じゃないんだ。普段着でいいんだ。……お願いだよ、先輩」


 ジェスターの顔が「げっ」から「ぐっ」とその表情を変えた。そして少し考えた後、諦めた様に小さく「はぁ」とため息を吐く。


「……分かったよ。そこまで言うなら俺が立て替えとくよ。だけどそんなに高い服は無理だからな」


「ありがとうジェスター先輩!」


「そう言う時だけ先輩呼ばわりして、カズキは調子がいいぞ」


 そう言ったジェスターは照れ臭そうにボクから視線を逸らすと、また鉱山登りに集中した。


「先輩」と言う言葉はジェスターにとって絶大な効果がある様だ。しばらくは、困った時にはこの手を使わせてもらおうと思う。


「さあて二人とも、そろそろいいじゃろうて。ここで作業をするとしよう」


 先頭のヘルゲが振り返り、手にした道具を下ろし始めた。


 話に夢中で気づかなかったけど、いつの間のか頂上にたどり着いていた様だ。


 鉱山の頂上はなだらかな平地になっていてボクらの作業小屋くらいの広さがある。


 するとヘルゲとジェスターが右手を左胸に当て、恭しく姿勢を正す。「ほらカズキも一緒に」とジェスターに促され、ボクも見様見真似で同じポーズをして見せる。


「母なる大地の風竜に感謝を」


 目を閉じたヘルゲがそう呟いて、謎の儀式は終了した。今までの任務ではこんな事はした事がない。


 何かいろいろ複雑なルールがあるみたいだね。


 ボクたちは少し距離を空け各々準備を整えると、青銅色をした地面に向かってツルハシを打ちつけ始めた。


「ガキン」と響く金属音と共に衝突の抵抗によってツルハシが跳ね上げられ、細かい破片が飛散する。


 それを何度か繰り返し、石ころ程度に砕けた破片をバケツに集めていくのだけど。


 鉱山硬すぎ! 手も痺れるし! 正直言ってメッチャきついっす……! 


「……ねえジェスター。この鉱山、めっちゃくちゃ硬いんですけど」


「そりゃ鉱山だからな。この破片を熱して溶かして鉄を作るんだ。だから山頂の硬い鉱石じゃないとダメなんだ。鉱山の中腹辺りだと、まだしっかり固まってないから溶かして冷まして、も柔らかい鉄しかできないんだ」


「そういうもんなんだ。……ところでさっきさ、なんかお祈りみたいのしてたけど、あれは何? 今まであんな事してなかったけど」


「そりゃそうだよ。今回は風竜を傷つける訳だから、ちゃんと感謝の言葉を言わないといけないんだ」


「え……どういう事? 傷つける? この鉱山って一体……?」


「あ、悪い。言ってなかったか。この鉱山は地層を突き破って出てきた、風竜の『おでき』なんだ」


「え、ええええええ? これ竜のおでき? ちょ、ちょっと待って! こんなツルハシでガシガシぶっ叩いて大丈夫なの!?」


「う。そ、それは……」


「何、心配は無用じゃよ。風竜からすれば蚊に刺されたほどにも感じとらん。むしろ体の硬化した部分を削っておるんじゃ、存外喜んでくれているかも知れんのう」


 ジェスターのプライドを傷つけない様に言い淀んだ時にだけ、絶妙な間合いでヘルゲが注釈を入れてくる。こういう気配りが年の功ってヤツなのだろう。


 それにしても、この小さな鉱山がよもや竜のおできとは。


 ヘルゲは大丈夫と言ってたけど、もし竜が怒って暴れたりしたら、ボクたちは一体どうなるんだろう。


 ボクは考えてみたけれど、まったく想像もつかなかった。それもその筈だ。



 だってこの竜がどんな姿をしているのか、ボクはまだ見た事がない。想像なんてできる訳ないのだ。

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