第9話 ジェスター、馬を買う

 結成間もない希竜隊の訓練は、日々続く。今日の任務も編隊飛行と連携のおさらいである。


 隊長機を後方に、左右に一機ずつが展開して逆三角形の形を維持しながら、隊長であるボクの指示通り行動する。

 ボクはクラウスに『隊』の指揮と戦術を教えてもらいながら、悪戦苦闘の毎日だ。その甲斐あってか、大分『隊』として様にはなってきたきたと思う。


「ただ……カズキ殿が非番の日は、パーヴァリが私の指示に従ってくれなくて……」



 今日はパーヴァリが非番の日。隊長補佐のフェレロが、少しやつれた顔でそう告げた。



「ごめんよフェレロ。……それはボクが何とかするから、もう少しだけ我慢して」


「いえ、そんな……カズキ殿に謝ってもらうなんて……。私が隊長補佐としてしっかりしないのがいけないのですから」


「ホントッスよ。パーヴァリの奴、カズキ様がいないと全く言う事聞かないんスよ! 何らな俺がカズキ様の代わりに、ガツンとシメていいっスか?」


 

 ボクよりも小柄なチェスが息を巻いてそう言った。鼻息もフンフンと荒い。

 

 ……チェス。アンタ、体力差を考えて言いなよね。きっと返り討ちにあうと思うよ?



「とにかくこの件はボクが預かるから、それまでは目を瞑ってて欲しいんだ。お願い!」


「了解しました。……そのポーズの意味はよく分かりませんが、カズキ殿の指示に従います」


「もちろん俺もっス!」



 ボクが両手を合わせると、二人はそれに首を傾げながらも恭順の意を示してくれた。



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 任務が終わり、CRF250Rマシンを走らせ町へと戻る。CRF250Rマシンをいつも停めている町の西側まで着くと、見慣れた人影が厩舎に寄りかかっているのが遠目でも分かった。……ジェスターだ!



「……あ、カズキ! 任務お疲れ!」


 エンジン音を耳にしたジェスターが駆け寄ってくる。ボクは厩舎の脇にCRF250Rマシンを停めると、エンジンをOFFにしてひらりと降りた。


「やあジェスター、久しぶり! どうしたんだい? こんなところで会うなんて珍しいね」


「聞いてくれよカズキ。……ようやく馬を買う木札が貯まったんだ! これから馬を買いに行くんだけどさ、その、か、カズキにも一緒に……馬選びを手伝って欲しいんだ」


 ジェスターは手に持った皮袋を開く。中には30枚くらいの大札がびっしりと詰まっていた。


「よかったねジェスター! もちろん付き合うよ! ……で、馬ってどこに売っているの?」


「生活部の家畜小屋だ。町の南側にある。……早くしないと生活部の人間も帰っちまう。……じゃ、急ごう!」



 ジェスターがボクの手を引き走り出した。


 ……そういえば、最初に『施しの雨竜のおしっこ』が降った時も、こうやって手を引っ張られたっけ……。

 

 あれから半年以上が経った。ジェスターは確実に、男として逞しく成長している。ボクを導くその手の力も、あの頃よりも強く、背だって少し伸びたみたいだ。



 そして、ボクの気持ちはと言うと。


 

 あの頃ジェスターに感じてた『かわいい弟』という感情はすでにない。うまく言えないけど、一緒にいたいと思う様な、少しくっついていたいと思う様な、そんな気持ち。

 ボクの心に淡い色彩を与えた小さな種は、確実に芽生え始め、胸の内側から色付き始めている。


 

 ……もしかして、ボク。ジェスターの事が……。


 

 ジェスターに手を引かれ、町の南の外れに着くと大きな小屋が立ち並んでいた。鼻に付く独特の匂いと所々に積み上げられた飼葉の山が、ここが家畜を世話する場所だと教えてくれる。


