第31話 カズキが得たモノ

「な、なんで……カズキが俺様のライフルを撃てるんだ!?」


 漆黒の瞳を大きく見開いて、マクシムが駆け寄ってくる。銃口から焦げた匂いが立ち込めるライフルを、ボクは慌てて返却した。


「わ、わからないよ。引き金を引いたら、フツーに撃てたんだよ、フツーに」


「ありえねぇ……火竜の加護がなければ、竜紅石りゅうこうせきは反応しないはずなのに……」


 マクシムはまるで奇怪なモノでも見る眼差しで、ライフルとボクの顔を行ったり来たり、忙しなく交互に視線を移した。


 背負ったリュックがもぞもぞと動き出す。


「ふぁあ〜、よく寝たのです。……それについては吾輩、前から気になっていたことがあるのです」


「あ、マクリー、おはよう。……ってアンタ寝てたのに、なんで途中から話しに入ってこれるんだい?」


「吾輩とカズキは、意識の深い深い底のほうで繋がっていますからね。寝ていても、カズキに何が起こっているのかが、バッチリわかるのですよ」


「え……やだなぁ、それ」


 ボクのプライバシーを四六時中侵害しているらしいマクリーが、リュックから完全に顔を出す。そして、ゆっくりと語り始めた。


「……竜翼競艇機スカイ・ボートが『ボート形態』で雲の上を走るとき、吾輩は『力』を完全に停止しています。やっぱりその状態でボートが雲の上を浮かぶのは、おかしいと思うのです」


 地球元の世界の雲を実際に触ったことはないけれど、この世界の雲は少しふわふわしていて僅かながらに弾力がある。それが浮力で浮いているのかと、深くは考えていなかったのだが。……改めて言葉にしてみると、確かにそうかもしれないと思えてくる。


「フェレロ。雲の上に人や物は、乗れないですよね?」


「ええ、マクリー殿。多少の抵抗は感じますが、重いものなんて浮かばないです」


「吾輩がボートに『力』を込めたのは、まだ竜翼競艇機スカイ・ボートに改造前の一回だけです。その後は一度も『ボート形態』のときに吾輩は『力』を使ったことはありません」


 ボクはリュックを下ろすとマクリーを抱き上げて、側にある岩の上にちょこんと乗せた。みんなの視線がマクリーへと集まり出す。


「……吾輩、ボートは雲の上に浮かぶものだと、勝手に思っていたのですが、それは大きな誤りのようです。今の一件を見て確信しました。……カズキにも加護の力が宿っていると」


「えええ! だってでもボク、風の飛礫つぶてだって撃てないし、マクリーなしじゃ竜翼競艇機スカイ・ボートを飛ばすことだってできないよ?」


 マクリーは小さな指を顎に当てて、ボクを見てニヤリと笑う。探偵気取りの小さな竜の推論は尚も続く。


「攻撃はできなく、空も飛べない。だけどボートの浮力を補助するくらいの微弱な力なのでしょう」


「おい、マクリーとやら。仮にそれが本当だとしても、俺様のライフルを撃てたこととどう繋がるんだよ!」


 答えを急ぐマクシムに、あからさまに嫌そうな顔をマクリーは向ける。


「だからですね。カズキは母上が生み出した神竜のすべての力を少しだけ使えるのではないのかと、吾輩は思うのです」


「……な、何ぃ!?」


「その考えが正しければ、そのライフルが撃てたことへの答えにもなると思うのですが……」


「ちょ、ちょっと待ってよマクリー! なんだってボクにそんな中途半端な全属性能力があるんだよ!? それにまったく心当たりだってないしさ!」


「よーく思い出してください、カズキ。神殿の地下で、吾輩の母上の意思に触れましたよね? きっとそれが原因じゃないでしょうか」


 マクリーのお母さん———母竜がボートを創造してくれたとき、優しい感情がボクを覆った。まるで温かい毛布にそっと包まれたような感覚。その後にボクの体から光が飛び出して、ボートが創造つくられたのだ。


 ……そのときに、母竜の能力をちょっと貰っちゃったって……そういう事!?


「そう考えると、いろいろと辻褄が合うと思うのです」


 ボクがその過去を振り返って考えていると、マクシムが何故だかぷるぷる震え出した。


「……気に入った。本気で気に入ったぞぉ、カズキ! 絶対にお前を嫁にして『メーゼラス』に連れ帰る!」


「……なっ! だ、ダメです! カズキ様はこの『モン・フェリヴィント』の住人で、私たち希竜隊の大切な隊長です! 絶対に渡しません!」


 フェレロが発達のよい胸を押し当てて、ボクの腕にしがみついてくる。


「そうですよ! カズキは吾輩の継母なのです! 『モン・フェリヴィント』にいてもらわないと困るのです!」


「そうっスよ! カズキ様は俺たちの憧れっス! どこにも行かせないっス!」


 マクリーとチェスがボクの前に立ち塞がった。


「へっ! そんなこと言ってもよ、カズキ自身が『メーゼラス』に来たいって言えば、お前らに止める権利はねーだろう?」


 マクシムは人翼射出機スカイ・ジェットの荷台に向かうと、予備のブースターを両手に持って、ブンブンと振りかざす。


「ほーらカズキ。俺様の嫁になって『メーゼラス』にくればよ、お前の大好きなとっても速いこの人翼射出機スカイ・ジェットにだって、乗り放題だぞ!」


 え……人翼射出機スカイ・ジェットに乗り放題……!?


「……ちょ、ちょっとカズキ様!? どこへ行かれるのですか!?」


 フェレロに両手で腰を掴まれて、ボクは意識を取り戻す。


 ……危ない危ない。自分でも気が付かないうちに足がふらふら向かっていたよ……!


 その様子を見ていたマクシムは、勝ち誇ったように顔を崩した。


 これから一年間、ボクはマクシムの誘惑に負けないでいられるだろうか?

 ……とっても不安だ。

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