6 五年

 ベロウとしては、せいぜい数週間程度面倒を見るぐらいだと思っていたのである。まあ長くても一ヶ月、二ヶ月そこらかと。

 ――それがまさか、五年にも渡って居候を決め込まれるとは思わないではないか。


「うそーん……」


 馬車に揺られつつ、ベロウは年数を数えていた指をパッと広げた。

 結局、あれからリータの故郷であるミツミル国の王の死が伝えられることは一切無かった。ただ、ミツミル国軍の多くの兵が出兵と称して国内からいなくなり、治安は急速に悪化したらしい。中には、ノマン王国と裏で手を結び、ノマン王国の軍に加わったのだという噂まで出回っていた。

 一方フーボ国は、昔に比べると何となく人が増えた気がする。もしかしたら、ミツミル国からの亡命者もいたのかもしれない。だが、追手の存在を警戒したリータとクリスティアは、その当時大変ピリピリとしていた。

 だからベロウは、師匠として一つ手を打ったのである。


「師匠! これで! これでどうですか!」

「ぶふぉっ! ……お前っ……その顔っ……! ふへっ、合格! 合格!」

「ありがとうございます! 練習した甲斐がありました!」

「むむ、王子よ。何を賑やかに……んなーーーっ!? なんじゃ王子、そのお顔は!?」

「あ、クリスティア! 見て見て! 化粧が無くても顔を変えられるようになったよー!」

「またおぬしかベロウーッ! 先日の裏声に引き続き今度は変顔とは! ロクな事を教えん奴め!」

「必要必要! だって敵に追われた時、変装道具持ってなかったらヤベェじゃん! だからこれは生き抜くために必要なアレでソレでお願いババア魔法しまってギャアーッ!!」


 やはり、ババアは一刻も早くこの世からお引き取り願わねばならない。パンパンに腫れ上がった顔を見て、ベロウはそう思った。


 さて、他に変わったことと言えば、一年ほど前にノマン王国から勇者がやってきたことか。なんとそいつの名は、かつて自分が面倒を見ていたガキと同じものだった。しかもオレ様を差し置いて、「千枚舌」を名乗っているときたもんである。こりゃ一つクソ生意気なガキにお灸を据えてやろうと、リータと見に行ったところ……。


「……えーと……あのマッチョの老人が、ノマン王国から来た勇者とのことですが……」

「……」

「師匠、あの方が例の?」

「いや、別人」


 全然、似ても似つかない他人だった。なんでマッチョジジイが勇者やってんだよ。別にいいけど。

 それにしても、あのガキときたら未だ連絡の一つ寄越しやがらねぇ恩知らずである。風の噂にゃ、貴族の後ろ盾を得てノマン王国に召抱えられたらしいが……。

 まあ、どうでもいいか。終わった話である。


 こうして、なんだかんだと過ごすうちに五年が経っていたのだ。


 しかしまことに残念なことに、この間にババア・クリスティアの寿命が尽きることはなかった。毎日元気に部屋の掃除と料理をしては、陰日向に王子を見守る。それに加えて、ババア特有の押しの強さでちゃっかりご近所ネットワークを作り上げてしまっていた。

 無論ババアとて友達は必要だろう。そこはかまわないのだが……。


「さぁ、今日はムチャ馬の唐揚げじゃぞー! 食のお供は“昼下がりに堕ちた寮母、復讐の夫パート5”! とうとう夫に不貞がバレた寮母サラ、しかし開き直ったサラは間男との愛を主張して……!?」

「唐揚げが喉通らなくなる話やめーや! 王子もいるんだぞ!」

「愛した夫を裏切り、一時の享楽に溺れる妻……! 世の中にはたくさんの人がいるのですね! 勉強になります!」

「王子の価値観歪むからやめて、ババア!」


 そこで噂話を仕入れてきては、食卓で披露するのである。マジでやめてほしい。だがいつもババアの鬼気迫る絶妙な語り口に乗せられては、最後まで聞いてしまうのだ。何あれ何らかの魔法? ほんと助けてほしい。

 いや、それよりもえげつない成長を遂げていたのはリータの方だろう。元々綺麗な顔をしていたのが、この五年でさらにゾッとするような美しさに仕上がってしまった。少年の大人の境の頃。いっそ現実離れした美形に、道を歩けば振り返らぬ者はいないほどであるった。

 もっとも、普段は変装をさせていたのでそのような事も起こらなかったが。

 むしろ恐ろしかったのは……。


「あれ? 鍛冶屋さん、この防具の値段はおかしくありませんか? あなたの所にあるのは全てオリジナルとのことですが、ここに彫られているのはミツミル国の紋章です。消そうとしたのでしょうが、残っていますよ。そしてこちらの魔道具も値段がおかしいですね。この技術を持っているのは、ヨロ国以外にありえません。オリジナルで作れるはずがない」

「ぬぐぐぐぐぐ……や、安くしろってか」

「いえ、これだともっと高く売れますよ。この防具なら、二十ゴールド上げても買う人はいるでしょう」

「ほ、ほんとか!? ヘヘッ、ならそれぐらいにして……」

「あ、情報料は十ゴールドです! お値段の書き換えをされるなら、情報を買ったと見做し取引といたします!」

「……」


 ……連れ回している内に品物に対する目が肥え、商才が芽生えたことだった。


「ッ! すまねぇっ……! それをやりてぇのは山々なんだが、今回だけ見逃しちゃくれねぇか……!?」

「理由を聞きましょう。何故です?」

「うちには、食い盛りの子供が五人もいるんだ。浮いた二十ゴールドで、久しぶりの白い飯をたらふく食わしてやりてぇ……!」

「なんですって……! わかりました、お子さんを育てられる苦労は並大抵のものではないでしょう。僕の取り分は無しということで……」

「リータァァァッ! コラッ! そいつは嫁に逃げられたばかりだってババコミュ(※ババア・コミュニティ)から聞いたばかりじゃねぇか!? 嘘だ、嘘! 絆されるんじゃねぇ!」

「ギャーッ、百枚舌! なんでここに!?」

「いちゃ悪ぃのかよ」

「十五ゴールドは取られるぅぅ……!」

「バカ、何言ってんだ。オレ様がそんな極悪か」

「ホッ、だ、だよな……」

「お前のことだ、どうせこれとこれとこれも値上げする気だろ? だからその分も合わせて、しめて料金五十ゴールドはいただかねぇと」

「ギャーッ!」

「なるほど、さすが師匠! 勉強になります!」


 ――お人好しなところは、玉に瑕であるが。

 しかし、もう少し鍛えたら上等に使えるようになるだろう。計算能力も問題無いし、ゆくゆくは店を持たせれば自分は裏で安泰……いや、コイツ王子だったわ。国に返さなきゃならねぇんだった。忘れてた。


 そして場面は冒頭に戻る。馬車の中で揺さぶられながら、ベロウはボーッとこの五年間を思い返していた。


「師匠」


 そこでリータに声をかけられる。夕焼けの光は彼の金色の髪を照らし、深い紫色の目はまるで宝石のようだ。

 ……五年前より、高く売れそうになったな。ベロウはふと、そんな不謹慎なことを思った。


「お目覚めですか」

「まぁな」

「良かった。……もうそろそろ、到着します」


 憂いとも決意とも言えぬ色を滲ませて、リータは進行方向に顔を向ける。


「――僕の故郷である、ミツミル国に」


 ああ、と返事をし、座り直す。

 サングラスをズラして、外の世界を見た。夕焼けは、血のように見知らぬ道を染め上げていた。

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