7 どいつもこいつも

「ミツミル国に帰るぅ!?」


 それは、馬車に乗る数週間前の夜のこと。十六歳の誕生日を迎えた途端爆弾発言を繰り出したリータに、ベロウは目が点になっていた。


「なんで!? ミツミルっていやぁ、まだヤベェ奴に牛耳られてるんだろ!?」

「はい。未だ国政は、軍大臣であるヴェイジルの手の中にあります」

「じゃあどうして……!」

「……これ以上、ミツミル国の民を彼の圧政で苦しめるわけにはいかないからです」


 リータの美しい顔は、滾るような熱を帯びている。


「故に僕は、一刻も早くミツミル国に戻り、“力の宝珠”の力を得なければならない。そうして、ヴェイジルを倒し国を取り戻さねばならないんです……!」

「待て待て待て待ちなさい」

「師匠はここにいてください。……本当は来てもらいたいのですが。すごく、すごく来てもらいたいのですが。ミツミル国の問題ですし、危険な目に遭わせるわけにもいかなくて……」

「だから待てって言ってるだろ、バカ」


 スペンッとリータの頭を叩く。突然の暴力にポカンとするリータに、腕組みをしたベロウはフンと鼻を鳴らした。


「ちっとも話が見えてこねぇよ。順序立てて話せ。で、何? つまりお前はこれからミツミル国に行って、ヴェイジルから国をブン捕り返すってわけか」

「は、はい。その通りです」

「でもお前の味方ってババアだけじゃん。対する向こうは戦士の国、ミツミルだろ? そりゃお前の味方してくれる奴もいるだろうが、何せ敵は軍大臣だ。半分以上が寝返ってると考えても、甘い見積もりだとオレ様は思うよ」

「……」

「その上で、そんな無茶をする理由は何だ? まさか何の作戦も勝算も無いとは言わねぇよな?」


 ベロウの問いに、リータはまっすぐな目をして頷いた。


「勝算はあります。先ほどもお話ししました、ミツミル国の所有するアイテム、“力の宝珠”です」

「力の宝珠?」

「はい。宝珠とは、各国に一つずつ納められている莫大なパワーを秘めた魔水晶のこと。そしてミツミル国が持つのは“力の宝珠”です。……これを手にするだけで、その人は怪物並の力と魔力を得ることができると言われています」

「へー、そんなすげぇもんがあんのか」

「ええ。これを使えば、僕は何十人もの手練れの戦士が束でかかっても敵わないほどの強さが得られんです。……あのヴェイジルでさえ、打ち倒すことができるほどの」


 そう語るリータは、真剣そのものであった。しかし、まだベロウには分からないことがある。


「でもさぁ、そんなヤベェお宝があるってのはヴェイジルも知ってんだろ? だったら、もう奪われてる可能性だってあるんじゃねぇか?」

「それはありえません。何故なら、宝珠の収められた部屋に入れるのは、満十六歳以上になるミツミルスの血が入った人間だけなのです」


 まさかの十六禁仕様とはな。


「何せ力の宝珠と呼ばれるシロモノですからね。幼い子が入ろうものなら、器として耐えきれず壊れてしまう可能性があります」

「ま、そりゃそうか……。ああ、だから五年前のお前とババアじゃ開けられなかったんだな」

「はい」

「しかしよぉ、このタイミングで行くってなぁ……」


 ――向こうだって、それを狙ってんじゃねぇのか。

 ベロウはそう思ったが、リータの射るような視線に言葉を遮られた。重々承知している、と言わんばかりの目である。


「それでも、僕は行かねばならないのです。……これが、王家の血たる宿命ならば」

「……」

「……師匠は、このままフーボ国にいてください」


 そして、リータは立ち上がった。


「本当は、とてもついてきて欲しいのですが……百枚舌の師匠がいれば心強いですし、僕もすごく頑張れるのですが……」

「いやめちゃくちゃ勧誘すんじゃん」

「カァーッ! 謙虚な王子がおぬしに迷惑をかけまいとここまで気を遣っておるというのに、おぬしという奴は何故誘いに乗らぬのじゃ!?」

「相変わらずいきなり出てくるねー!?」

「とっとと察してついてくるが良い!」

「面倒くせぇ女を擁護する取り巻きかよ。んでババア、どこ行ってたの?」

「表に馬車を回しておったのじゃ。今からミツミル国へ出向くでな」

「え、そうなの? 急すぎねぇ?」


 驚いたが、クリスティアによるともうだいぶ前から準備していたことらしい。そういや、やたら保存食を買い込んでたり質のいい防具や魔道具を手元に置くようになってたな。てっきり防災方面の良識に目覚めたんだと思ってたわ。


「すいません。どこから漏れるか分からなかったので、師匠にお伝えするのが直前になってしまって」

「あれれ? オレ様あまり信用されてないね?」

「最近、僕らを嗅ぎ回ってる者がいるようで、慎重に行動せざるを得なかったのです。……加えて、ミツミル国に行くなら、どうしてもこのタイミングでないといけなくて」


 リータは、陽が落ちた窓越しの世界に目をやった。


「ミツミル国では、本来なら僕の誕生日に宝珠を手に取る儀式――抱宝祭が開かれる予定でした。しかし僕が国にいない今、それは当然行うことはできない。……ミツミル国は、まだ王も僕も生きて城にいるという体で動いています。この儀式が行われないことで、疑問を抱く民も出てきているはずです」

