第19話 風竜に謝罪と感謝を
一度部屋に戻り広場で買った豪快サンドイッチで手早く夕食を済ますと、手提げランプを手に持って部屋を出る頃には、陽も落ちとっぷりと暮れていた。
町中央の広場には見張りの兵士が常駐しているので篝火が灯っているが、基本町中に街灯という物は存在しない。なので夜の町を歩く時にはこの手提げランプが必須となる。
今日みたいに雲が多く、月も隠れて夜の闇が深い日は尚更だ。
ボクが持っているこの手提げランプは部屋の備品で室内の照明と併用するものだけど、ボクはあまり使っていない。それはなぜか。
答えは簡単だ。ランプの燃料となる油が高いの一言に尽きる。
柄杓一杯の油で、なんと中札二枚もするのである。これは暴利だ。
なのでランプにチョロチョロと油を注ぎ節約しながら使ってきたけれど、今日だけは違う。なみなみと油をランプに注いで、ボクの準備は万端だ。
なんと言ってもキーアイテムとなるガソリンが、この『モン・フェリヴィント』で手に入るかもしれないのだ。
心許ないランプの灯りを頼りに作業小屋に着くと、すでにヘルゲとジェスターは準備を整えて待っていた。
「遅いぞカズキ」
「ゴメンゴメン。女子は何かと時間が掛かるものなんだよ」
ついつい軽口を叩いてジェスターを見れば、スコップと柄杓を手に持っている。
「ほら、カズキはこれを持って」
渡された紐付きの桶をボクが手にするのを見てヘルゲが「準備はいいかの」と声を掛け、ランプをかざして歩き出す。暗くて方向が分からないけど、町を東側に抜けて右の方角、町の南方面に向かっている様だ。
「ヘルゲさん。どこに行くんですか?」
「町の南側のとある場所じゃよ。そこにカズキの言っていたモノと似たものがある。うまい具合に代用出来るといいんじゃがのう」
町を出て道なき道を20分くらい歩くと、目の前に小さな光源が見て取れた。さらに進んで行くとその光源は、小さな小屋から漏れ出ている灯りだと分かる。
「よいか二人とも、ここからは慎重に行くぞい。決して大きな音を立てるでないぞ」
「ちょ、ちょっと待ってくれよヘル爺! ここって一体どこなんだ? あの小屋は何なんだよ?」
「大きな声を出すなと言うとるに。……あそこは保安部警ら班の見張り小屋じゃよ。何心配する事はなかろうて。夜は見張りも小屋に篭っておるのじゃ。それに今日はお誂え向きの闇の濃い夜じゃ。だから大きな音さえ出さなければ大丈夫じゃて」
ヘルゲの忠告を心に留め、ボクたちはランプの灯りを一つに減らし音を立てない様に注意を払いながら歩いて行く。
ここら辺は草木も少なく、剥き出しの岩肌と砂利や小岩がゴロゴロ転がっている地形だ。岩の影に隠れながら見張り小屋の死角を縫う様にして、さらに奥へと突き進んで行く。
しばらく進むと緩やかな下り坂に差し掛かった。坂を二、三歩進んだところで先頭のヘルゲが振り返る。
「さあ着いたぞぃ。二人ともここまでくれば大丈夫じゃ。ランプの灯りを付けてもよいぞ」
手提げランプが三つ灯ると、周囲の地形がそれなりに分かる。
砂利石が転がる辺り一面が、緩やかなすり鉢状になっていた。直径は10mくらいだろうか。それほど大きくもなくそして深くもない。光が届かないのでうっすらとだけどすり鉢の底も確認できる。
「ほれ二人とも、急ぐぞい。いくら見張りが小屋の中だとは言っても、見回りに来ないとも限らんしの」
物珍しそうにキョロキョロするボクたちは、すでに下の方へと降りているヘルゲの声を頼りに後へと続く。
ザザザと降りるとヘルゲはすでにすり鉢の底で待ち構えていた。ランプの灯りはすでに消している。
「ヘル爺。こんな所に一体何があるって言うんだよ」
「おっと止まるんじゃジェスター。二人とも、ワシの足元を見てみい」
勢いよく駆け寄ろうとしたジェスターを制止して、ヘルゲは自分の足元に視線を促す。
「おっと! それ以上ランプを近づけてはならんぞぃ」
ランプをかざして黒い何かに近づこうとするボクたちを、今度は両手を広げて制止する。
「ランプをそこに置いて……そう。ゆっくりと覗いてみるのじゃ」
言われた通りにランプを置いて、ボクとジェスターはソロソロと近づいて覗き込む。
地面にぽっかりと穴が開いていた。
ランプの光が直接届かず朧げにしか分からないけど、砂利や小岩が転がる地面に直径1mくらいの穴が開いていて、何やら黒いゴツゴツしたモノが覆いかぶさっている。
少しだけこんもりと盛り上がっている黒いソレは亀の甲羅にも似ていて、離れて見たら亀が地面に埋まっている様にも見える。
「これはのう。『竜の
……か、カサブタぁ?
「ジェスターや。この
「ええ? ……そ、そんな事していいのかよ、ヘル爺」
「本来なら母なる大地の風竜様にそんな事したらバチが当たるがのぉ。何、ここはカズキのためじゃ。若人の頼みとあれば風竜様もお許しになってくれるじゃろうて」
「うぇぇ? ぼ、ボク責任重大じゃないか!」
ジェスターは戸惑いながらもゆっくりとスコップを振りかぶる。
……こ、これはもし、竜の祟りがあるのならば、完全にボクの責任になるのだろうか。
カサブタを思いっきり殴打して、怒らないでと言う方に無理がある。ここは本気で謝っておこう。
すみません風竜様。ごめんなさい風竜様!
ボクが風竜様に必死で謝罪するその傍で、ジェスターが勢いよくスコップを振り下ろす。「グサリ」という何とも痛そう音と共に
「さあカズキ。その液を柄杓で掬ってごらん」
ヘルゲに言われるままボクは柄杓でその液を掬い、そうっと鼻に近づけてみる。
鼻の奥に重くのし掛かる様な、独特で、それでいて懐かしさすら覚えるこの匂い。
この匂いが好きと言う人は少なく、苦手な人の方が多いだろう。
だけどボクの16年間の人生を語るなら、この匂いは絶対に欠かせない。ボクの青春と数々の思い出は、間違いなくこのガソリンの匂いで彩られていると断言できる。
ボクは込み上がる想いを堪えつつ、目頭が湿っていくのを誤魔化す様に大袈裟なリアクションでサムズアップを繰り出した。
「……うん! 多分だけどコレで大丈夫だと思う! ……風竜様に感謝しなくちゃね!」
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