 ボクらが誰かいないかウロウロと歩き回っていると、背後から聞き慣れた声に呼び止められた。


「……おや? カズキとジェスターじゃないか。珍しいね、こんな所で会うなんて。生活部に何の用だい?」


 振り向くと、生活部のリーダー『3つの月章サード・ムーン』のカトリーヌが肩にくわを担いで立っていた。


「あ、カトリーヌ姐さん! ちょうどよかった! 木札が溜まったから、馬を買いにきたんです!」


 ジェスターはカトリーヌに駆け寄ると、皮袋の中身を開いて見せる。


「……へぇ、よく貯めたね。頑張ったじゃないかジェスター。じゃ、ついておいで。馬のいる小屋まで案内するよ。……それにしてもアンタら、いつの間にそんな関係に」


「うゎー! あぁー! ね、ね、姐さん! そ、そんな事より、早く馬小屋に案内してくれよぉ!」



 む。今のやりとりは一体……?


 

 カトリーヌに案内されて一つの馬小屋へと入る。小屋の中は中央のスペースを境にして、左右にはたくさんの馬が一頭一頭、仕切りで分けられ並んでいた。


「この右側の馬の中からなら、どれでも好きな馬を選んでいいよ」


 ボクたちは右側に並ぶ馬を見ながら、一頭一頭その顔を眺めていく。右側に並んでいる馬は、黒毛や茶色の毛並みがほとんどだ。

 15頭ほど並んだ馬を行ったり来たり見ていると、後ろから「ヒヒン」と鳴き声が聞こえてきた。


 小屋の左側にいる少し小柄な芦毛の馬。まだ成馬というには程遠い。きっと成長したら、ヴェルナードが乗っている様な白馬になるのだろうか。


 ジェスターがその馬に近づくと、馬は嬉しそうに頭を下げる。ボクも近づいて馬の頭をそっと撫でる。芦毛の馬は嬉しそうに目を少しだけ細め、優しい声でもう一度「ヒヒン」と鳴いた。



「……俺、この馬がいい! 姐さん、この馬はいくらするんですか!?」


「……うーん、この馬は駿馬でね。残念だけどアンタが持ってきた木札だけじゃ、とても買える馬じゃないんだよ」


「足りない分は、毎月払うから! 俺、絶対この馬がいいんだ!」


「……仕方のない子だねぇ。……いいさ、その木札で売ってやるよ。他のヤツには内緒だよ。その代わり、一つ条件があるんだけど、どうするね?」


「ほ、本当に売ってくれるの……? お、俺、何でもするよ!」



 駄々っ子をあやす顔から一転、カトリーヌは真顔でジェスターを見据え直した。


「……簡単なことさね。早く強くなって、アルフォンスうちのダンナを守ってやっておくれ。アイツもそう若くはない。次の世代のアンタらが、この『モン・フェリヴィント』を守るんだ。……これが条件だよ。守れるかい?」


「———ああ、わかった! 俺、必ず強くなる!」


「まあ、その前にジェスターは、カズキの事も守ってあげないとね。男は大きくなるたびに守る物が増えていくんだ。……早く強くおなりよ」



 カトリーヌがジェスターに紙を渡す。馬の売買契約書だろうか。ジェスターがその書面を熱心に読み、何やら書き込んでいる最中、カトリーヌはボクに近づくと耳元で囁いた。



「……『モン・フェリヴィントここ』じゃね、男が女を連れ立って馬を選ぶ時は『愛の告白』みたいなもんなんだよ。自分の命を預ける馬を、愛する女に選んでもらう……男は愛する女が選んだ馬と、風竜の加護に守られながら戦うんだ。……懐かしいわねぇ。アタシたちもそんな時があったっけねえ……ってカズキ、聞いてるかい?」

 

 ボクは耳たぶまで真っ赤に染まった顔で、カトリーヌの話を聞いていた。


 

 ……なんか、頭の中がポワンポワンするぅ。

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