「なるほどな。そこでお前がヴェイジルを倒し、国民に真実を告げて疑問を解消してやるってわけか」

「はい」


 だがあまり時間を置き過ぎても、儀式のことは忘れ去られてしまう。だから疑問を抱き始めた今が、ベストタイミングなのだ。


「……師匠」


 で、リータのこのもじもじ具合である。……これ、マジでついてきてほしいんだろうな。顔に書いてあるし、さっきから全然遠回しになってないアピールがすごい。

 でもさー、オレ様が行った所で何なの? って話なのよ。そりゃオレ様は天下無敵の百枚舌のベロウ様だよ? でも、できることとできないことがあるわけじゃん。

 行ったら死にそうだし、まだ死ぬのは嫌だし。戦士は怖いし、そのヴェイジルってのも厄介そうだし。

 そもそも、せいぜい五年ぐらい面倒見てやっただけのガキにそこまで命張るのもなぁ……。


「だ、ダメ、ですかね……」

「……まあ、物事には頼み方ってのがあるよな」

「頼み方……。でも、僕からあなたに差し出せるものはもう何も……」


 しかし、ここでリータはハッとする。指を折って何やら数えると、キョトンとするベロウに向き直った。

 そして、王子の張りのある声が弾ける。


「師匠! どうか僕らの旅について来てください! ついて来てくださるのなら、師匠が今までチョロまかしていた質屋と鍛冶屋と防具屋と道具屋の金額提案料については固く口を閉ざしたままにしておくことを約束します!」

「え、ちょ」

「あと、僕らに隠れてこっそり行っている裏カジノ! あそこでは変装をして毎回ちょっとずつ違う手でイカサマをされていますね! それも黙っておきます!」

「待って」

「そうですね、他には」

「お願い、待って。なんでお前そんなこと」

「あ、先日師匠のハンモックの上に放置されてた雑誌についてです! あれの出どころについても」

「もおおおおおーっ!! 行く! 行きます!! どこまでもついて行くからどうかその先はお黙りくださいリータ様!!」


 こっちが折れることになった。顔面から嫌な汗がダラダラと流れているベロウに対し、リータは「わぁ、嬉しいです」などと朗らかに笑っている。

 もう嫌。アイツといいコイツといい、なんでオレ様の預かるガキってどいつもこいつも口が立つようになるの? 何? 日頃の行い? いっぱい心当たりあるぅー。

 ……まあ、適当な所で姿をくらまそう。ババアの視線が背中に突き刺さるのをひしひしと感じながら、ベロウはそう思ったのである。










「クソッ、よくもこんな狭い所を通ってきたもんだな……!」


 しかし結局、あの時の決意などどこへやら。気づけばリータとクリスティアと共に、城内部へと忍びこんでしまっているベロウであった。

 狭い隠し通路にゼェゼェ言う男に、後ろからリータが声をかける。


「頑張ってください、師匠。ここが一番狭い所です。それを抜ければ楽になりますから」

「それ聞くの二度目ー」

「詰まったら僕が後ろから押しますね」

「屈辱の極みー」


 小声で言葉を交わしつつ、前進する。ついでと言わんばかりに、ベロウは口を開いた。


「……とりあえずさ、今回の目的は宝珠のみでいいんだよな?」

「はい」


 後ろで、リータが頷く気配がする。


「流石に、ヴェイジルがいる中で宝珠を狙えるとは思いません。ちょうど今、ミツミル国はノマン王国と共にヨロ国に軍を出していると聞きましたから、城は多少手隙になっているはずです」

「だといいんだがなぁ」


 とはいえ、馬車を止めて一日外から城を隠れ見た様子では、リータの言う事に間違いはないようである。だが何にでも不測の事態というものは付き物だ。ヤダなぁとベロウがため息をついている内に、光が見えてきた。


「あそこが出口か。はー、やっと出られるぜ」

「あ、師匠。まずは誰かいないか確認してください。出て早速見つかっては厄介です」

「いや、これ脱出用の道じゃん。侵入用に作られてねぇから、この角度からじゃ完璧に確かめるのは無理なんだよ。いずれにしても、一旦降りてみる必要がある」

「え」


 スタッと身軽に飛び降りるベロウ。……場所は、事前に聞いた通りの食糧庫の中だ。しかし長く戦争をしているからか、ずらりと並んだ棚の中身はお世辞にも潤沢とは言えない。

 だがそれよりも目につくのは、ミツミル国の紋章が彫られた立派な甲冑である。その甲冑はベロウの行手を塞ぎ、ドンと仁王立ちしていた。

 ……あ、違う。

 これ本物の兵士だわ。


「何奴!?」


 どうも、のっけから不測の事態であるらしい。槍を向けられたベロウは、反射的に両手を挙げた。

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