第33話 出立準備

 半年振りの休息を得るために、風竜が悠然とその高度を下げていく。


 ボクたち上陸部隊は例によって、風竜の背の西側の岸壁に集まっていた。今回の上陸部隊は前回よりもさらに人数が増員され、そして部隊は二手に分かれて行動する。


 まずは生活部を中心として編成された、ポルシードの街へ向かう『補給部隊』。ポルシードの街はカシャーレと違って、比較的穏やかな街らしい。だからと言って油断は禁物。『モン・フェリヴィント』と違って資源や食料が乏しい地上の民が、いつ何時牙を剥いてくるかは分からない。『補給部隊』はカトリーヌを中心に、生活部員20名と護衛の保安部員が20名の計40名で構成された。


 風竜が地上でその翼を休める停泊時間は、きっかり三日間。


 なのでもう一隊の『攻略部隊』はポルシードの街には寄らず、風竜から降りた後はそのまま銀幕目指して一直線に突き進む。この隊には精鋭がずらりと顔を並べた。


 指揮を取るヴェルナードを筆頭に、アルフォンスら保安部員の猛者たちが30名。そして台車に各々の機体を乗せて航空戦闘部ボクたちも後に続く。機体を運ぶのは大変なので、ボクらはさらに絞りに絞った少数精鋭、クラウスとコルネーリオ、そして希竜隊のみだ。マクシムにはお留守をしてもらおうと説得したが、まったく聞く耳を持とうとはしなかった。

「銀幕の壊し方をこの目で見ないで、俺様が風竜に来た意味があるのかよ!」と言われれば、確かに返す言葉も小さくなる。普段の彼の言動を見ていれば、一度言い出したら自分の考えを引っ込めないその性格は、短い付き合いでも察するには充分すぎる。地上に滞在する間は必ずクラウスの指示に従うことを条件に、ここはヴェルナードが渋々と折れた。


 飛行能力を持つ戦闘力は、マクシムの人翼射出機スカイ・ジェットを入れても七機だ。なので今回は銀幕破壊を命題に掲げているが、調査と試験の意味合いが強い。

 そしてさらにはその隊に同行する航行部員40名と、製造部員が15名。『攻略部隊』は90人を超える大所帯だ。なぜ『攻略部隊』に航行部員と製造部員が編成されているかは、ボクは聞いていない。


 風竜が空に向かって高々と水飛沫を描き出し、目的地へと着水する。完全に停止するのを確認すると、竜の背では忙しなく人が動き回った。

 今回の上陸はいつもの物資交換だけじゃなく、銀幕攻略、調査が主軸となる。銀幕までの往復の時間も考慮すれば、少しの時間も無駄にはできない。なのでまず昇降リフトでの上陸は『攻略部隊』から。手始めに製造部員と謎の資材が降ろされると、地上でテキパキと手際よく、資材を組み上げ何かを形作り始め出した。


 その間にも上陸作業は進んでいく。航行部員と保安部員と、馬とCRF250Rマシンが降ろされて、航空戦闘部は自分の機体で地上に降りる準備を始めた。

 ボクも留守を預かるゲートルードに軽く手を振り地上に降りる。製造部員が作っている物に目を向けて、ボクは首を捻り呟いた。


「……あれは一体、何なんだろう……?」


 作業がひと段落したからなのか、テオスがボクを見つけると、大きな体を揺すってゆっくりと近づいてくる。


「よぅカズキ。コレがなんだかわからねえって面してやがるな。今作ってるコイツが、今回の作戦の重要な鍵となる風力車だ」


 テオスの言葉を聞きながら、視線を戻す。

 ドラム缶に似た風力管が三基、前面に取り付けられた車輪が六つ付いている乗り物らしき建造物は、例えるなら屋根の無いバスのような形状をしている。三人は座れる木製の長椅子が四つ陳列しており、所々に鉄のレバーが取り付けられていて、細い管が全面の風力管へと集結している。

 そしてバス形の後方には、手すりの様なものが取り付けられていた。それが二台、製造部員たち職人の手によって完成しつつある。


「航行部の連中が風力車コレに乗って加護の力を風力管に送り込み、加護の壁を作るんだ。それを後ろから手で押していくって寸法さ」


 三基の大きな風力管から加護の力を絶えず送り込めば、人一人分通れるくらいの大きさなら、銀幕のバリアをこじ開けることができるかもしれない。

 だけど、銀幕の場所は風竜からは遠く離れた地。加護の力は有限だ。


「加護の壁を作るのって、結構大変じゃないの? 大丈夫なのかな……」


「だから航行部員を40名も連れてきた。もしもの時のためにな」


 その他にも屈強な体の製造部員たちが人翼滑空機スカイ・グライダーを運ぶ荷台や、食料やまぐさを運ぶ荷台をテキパキと組み上げていく。馬八頭が連なって風力車に繋がれると、そこに航行部員と製造部員が窮屈そうに乗り込んだ。

 保安部員は全員が騎乗済みだ。クラウスら空の戦士たちも、それぞれ自分の機体を引いている馬に跨り出す。


「カズキの竜翼競艇機スカイ・ボートは俺が大事に運ぶからな。心配するな」


 ジェスターが自分の馬、メグマーレを優しく撫でながらボクに声を掛ける。

 それに無言で頷き返して、抱えていたマクリーをリュックに背負い、CRF250Rマシンのエンジンを始動させた。


 ヴェルナードを先頭にボクたち『攻略部隊』は、燃える使命感と捨てきれない少々の不安を抱えながら、陽炎かげろうのように聳え立つ銀幕目指して出立した。

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