22 “お兄様”
「言ってくれ! 君はどこでこれを手に入れた!? もしや兄と繋がっているのか!?」
「お、落ち着いてくれ! 吾輩は、何も……!」
「そうですわ、お父様! 早とちりなさらないで!」
詰め寄るヨロ王を遮るよう、マリリンが割って入った。
「ピィちゃんが宝珠を盗んだ犯人でしたら、ノコノコとこんな場所まで来るわけないでしょう! それにピィちゃんは、私がいくら言っても全然アクセサリーをつけてくれなかった人です! つけているのがむしろ不自然なくらいですわ!」
「お、おう、ありがとうマリリン……」
「む、すまない……どうも気が立っていたようだ。……それで魔王殿、今一度尋ねるが、そのペンダントは一体どういった経緯で手に入れたものなのだ?」
ヨロ王からの質問に、またピィの胸にクレイスの寂しげな笑みがよぎった。さりとて、黙っておくことも自分にはできない。
「……これは、さっきクレイスから貰ったものだ」
「クレイス?」
「ああ。……吾輩こそ、二人に謝らないとならないことがあるんだ。実はミイラマンというのは、吾輩の婚約者でも何でもなくてだな……」
こうしてピィは、二人に事の顛末を説明した。激怒必至の事実だと彼女は思っていたのだが、意外にもヨロ王は冷静だった。しきりに首を捻り、彼は言う。
「……突然魔王城に現れ仲間にしろと要求し、ノマン王国への進軍を一旦諦めさせた。そして隣国と無血で国交を結んだばかりか、遂には共にノマンを退けた、か……」
「ううん、なんだかチグハグですわね」
「そうなのだ。クレイスは、途中まで完全に吾輩らの利益になる行動を取っている。だがこのペンダントを持っていたということは……」
「ああ。我らの他に唯一隠し部屋を知っている兄さん……ダークスと繋がっているということになる」
「……頭がこんがらがってきましたわ」
「とにかく状況から見て、クレイス殿が何かしらの鍵を握っている可能性は高いだろう。魔王殿、今の彼の行方は分かるか?」
「いや、吾輩と会話をしたのを最後にいなくなったからな。一応この部屋に来る前に部下に捜索を依頼したが、あまり期待はできないんじゃないかと思う」
「……」
ピィの言葉に、ヨロ王が渋い顔をする。マリリンも唇を噛み、目を伏せていた。
それでもうピィは堪らなくなって、二人に頭を下げた。
「すまない! これは吾輩の失態だ。最初からアイツに気を許さず、とっとと切り捨てておけば……!」
「いえ、そうとも限りませんわ。あの方がいなければ私達は魔国と手を結ぶこともできず、ノマンからの侵略を許し滅びておりましたもの」
「だがアイツはノマンに雇われた勇者だ。ならばそれら行動も全て、ノマンの計算上だったかもしれないだろう」
「……え、勇者? あの方がですか?」
マリリンは大きく目を開き、父であるヨロ王を見上げる。ヨロ王は少し考えた後、一つ大きく頷いた。
「そういえば、以前クレイス=マチェックという名の勇者が我が城を訪ねてきたことがあったな。……そうか……彼がミイラマンの中身だったのか」
「……あ、あら? いえ、いえ!」
マリリンはふるふると頭を振り、ピィに向き直る。
「ピィちゃん。もしかして……クレイス様とは、私がピィちゃんの元に行くまでにお話しされていた方のことですか?」
「ん? ああ、そうだよ。マリリンも姿を見ていたんだな」
「はい。……お父様。念の為お聞きしますが、お父様を訪ねてきたクレイスという名の勇者の外見は、どのようなものだったのです?」
「外見?」
ヨロ王は額を押さえ、なんとか記憶を絞り出した。
「……特徴といっても、さほど目立つような男ではなかったよ。まあせいぜい、短い灰色の髪で小太り、髭を生やした三十代後半の男といった所か」
「な!?」
「ど、どうした。何かおかしい所でもあったか」
おかしいも何も、別人ではないか!
しかしこのピィの動揺はマリリンの想定内だったようだ。彼女はそっと友人の背に手を当てると、言った。
「……やはりそうですわ。以前勇者としてここを訪れたクレイスさんと、ピィちゃんに求婚したクレイスさんは別人なのです」
ズレた眼鏡をつるを摘んで直し、マリリンはピィに目を向ける。
「クレイス様は、己の名を騙る別人を派遣してまで“諸国を旅した事実”を作っていた……。そしてその別人になり変わり、ピィさんの前に現れたのです」
「そ、そんな! 何の為に……!」
「――それは勿論、ノマン王国の雇われ勇者という肩書きを得るためでしょう」
二人の会話に入ってきたのは、白い長髪をなびかせた美麗な男であった。
「ルイモンド! クレイスは……!」
「話は聞いてますよ。残念ながら発見はまだですが。……加えて、悪い報告も一つ」
「……なんだ。言ってくれ」
「ネグラ兵器長に探らせていた、ノマン王国に通じる空間転移装置についてです。残念ながら、見つかったもの全て壊されていたとの報告でした」
「……ッ!」
きっと、これもクレイスの仕業なのだろう。マリリン曰くとても丈夫だったはずだが、クレイスが壊し方を知っていたなら破壊は容易である。
……しかし、だとするとクレイスは……!
