第5話 隊長補佐

 ようやく機体の問題も解決すると、いよいよ希竜隊の飛行訓練が開始となる。


 三人は手慣れた動作で人翼滑空機スカイ・グライダーの操縦席とも言える台座に、ベルトでしっかりと体を固定させた。操舵レバーを握りしめると、翠緑の淡い光が機体全体を覆い始める。加護の力を機体の隅々にまで伝播させると、三機の人翼滑空機スカイ・グライダーはほぼ同時に、滑走路から緑の尾を靡かせながら空へと舞った。


「よし! ボクらも行くよ、マクリー! 『隊長』として最初が肝心なんだからね。ボクらもカッコいいところを見せないと! しっかり頼むよ!」


「任せてください。では発進しますよ!」


 伝声管に向かってマクリーにそう声を掛けると、竜翼競艇機スカイ・ボートも船首からエメラルドグリーンへと輝きだす。マクリーの加護の力で、縦型直列二気筒エンジンに「ガルン」と火が灯り、ボクらも負けじと勢いよく青空へ向かって飛び出した。


 最後に発進したボクらの竜翼競艇機スカイ・ボートが、先行している三人の人翼滑空機スカイ・グライダーを勢いよく追い抜いた。マクリーに減速を伝え振り向くと、三人が驚愕の表情を浮かべていた。


「それじゃみんな。いつもの飛行をボクに見せてくれよ。何か得意な事や特技があれば、それもしっかり織り交ぜてね」


「……だ、だったらまず、隊長が見せてくださいよ」


 パーヴァリが少々上擦った声で、そう要求する。


 確かに言い出しっぺはボクだからね。まずはボクの本当の力を見せるのも悪くない。

 ボクはきょときょと周りを伺い目当ての物を物色する。お目当てはそう、雲の海だ。


「マクリー、あの右側の大きな雲! あの雲に向かってスピードアップ!」


「本当にカズキは雲の上が好きなんですね」


「ボクの得意はボート走行だからね。三人にしっかり見せておかないと」


 目当ての雲の上にたどり着くと、右レバーで翼を収納する。翼を畳んだ竜翼競艇機スカイ・ボートが雲の上に着水すると、マクリーが加護の力を解除した。左手のスロットルレバーを目一杯握り込むと、竜翼競艇機スカイ・ボートはエンジンの唸りを響かせながら雲の上を躍動した。



 船首で切り裂く雲の欠片が、後方へとはじけて散る。加護の力の干渉がない今は、風の抵抗を余す事なく感じられる。ボクは風を押し返すその感覚が大好きだ。時折船体が跳ねて生み出す一瞬の浮遊感も、堪らなく心地いい。

 目の前に遮るものは何もない。白い雲の地平線が終わりを告げるその時まで、フルスロットルで駆けていけ!


 ———ただ速く! さらに速く!! 


 三機の人翼滑空機スカイ・グライダーを後方に残し、ボクは雲の上を爆走した。



「う、うおおおおぅぅ! スゲえ! スゲえッス、カズキ様! ……師匠、師匠って呼ばせてくださいっス!」


 チェスの叫びが後ろから届く。……うん、断る。それだけは勘弁して欲しい。

 

 速度を緩めて船体を傾けると、雲が壁の様に舞い上がる。大きくUターンをして今度は逆走すると、三機が近づいてきた。


「な、なんなんだよ、こりゃぁ……」


「雲は人翼滑空機スカイ・グライダーにとって障害物なのに……こんな飛行ができるなんて。本当にすごいですわ! ……クラウス様がカズキ殿に一目置くのにも納得です!」


 パーヴァリが呆気に取られ、普段は大人しいフェレロでさえやや興奮気味だ。もはやチェスに至っては、感極まって何を言っているのか聞き取れないほどやかましい。

 

