第8話 和解と提案

 深々とヴェルナードに向かって頭を下げると、エドゥアが小屋へと入ってくる。


 製造部リーダーのエドゥア———『モン・フェリヴィント』で唯一苦手な人物だ。ボクが製造部で雑務係パシリをしていた時に、CRF250Rマシンを巡ってトラブった経緯があるからだ。


 エドゥアはボクをちらっと見ると、バツの悪そうな何とも微妙な表情をして見せる。……ボクだって同じ気持ちだよ!


「カズキ。其方の考えを、エドゥアにも聞かせてやってはくれまいか」


「えーやだよ!」とは口に出さなかったけど、眉間に寄ったシワがボクの気持ちを代弁する。


「……そんな露骨に嫌な顔をするな。エドゥアは製造部ではあるが、文書に明るく記録の書をまとめる役目もしているのだ。……実は私とエドゥアで国とは何かを考えたのだが、良い案が浮かばなくてな。エドゥア本人が希望したのだ……カズキを呼んで話しがしたいと」


「……えっ? ホントに?」


 ヴェルナードの言葉をきっかけに、エドゥアがボクの方を向くなり深々と頭を下げてきた。


「あの時はすまなかった! そう簡単に許してくれるとは俺も思っていない。……だが、俺ではどうにも分からないのだ。お前……いやカズキの話を、俺にも傾聴させて欲しい。どうか……この通りだ!」


 

 ……この人も、元々は優秀な人材だと、前にヴェルナードさんが言ってたっけ。

 


 過去に色々あったけど、年下のボクにこんなにも平謝りするくらいだ。きっとそれなりの覚悟で、ヴェルナードに協力するつもりなんだろう。過去の執権乱用の罪滅ぼしの意味もあるのかもしれない。


 そんな人を無碍むげに扱うほど、ボクは腐っちゃいない。「罪を憎んで人を憎まず」。ボクのおじいちゃんの口癖だ。



 ボクは椅子から立ち上がり、エドゥアの側まで歩み寄った。


「……分かったよ。もう頭を上げて。エドゥアさんもこの『モン・フェリヴィント』のために何か力になりたいって気持ちは伝わったから。……はい、仲直りの握手」


「か、カズキ……すまない」


 ボクが差し出した右手を、エドゥアが両手で包み込む。ちょっと小狡そうな顔付きは変わらないけど、前の様なけんのある表情は浮かんでない。ボクはエドゥアの陳謝を、手のひらから確かに感じ取った。



 和解が済むとヴェルナードに促され、エドゥアと一緒に着席する。さてと、会談の再開だ。  


「えっと……じゃあ、『モン・フェリヴィント』以外の人の扱い方の話だったね。まず空賊についてだけど、もし襲ってきたら、なるべく無傷で捕まえようよ。そして捕まえたら売ったりするんじゃなくて、何か違う罰を与えたらどうかな?」


「……ほう。どの様な罰を与えるのか」


「そうだなぁ……例えば1ヶ月くらい強制労働とか、どうだい?」



 ヴェルナードがまたも片眉を少し上げ、興味深そうにボクを見る。表情をあまり変えないこの人は、眉一つだけで喜怒哀楽を表現できるらしい。



「……してカズキよ。強制労働の後はどうするのだ?」


「『モン・フェリヴィント』の人たちと、一緒に暮らしてもらうんだよ」


「……そ、それはあまりにも危険すぎやしないか!?」



 エドゥアが慌ててボクの意見に口を挟んだ。

 


「まあ、しばらくは監視付きでもいいけどね。それで地上に降りるときに釈放するんだ。もしできるなら、空賊の仲間のところに返してあげてもいい」


「……カズキよ。本気で言っているのか? 敵を生かしたまま釈放して何の理があるのだ? 奴らはまた襲ってくるに違いないぞ」


「エドゥアさん、ボクはそうとも限らないと思うよ。確かに『モン・フェリヴィント』での豊かな暮らしを知れば、また襲ってくる奴はいるかもしれない。だけど、『モン・フェリヴィントここ』に憧れる人だって、きっといると思うんだよ」