「……ええ。やはり彼は、ノマンの手先だったのでしょう」
ルイモンドが言う。
「あの時、ピィと我々は大軍を率いてノマンに打って出ようとしていた。そんな状態の魔王に謁見できるとしたら、ノマンから送られてきた勇者以外にありえません」
「……だから奴はわざわざ影武者を用意し、事前に勇者を作り上げたのか」
「恐らくは。……千枚舌という異名も、幾人もの影武者が各国に散らばっていたなら説明がつきます。そのような通り名にしておけば、辻褄が合わない事を言ったとしても誤魔化せますからね」
「クソッ、なんてやつだ」
しかし悔しさに歯を食いしばるピィの隣で、ふらりとその場に崩れる者があった。マリリンである。
彼女の顔は蒼白で、今にも気を失いそうだった。
「ど、どうした、マリリン! 気分が悪いのか!?」
「……い、いえ……! そ、装置が……壊されたと聞いて……おおお、お兄様、が……!」
「心を鎮めよ、マリリン。……ああ、わかるとも。ノマンに囚われた研究者達――そしてヒダマリのことを憂いておるのだな?」
ヒダマリ?
知らない名に、ピィはヨロ王に目線で説明を求める。
「……ヒダマリとは、マリリンの双子の兄でな」
赤い目に応え、彼は口を開いた。
「元は王位を継ぐはずだったのだが、誰に似たのか彼は魔道具をいじるのが好きでね。ある日とうとう城を飛び出し、研究者になってしまったんだ」
「研究者……ということは」
「ああ。……息子も今、ノマンに囚われてしまっている」
ああ、だからこそのマリリンの動揺なのだ。元は空間転移装置を使ってノマンに侵入し、研究者達を奪還する手筈だったのが、全てご破算になってしまったのだから。
「けれど、お兄様がいてくれたからこそ、私は事前にノマンの襲撃を知ることができたのです。お兄様が知らせてくれなければ、あの村の者は皆滅ぼされていたでしょうから」
「ああ、吾輩らが最初に訪れた村のことか」
「はい。……でも、ここ数日はその兄からの連絡もありません。最悪のことは考えるべきではないと思うのですが……」
マリリンは、ギュッと唇を噛んで言葉を止める。そんな彼女を見ながら、ピィは冷たくなっていく手に血を巡らせようと固く拳を握った。
――魔物の足ならば、ここからノマンまで数日かければ行ける。けれど、果たしてそれで間に合うのだろうか。皆が無事である保証は無いし、むしろ罠である可能性もある。
そうでなくとも、考えねばならないことは山ほどあるのだ。消えたヨロ国の宝珠。クレイスの狙い。そして、また襲ってくるだろうノマンやミツミル国への対処。
どれから取りかかるべきか。取りかかったとしてもどう解決すればいいのか。
……こちらがどんなに頭を使って動いても、クレイスの手のひらの上で踊るだけではないのか。ピィは、拭っても拭きれない不安に、強く目を閉じた。
小部屋に重い沈黙が落ちる。そこへ飛び込んできたのは、ドタドタとした重たい足音だった。
「おいルイ! 急いで来てくれ!」
やってきたのは、ガルモデである。名を呼ばれたルイはすぐに反応した。
「どうしました。何が起こったのです?」
「南の国境で、装置の調査をしてたネグラがノマン兵と交戦中らしい! 今俺の部下とニャグ爺、マリア王妃を向かわせてるが、間に合うか……! いっちょ俺を乗せてひとっ飛びしてくれ!」
「何、ネグラが!? しかし、何故マリア王妃まで……!」
「人間がいたんだとよ!」
ガルモデはじれったそうにグルルと唸った。
「あの万年引きこもり野郎が、怪我した人間守って戦ってるんだ! えらくマリリン王女に似た白衣の男らしいが、オメェら心当たりはねぇか!?」
「マリリンに?」
驚いてマリリンを見る。対する彼女は、くりくりとした目を大きく見開いた。
「――お兄様?」
その言葉に、一同顔を見合わせる。まさかと思いながらも、ガルモデを先頭に全員が駆け出したのだった。
第2章 完
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます