第32話 ブリーフィング

 半ば押し付けられる形で任されたマクシムの接待お守りにも慣れ始め、最近では空賊の奇襲もなく、めっきり平和な時間が流れていた。

 このまま平穏な日々が続けばいいのだけど、そうもさせてくれそうもない。風竜の航路上から視認できる新たな銀幕に、近づきつつあるからだ。


 おもだった将校に召集が掛かった、とある日の昼下がり。

 ボクも会議の場に指定された航空部へと向かう。


 本来なら『1つの月章ファースト・ムーン』ごときが参加できる会議ではない。だけどボクとマクリーは特別枠。

 そこまでは納得できる。だっていつものことだから。


 ……でもなんで、ジェスターとマクシムまで呼ばなきゃいけないんだよぅ!


 マクシムは火竜の賓客だから仕方ないとしても、ジェスターが呼ばれた理由が「ボクの暴走を止める役」と後で知らされて、少々げんなりだ。


 ボクの背後で互いに牽制しあう二人をチラリと見て、晴れない気持ちをため息に乗せて一つ吐く。……はぁぁ。


 そんなボクらとは裏腹に、各部署の『3つの月章サード・ムーン』以上の将校月持ちたちは、例の球体座標の下に集まり、各々が持論や提案を持ち寄って、活気のある雑談を交わしていた。それだけみんなが母竜の意思に真剣に向き合っている証だ。

 雑談も熱を帯び始め徐々にヒートアップする中、ヴェルナードと航空部のリーダーであるナターエルが、遅れてその群れに近づいてきた。


 ナターエルが「皆さん静粛に」と、優しく深みのある声を響かせる。よく通ったその声色が、籠った熱気を取り払った。そして言葉を紡ぎ出す。


「皆さん、お忙しい中お集まり頂き恐縮です。頭上の座標が示す通り、半年に一度の『風竜の翼休め』の刻が近づいています。……そして皆さんご存知だと思いますが、次の上陸予定地のポルシードの街の側に、銀幕が存在します」


 ボクは頭上の球体座標に視線を移す。

 ぐるりと球体を一周する航路ラインに点滅する、風竜を表す光。その先に、点灯した赤い点と、その側に白い光点が見て取れた。


「今まではポルシードに立ち寄っても、銀幕に近づくことは避けていた。だが今は、昔の我らとは違う。銀幕を破壊することが我らに課せられた、母竜からの意思なのだ。……この場に反対するものは、よもやいるまいな?」

 

 ヴェルナードの呼びかけにみんなが一斉に、「おおっ!」と雄叫びにも似た声で呼応した。集まった将校月持ちたちの気持ちが彼を軸として、堅固に集まり一つとなる。ボクに抱かれたマクリーも、小さな拳を突き上げて声を張り上げた。


 ヴェルナードは一つ頷くと、隣のナターエルに視線を向ける。ナターエルはみんなにも聞こえるように、やや大きめの声で視線の意図に応え出す。


「今回の銀幕までは、陸地を使って行くことができます。上陸地点から馬を走らせれば半日の到着する距離でしょう」


「ふむ……陸地で行ける場所の銀幕をどう破壊するか……。今後の課題にもなる重要な作戦となるな……」


 ヴェルナードが柳眉りゅうびを曲げて思慮に耽る。集まったみんなも同様に考え込んだ。


 んん? ……なんだってそんなに考え込んでいるんだろうか? 


「ねえねえヴェルナードさん。その上陸地点でさ風竜が三日間休んだ後、マクリーに頼んでまた『風竜アタック』で銀幕に突撃するんじゃないの?」


 ヴェルナードの美麗な顔が、一瞬だけ崩れかけた。その目からは呆れを通り越して、憐れみすら感じ取れる。


 ……な、なんだよぅ! そんな目でボクを見るなー!


「まったくと言っていいほど、我らと論点がずれている。マクリー殿に風竜を操ってもらうのにも、限界がある。今回は風竜に頼らない状態で、銀幕に近づけるのだ。我々だけで銀幕を撃破する方法を考える好機だとは思わぬのか?」


 なるほど。確かにマクリー頼みの『風竜アタック』は、風竜の航路近くが必須条件だ。今後の事を考えれば、おそらく陸路から銀幕の側まで近づけるこのチャンスに、何かしらの対策を試すのも悪くない、のだけど。


「でもさぁ、銀幕のバリアはどうするんの? アレの突破が肝心要の難題じゃんか」


「それに関しては、現在製造部で検討中だ。今回は陸路からの攻略となる。保安部も総力を上げて銀幕破壊に立ち向かう。カズキを頼りにしている一方で、其方は暴走傾向が多々見受けられる。今回はジェスターにカズキの護衛兼歯止め役任せている。勝手な行動は取らぬよう、夢々忘れるな」

 

 どうやら陸上からの銀幕攻略の準備は、着々と進んでいるようだ。それならそうと早く言ってもらいたいものだ。


 製造部も巻き込んで……いや、『モン・フェリヴィント』の全員が一丸となって力を合わせ、果敢に挑むこの作戦。地上戦と言っても航空戦闘部にだってやることは必ずある。


 一体どんな戦いになるのだろうか。


 ……せめて誰も傷つかないで、この作戦が成功して欲しい。


 今のボクに思いつくことと言ったら、仲間の身を案ずることくらいだけだった。

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