 実際に『モン・フェリヴィント』で暮らした空賊たちに、ここの生活の豊かさを流布るふさせる。実際に体験した人からの話しなら、噂はあっと言う間に広がるだろう。それが本当の狙いなのだ。



「だがカズキよ。其方の考えだと『モン・フェリヴィント』の民が少々哀れではないか? 少なからず空賊に家族を奪われた者もいるのだぞ」



 エドゥアの言うことにも一理ある。だけど憎しみの連鎖はどこかで断ち切らなければ、国など到底作れる訳がない。



「その気持ちは分かるけどね……それはみんなに堪えてもらうしかないよ。新しい事を始めるには、我慢もしないとね。……ボクがいた世界で主流になっているのは『右の頬を打たれたら左の頬を差し出せ』って教えだよ」


「……なっ!? カズキの世界の人間は、気が狂っているのか?」



 なんて事言うんだ。キリスト教徒に謝れ。



 まあ、確かあの言葉はもっと深い意味があったと思うのだけど……ボクもうろ覚えなので、あえて説明はやめておく事にする。



 衝撃を受けているエドゥアは放置して、ボクは話しを続けた。

 

「次に地上の人たちとは、もっと積極的に交流を持った方がいいと思うんだ。ギスタとは何とか和解したけど、他の地上で暮らす人たちにも『モン・フェリヴィント』がよい所だって教えるんだ。できるなら、希望者を少しずつ受け入れたらどうかな」


「……だがカズキ。それでこの『モン・フェリヴィント』に人が溢れかえったらどうするつもりだ。地上の人々から見れば、この地が豊かなのは明白だ。希望者をそのままに受け入れては、すぐに『モン・フェリヴィントここ』は飽和状態になるだろう」



 ボクの型破りな発想に、アルフォンスもたまらず参戦してきた。ヴェルナードの片眉はまだ上がったままだ。


 そしてボクにはある考えが浮かんでいた。その点において抜かりはない。



「心配しないで。受け入れるのはここじゃない。地上にさ……『モン・フェリヴィント』の姉妹都市を作るんだよ!」


「し、姉妹都市だと!?」


「そう! 姉妹都市! 最初は10人くらいの規模でもいいからさ、風竜の航路上の土地に姉妹都市を作って、希望者はそこに住んでもらうんだよ。マクリーに頼めば、風竜も地上に立ち寄れるし、それくらいの規模なら『モン・フェリヴィント』の資源で賄えるでしょ? そうやって各地の住みやすそうな場所に姉妹都市を増やして『モン・フェリヴィント』の良さを少しずつ広めていくんだ。その間ボクたちは銀幕を破壊しまくって、痩せた世界を元に戻す。地上が元に戻る頃には、みんな『モン・フェリヴィント』を自分の居場所だと思うって訳さ……どうだい、いい考えだろ?」


「……ふむ。悪くない考えだ。それには姉妹都市に住む人間を選択するのに、細かな決め事が必須だろう。我らの……風竜を軸とした考えを理解してもらわねばならぬ故。……エドゥアよ、その草案を頼めるか」


「はっ! ヴェルナード様! この身命を賭してやり遂げます!」



 『モン・フェリヴィント』のトップの決断は早かった。片眉に加え、口の端まで上げたヴェルナードが次の行動をエドゥアに指示する。


 ……それにしてもヴェルナードさん。顔の筋肉、つらないのかな?



「カズキ……これまでの事は水に流して、これからも俺に知恵を貸して欲しい」


「いいけど……もうえこ贔屓とかしちゃダメだからね」


「こ、これは……もうその様なことはしないと約束する。……その分の償いのも含めて、俺はこの任務を完遂したいのだ」


 

 そう言いながらボクを見ると、エドゥアの顔が引き締まる。その目には決意の光が宿っていた。

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