第17話 『落人』の忘れ物

 鉱石の仕分けもバケツ六杯分が終わる頃には金風の鐘も聞こえ、ボクたちは両手を上げて伸びをした。


「んー、後二杯分かぁ。この分だとヘル爺が帰ってくるまでには終わっちまいそうだな」


「今日はずっと小屋に篭ってたし、楽な作業だったね」


「明日はカモーナの採取だぞ。今日はゆっくり休まないとな」


 ……うげぇ。またスコップで土を掘るあの作業か。


 明日はバリバリの肉体労働だと知らされて、思わず眉間に皺が寄ったのが自分でも分かった。


 ついさっきまでの勢いはどこへやら、ジェスターがテキパキと作業を再開させるその傍らで、ボクはイジイジと残りの鉱石を仕分けする。


「ほらカズキ。ダラダラ作業してないで早く終わらせようぜ」


「……へーい」


 そんな事言われたって仕方ない。


 過酷な肉体労働じゃなかった日なんて、任務初日の「サラサラブリェル採取」以来だったのだ。


 また明日から木々の伐採作業、カモーナ採掘、鉱石採掘などなどと、辛い任務の日々に戻る現実を受け入れたくない。


 これが16歳のオナゴのする事かね? ボクのアオハルはどこ行った!?


 集中力の切れたボクはため息まじりに作業の手だけは動かしつつ、小屋の中を見回してみた。


 資材調達班の拠点となるこの小屋には、本当にいろいろな資材がそれこそ乱雑に置かれている。


 切り出された木材や数々の鉱石や岩や砂などetc、ジェスターに毎日教えてもらってはいるけれど、まだボクがその名や使い道が分からないものの方が多い。


 本当に散らかってる小屋だよねぇ。


 そんな事を思いながらそれでも目だけをキョロキョロ動かしていると、ボクの視線がある違和感に気がついた。視線がそのままその一点に釘付けとなる。


「……ねえジェスター。ちょっとあれ見てよ」


「いい加減にしろよな。早く終わらせて今日は早く帰ろうぜ」


「ちょっといいから見て! あそこの木材の影、あれって……?」


 ボクが指で指し示した部屋の奥に、ジェスターが面倒臭そうに目を向ける。


 この作業小屋内は常灯している照明がない。


 唯一の光源は小さい明かり取り窓と、壁の隙間や穴からほのかに差し込む日光だけ。なので部屋全体は薄暗く、入り口の扉から一番離れている奥の壁なら尚更だ。


 そこに今、一筋の陽光が差し込んでいて、立てかけられた木材と奥の壁の隙間を照らしていた。


 そして普段なら木材の影と部屋の薄暗さで誰も気づかずそこにある———蝶番ちょうつがいを、舞台照明の様に浮かび上がらせている。


 今まで気づかなかったのは、一日中小屋に篭って作業する日がなかったからだろう。午後の日差しがもたらしたほんの些細な悪戯が、ボクたちにそれを気づかせたのだ。


「あれは……隠し扉?」


 ボクたちは散らかる資材を掻き分ける様にして、部屋の奥へと進んでいく。


 壁と木材の隙間を覗くと、やはり扉の様だった。


 どういう訳かは知らないが、この木材は扉を隠す為に意図的に積まれているとしか思えない。


 ボクたちは協力して積み上げられた木材を退かし始めた。


 積まれている木材を上の方から退かしていき、木材の山が腰の高さ位まで低くなると、最後は「せーの」と力を合わせ木材と扉の間に隙間を作る。


 目の前に現れた扉に、鍵の様なものは付いていない。


 顔を見合わせるとジェスターが小さく頷いた。


 ボクはこくっと小さく唾を飲み、扉を手前に少しだけ開き中を覗き込んでみる。部屋の中は真っ暗で、何も見えない。


 ボクの後ろから様子を見ていたジェスターが「ちょっと待ってろ」と言って小屋の中を何やら漁り出した。


 部屋のあちらこちらを引っ掻きまわし「あったあった」と声を上げ戻ってくると、手にしたものは手提げ式ランプだった。


「まだ油が少し残っていると思う」


 ランプを軽く揺すってそう言うと、火打ち石を叩いてランプに火を灯しボクに手渡してくれる。


 中途半端に退かした木材が邪魔をして扉は全部開かないけれど、腕一本くらいはどうにか突っ込む事はできそうだ。ボクは左手に持ったランプを漆黒の隙間に突っ込むと、同時に中を覗き込んだ。


