第6話 引き金ときっかけ
その後二日間、希竜隊として飛行訓練を行うと、ようやく配属されて初めての非番の日がやってきた。朝起きて身支度を整えると、寝ぼけ眼のマクリーをリュックに詰めて、久しぶりに製造部へと足を運んだ。
「おおカズキや! 今日は非番かの?」
「うん! ちょっとテオスさんにお願いがてら、遊びにきちゃった。……迷惑かな?」
「ああ、テオスなら新しい作業小屋にいるはずじゃぞい。それに何を言っとる。お前さんらしくないのぅ。ワシらはいつでも大歓迎じゃて。……何か航空戦闘部で悩み事でもあるのかのぅ?」
ヘルゲの優しい気遣いが、ボクの胸をきゅんと突く。やっぱりこの資材調達班は、ボクの心のオアシスだ。
ボクの心を曇らせる原因は、希竜隊の隊員パーヴァリだ。
フェレロに聞いた話だと、パーヴァリは新しい隊ができると聞いて自分が『
だけど実際に蓋を開けてみれば、年下のボクが隊長になった。パーヴァリにしてみれば、面白くないのだろう。
『モン・フェリヴィント』の規律上、あからさまに反抗をしたのは、フェレロを隊長補佐に任命したあの日だけだけど、ボクに不満を抱いているのは、その後の態度でも明らかだった。
ヘルゲと共に作業小屋へと向かいながら、ここ最近の資材調達班の現状を教えてもらう。
ボクの
状況が改善されたとは言え、資材調達班はやっぱり「雑務係」。そう揶揄されることは少なくなったものの、資材調達が主な仕事だ。資材調達班の若者たちは、製造技術を学び、いつかはテオスの様に製造部内の武具生産班や建築班を目指す者も少なくない。
そこでテオスは足繁く通い、資材調達班の若者たちに製造技術を教えているらしいのだ。
新作業小屋の扉をヘルゲが開ける。小屋の中ではテオスによる技術実演が行われていた。取り囲む若者越しにボクに気づいたテオスは、手をあげて豪快な笑顔を見せた。
「ようカズキ!
よっぽど自分が
……今日はテオスにお願いがあってここにきたのだ。うまくおだててノセないと!
「そ、そうなんだよ! やっぱテオスさんじゃないと、ボクの
それを聞いたテオスは満足そうに大きく頷いた。……よし、つかみは上々だ!
「でね、今日はお願いがあってきたんだけど……ちょっと聞いてくれるかな?」
「おうよ。なんでも言ってみろぃ」
テオスはそう言うと、取り囲む若者たちに散会を宣言する。ヘルゲも一緒に小屋から出ると、嬉しそうに腕を組むテオスだけが取り残された。
「実は
「……ふむ。どんな装備なんだ?」
「引き金……って、わかるかな? こう指で引き込むスイッチみたいなのをつけて欲しいんだよ」
ボクは指でクイクイと、引き金を引く動作をして見せる。
「引き金ねえ。要はボウガンの発射装置みたいなモンだろ。……それで、その引き金を取り付けたとして、一体何に使うだよ?」
「マクリーの座席にね。……こう、棒みたいのをつけてさ。それと連動するようにして欲しいんだよ。引き金を引くと、その棒がマクリーの頭に『ごつん』ってぶつかるようにさ」
「……なんでだ?」
「どうしてですか?」
リュックから顔を出し、マクリーも会話に混ざり始めた。
「……いやー。『マクリー砲』を撃つときに、気分が盛り上がるじゃん? それにマクリーにも合図になるしさ」
そう。ボクはおじいちゃんが大好きだった某宇宙戦艦アニメが大好きなのだ。
地球を救う為に敵勢力が無数に蔓延る宇宙へと、何十万光年の旅路へ出航する。もちろん帰ってこられるかも分からない。……これをロマンと言わずして、なんと呼ぶのだろうか。
本当ならば対閃光防御のシールドも欲しいところだけど、あれはヘルメットのシールドを下げることで我慢しよう。
「どうしてそんなめんどくせえ物、わざわざつけなきゃなんねえんだよ!」
「そうですよ! 『マクリー砲』を撃つたびに吾輩、頭を叩かれなきゃいけないんですか!?」
「カズキとマクリー殿の座席は伝声管で繋がってるだろ。それで事足りるじゃねーか」
ボクがうっとりとあのシーンを思い起こしていると、一人と1匹から苦情が殺到した。
「ここぞという場面では、決めポーズは大事なんだよ!」
「いやですよ! その度に頭を叩かれるのなんて!」
「俺も反対だね。
反対多数。ボクの『マクリー砲発射装置案』があっけなく否決された。
……ちぇっ! あの一連の動作がカッコイイのにさ! わかってくれないなんて無粋だね!
まあ元から反対されるとは、薄々思っていたからね。仕方ない。この件は早々に切り上げよう。
実はテオスにはもう一つ、要件があるのだ。
「わ、わかったよ。この件は諦めるよ。……実はいっこね、テオスさんに聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
「なんだよ。またくだらない話じゃないだろうな」
「……例えばだよ。テオスさんの武具生産班にさ、自分より経験の長い先輩がいたとするよ。で、その先輩がなかなか心を許してくれない時、どうしたらいいと思う?」
明らかな呆れ顔から、テオスの顔つきが一転した。
「……カズキ。航空戦闘部でなんかあったのか?」
「い、いや何もないって! もしもの話だよもしもの」
「……そうだな。俺たち職人に言葉はあまり必要としねえ。言葉なんてその時々で何とでもでも言えるし、薄っぺらいモンだ。俺はまず、その相手が作った物を信頼する事から始めるかな」
「作ったものを信頼する……?」
「ああ、そうだ。その相手の作り出した物を、一片の疑いもなく信頼する。そいつが本物なら、それだけで分かり合えるってもんだ。武具製作はいくつもの工程に別れている。互いに信頼し合えなければ、いい物は作れねえだろ?」
こんな話はテオスにしかできない。ヴェルナードやアルフォンスはカリスマ性がありすぎるし、クラウスには告げ口みたいで相談できない。叩き上げというか、比較的立場の近い人間じゃないと、理解しあえない事がある。
「……どうだカズキ。少しは参考になったか?」
ある程度の事情を察したテオスが、口角をあげてボクも見た。
「……うん! ありがとうテオスさん。やっぱ頼りになるね」
「よせやい。おだてたって
少しだけだけど、迷いが晴れた様な気がする。やっぱりテオスに相談してよかった。
「ま、色々あると思うがよ。頑張れよな。航空戦闘部の『
職人気質の無骨な笑顔とその言葉に、ボクもしっかり笑顔で応えた。
と同時に、作業小屋の扉が開かれる。見るとアルフォンスが立っていた。
「やっぱりここにいたのかカズキ。……取り込み中悪いのだが、ヴェルナード様がお呼びなのだ。俺と一緒にヴェルナード様の私邸まで同行して欲しい」
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