第7話 建国の下準備

 アルフォンスが駆る馬を、ボクはCRF250Rマシンで追走する。


 航空戦闘部の丘を迂回して航行部がある北の森に入ると、アルフォンスは手綱を操り右折した。ボクも後を追い、森の中を疾走する。しばらく進むとアルフォンスが馬の足を緩め始めた。

 

 ボクもCRF250Rマシンのギアを一速ローに変え、低速でゆっくりと森の中を進んでいく。

 

 木々の間を抜けると、急に拓けた場所へと出た。


 一本の大木を中心に、ベンチの様な椅子がぐるりと取り囲んでいる。その大木の周りだけは手入れがされているのだろうか、草木が一切生えてはいない。大木の奥には小振りなログハウスに似た建物があり、大木を挟んだその対面には、ウッドデッキの様なスペースがある。


 まるで森の中の隠れ家みたいだ。ここだけは森の住人の様な別世界の雰囲気が、優雅に醸し出されている。

 

 ボクはキョロキョロ辺りを伺うと、すぐにヴェルナードを見つけ出す。大木を背にしてベンチに座り、彼は書物を読んでいた。その隣にはたくさんの書物が積み上げられている。

  

 傘の様に枝葉が広がる大木から木漏れ日が降り注ぎ、ヴェルナードを照らし出す。まるで後光が差している様だ。



 イケメンの、完璧すぎる読書シーンである。

 

 

 読書に集中していたのか、やや遅れて馬蹄とエンジン音に気づいたヴェルナードが、こちらを見た。


「非番の中、わざわざ足を運んでもらい、すまない。カズキ」


「え……別に構わないけど……ボクになんか用でもあるの?」


 ヴェルナードは読んでいた本を閉じると、ログハウスに視線を移す。


「うむ。其方に聞きたい事がある。……小屋の中でゆっくり話すとしよう。アルフォンス、すまないがこれを」


「はっ! かしこまりました」


 勢いよく下馬したしたアルフォンスはヴェルナードの側に行き、積み上げられた本を両手に抱えた。


「さあ、こちらだ。案内しよう」


 ヴェルナードは立ち上がり、ログハウスの方へと歩き出した。ボクと荷物持ちのアルフォンスとで後を追う。


 ヴェルナードに案内されログハウス内に入ると、室内は意外とこざっぱりとしたものだった。ベッドの脇には四人がけのテーブルがあり、奥の方には厨房の様なものが見える。


 『モン・フェリヴィント』のトップの住居としては、とても質素だと思う。

 

 ヴェルナードは奥の厨房に入ると、しばらくしてほんわりと湯気の立ち昇るカップを両手に戻ってくる。そして一つをボクの前に差し出した。


 ……うわぁ、いい香り!


 ミントの様な清涼感ある香りが、ボクの鼻腔を突き抜けた。

 

「ザクレットの葉を煎じたものだ。心が落ち着き気持ちが清々しくなる。遠慮なく飲むがいい」


 ザクレットって……エンジンオイルの代わりににしている……あのザクレット?


 実からは潤滑油オイルが取れて、葉っぱはミントティーになるなんて、完璧じゃん、ザクレット!


「さて、本題に入ろう。カズキを呼んだのは他でもない『建国』について、其方の知恵を借りたいのだ」


「ボクの……知恵ぇぇ?」


「古い文献を紐解いて隅々まで調べ直したが、やはり制度や規模など国にまつわる事はおろか、国名すら一文たりとも記載がなかった」


 確か……前にもヴェルナードさん、そんな事言ってたっけ。


「覚えているだろうか? 以前其方は、協力しながら同じ方向を見て暮らす事を国と言った。其方の世界にはきっと、国の形の在り方を明文化した何かがあったのだろう。それを私に教えて欲しい」



 ……無茶言うなぁ、この人。



 六法全書を暗記しているボートレーサー訓練生なんて、日本中どこを探したっているわけないじゃん!


「申し訳ないんだけどね、ヴェルナードさん。一般市民だったボクが、そんな事細かに覚えられるほど、簡単な事じゃないんだよね……」

 

 ヴェルナードの眉が少しだけ下がった。がっかりした顔だろうか。


「ふむ……致し方なし。では、カズキが分かる範囲で教えてはくれないだろうか」


「うん、それはいいけど……その前にさ、この『モン・フェリヴィント』の掟ってヤツを教えてくれないかな?」


 ボクの問いかけにヴェルナードは、後方に侍るアルフォンスをちらりと見る。アルフォンスは小さく頷くと、ボクを見た。


「俺がヴェルナード様の代わり答えよう。……一つ! 風竜に感謝と畏敬の念を絶やさぬ事。一つ! 上官の指示や命令には忠実に従うこと。一つ! 我ら風の民は皆家族、互いに争わぬ事。……以上だ!」


「……それだけ!?」


「うむ。……予想はしていたが、やはり足りないだろうか」



 足りなすぎるわ! 足りなすぎて、どこからツッコんでいいかわからないよっ!



「だがカズキ。その掟を忠実に守り、これまでは何事もなく暮らせてきたのだぞ」

 

 呆れ顔のボクに、アルフォンスが異議を唱える。


「……でもそれってさ、この『モン・フェリヴィント』の中での話だろ? 国を作るんだったら、もっと細かく決めないといけない事がたくさんあるよ」


「ほう……それはどのような事だろうか?」


 ヴェルナードの片眉が、少しだけ持ち上がる。どうやら興味を示した様だ。 


「『モン・フェリヴィント』以外の人の扱い方だよ。国を作るんなら、みんなが『ここに住みたい!』って思わないとダメだろ!? それにはまず、空賊や地上の人たちへの扱いを、変えた方がいいと思うんだ」


「なるほど……やはりその部分が大事になるのか……」


「もっと他にもあるけどね。まず最初はその部分からだよ」


 ボクの言葉にヴェルナードは、顎に手を当て目を閉じる。それと同時にログハウスの扉がノックされた。


「……よい。入れ」

 

 目を閉じたままヴェルナードがそう言うと、ゆっくりと扉が開かれる。



 ……うぇ!? ま、まさか。


 そこに立っていた人物は、『3つの月章サード・ムーン』で製造部リーダーの、エドゥアだった。

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