「……え……こ、これって……!」


 小さく揺れる覚束ないランプの光源に浮かび上がったモノを見て、落としそうになったランプの取手を強く握り直す。


 冷蔵庫、ラジカセ、テレビ、自転車、自動販売機、テーブル、野球のバット、英語の看板などなど。


 ボクにとっては当たり前で、日常の風景の一部分でしかなかったモノたち。


 それが四畳半くらいの隠し部屋にゴロゴロ転がっていた。象をモチーフとした割かしメジャーな薬局のマスコット人形なんてモノまである。暗くてよくは分からないけど、そのどれもが汚れていたり破損していた。


「……な、なんだよ。なんなんだよこれは!」


 ジェスターがボクの頭越しに覗きながら叫ぶ。ジェスターにとっては見慣れないものだらけなのだ。そう言うのも無理もない。


 食い入る様に隠し部屋の中をどれくらい眺めていただろうか。作業小屋の入り口の方から聞こえた砂を踏む音と扉が小さく軋む音で、ボクたちは我に返って振り返る。


「……おや、見つけてしまったかの?」


 相変わらずのふんわりした笑みを湛えたヘルゲが、いつの間のやら小屋に戻っていた。


「……ヘルゲさん。この部屋のモノってボクの世界にものだよね。これって一体どう言う事なの?」


「これは『落人おちうど』と一緒に落ちてくるものじゃ。ワシらは『落人おちうどの忘れ物』って呼んでおるがの」


 落人おちうどの忘れ物。


 いまいちよくは分からないけど、『落人おちうど』ってすべてボクと同じ世界の人なのだろうか。そして人と一緒に何でこんなモノまで落ちてくるのだろう。


「そこはの、過去の『落人おちうどの忘れ物』を保管している部屋なんじゃ。ワシらにとっちゃどうやって使うかもよく分からんモノばかりなのじゃがのう。一応何が起こるか分からんからの、人目が届かない様に保管をしていると言う訳じゃ。別にカズキ、お前さんに隠していた訳じゃないぞい」


「……もしかして、ボクが落ちてきた時も何か一緒に落ちてきたの?」


「いや、そんな報告は受けとらんよ。少なくともワシはな」


「そう……なんだね」


 ボクはヘルゲから視線を外すとランプで照らした隠し部屋に向き直る。


 改めて部屋の中を見ると、身につまされる気持ちと言うか、哀感の念が湧き起こった。


 つい最近まで見慣れていたモノたちが、その存在意義を果たせずに暗い部屋に打ち捨てられている光景は、今までの自分自身を否定されている様で、暗澹あんたんとしたボクの気持ちをどことなく形にしたみたいだ。


 見ればますます気持ちが沈む中、部屋から視線を外そうとしたその刹那キラリと光る何かが見えた。


 え……ウソ。もしかして……。


 ランプの光に照らされて鈍色に光ったのは独特な消音排気筒マフラー。美しい曲線を兼ね備えた特徴的なフォルムは所々破損しているとは言え、ボクが忘れるはずもない。ええ、ないですとも!


 はああああああっ! あれは……まさか……まさかっ!


 ボクは跳ね馬の様に暴れ回る胸の鼓動を抑えつつ、荒れる呼吸を整える。体温が急激に上昇して顔が火照っているのが自分でも分かった。


「……ねえ、ヘルゲさん、ジェスター! もしかして、本当にもしかしてだけど、カモーナや鉱石取りが楽になるって言ったら……ボクに協力してくれるかな? いや、お願いだから協力してぇぇぇえ!」


 ヘルゲとジェスターは揃いも揃って眉を曲げ、怪訝な表情を浮かべながらボクを見た。

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