「そ、そうかな? えへへへ。……じゃ、次はみんなの番だよ。ボクにみんなの飛行を見せてくれよ!」


 その言葉を合図に、三機は散開した。今度はボクがみんなの飛行を見る番だ。



 ボクはクラウスの助言を思い出す。空中戦で大切なのは、相手の背後を取る事だ。そのために重要なのは後ろを取らせない「速度」と、相手の背後を取るための「機動力」だ。



 一番小柄なチェスは、スピードは遅いけど、旋回などの小回りがとても上手だ。敵味方入り乱れる接近戦では、頼りになる存在になると思う。


 優秀さで抜擢されたという女子隊員のフェレロは、なんでもそつなくこなすタイプの様だ。スピードももさることながら、動きも滑らかで、アクロバティックな動きまで優雅にこなしている。


 パーヴァリはその長身を活かしてなのか、スピードだけはピカイチだ。だけどその分細かい動きに粗が見える。


 

 ……うん、なかなか個性的な隊員たちだね。


 そして今、ボクの頭を悩ませているのは、ボクが不在の時の指揮をとる『隊長補佐』をこの三人の中から決めなくてはいけない事である。これは『隊』を任された将校が決めないといけないらしい。


 19歳で一番年上のパーヴァリに任せるのが、いいのだけど……。



 30分ほどの飛行訓練も終わり、全機が丘の上へと着陸する。並べた機体の前でボクは三人と向き合った。全員の肩が上下している。


「か、カズキ殿、初日から少々キツすぎるのでは……もう少し間に休憩を挟んで頂かないないと、体が保ちません」


「お、俺は……まだまだやれるっス!」


 そういうチェスも、明らかに疲労困憊の様相だ。

 あたり前だが皆、体に貯めた加護の力で人翼滑空機スカイ・グライダーを操縦しているのだ。風の力を頼るところもあるだろうが、体への負担も大きいらしい。


「そういえばさ……みんなどれくらい連続して飛んでられるんだい?」


「そうですね。個人差はありますがちょうど今くらい、30分が目安です。風の飛礫つぶての攻撃を加えれば、飛行時間はもう少し短くなります。将校月持ちの隊長クラスになると、もう少し飛行時間は増えるみたいですが……」


 フェレロが荒い呼吸を整えながら、そう教えてくれた。


「マクリー。ボクらはどれくらい飛んでられるんだい?」


「攻撃なしの飛行だけなら、3〜4時間はいけますよ」


「「「……はいっ!?」」」


 三人が声を揃えて驚愕する。何せこっちはマクリーという豆タンクバッテリーが外付けなのだ。


 ……それにしてもこんなに差があるとは。ちっとも知らなかったよ。これからは三人のペースに合わせて訓練しないと。


 呆気にとられる三人を前に、ボクは喉の調子を整えて本題に入った。


「えー、ではと。……皆の飛行はしっかり見せてもらったよ。ボクが不在のときに『隊』を任せる隊長補佐は、フェレロにお願いするよ」


「……え、私、ですか?」


 驚くフェレロの横で、パーヴァリがあからさまに舌を打った。


「……やっぱ女同士は仲良くって事かい。ま、いいや。こんなままごとみたいな『隊』なんだ。誰が隊長補佐でも構わないけどな」


「ちょっと! 女だからって決めた訳じゃないよ! フェレロはスピードはパーヴァリに敵わないし、小回りならチェスが上手い。だけどフェレロは苦手なものがないんだ。隊長補佐はすべてが平均以上能力を持つフェレロが適任だよ!」


 それらしい事を言っているが、実はコレ、ボクの考えじゃない。航空戦闘部で将校月持ちなりたてのボクが、最初からそんな事までわかるもんか。



『隊長補佐を決めるときは、能力が平均的に揃っていて、クセがないヤツを選べ。付け加えるなら、なるべく視野が広いヤツがいいな』



 クラウスからそう忠告を受け、その通りフェレロを任命しただけだ。


 納得のいかないパーヴァリは、防風眼鏡ゴーグルをむしり取って地面の砂を蹴り上げると「先に詰め所に戻ってるぜ」と捨て台詞を吐きながら、一人この場を去っていく。

 

 そのパーヴァリの態度に、チェスと隊長補佐に任命されたフェレロも、憂いの表情を隠せていない。


 

 ……むうぅぅ。この先超不安なんですけど!?

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