8 侵入

 眼前には槍。そしてミツミル国の守兵。リータとババアは、天井の隠し通路で様子を窺っている。

 オレ様今、絶対絶命。


「……えーと」


 だが、こちらとて天下無敵の百枚舌様である。この程度なんざ修羅場とも呼ばねぇ。

 さぁ、せいぜい御覧(ごろう)じろだ。

 ベロウはしっかり二本足で立つと、ビシリと敬礼をした。


「お疲れ様でございます! 自分、プレン兵長の元につきました新人のアーズ=ポポロチカと申します!」

「ん!? お、おう……」


 こんなこともあろうかと、あらかじめベロウはミツミル国軍戦士の鎧を身に付けていたのである。戸惑う守兵であったが、考える隙を与えずベロウは畳み掛ける。


「実は自分、恥ずかしながら腹が減り食糧庫を訪れていたのです! そして何か食い物が無いか辺りを探っていた所……なんとあれをご覧ください! 隠し通路を発見いたしました!」

「む!? ……ほ、本当だ! 何故あんなものが!?」

「恐らく、王族がいざという時に逃げる為の抜け道だったのでしょう。試しに入ってみたところ、城の外にまで繋がっておりました」


 驚いたのは兵士だけではない、まだ隠し通路の中にいるリータとクリスティアもである。しかし、早速調べようとする兵士に向かってベロウは続けた。


「これを見つけることができたのは、大変運の良いことでした。兵長に報告すれば、いずれ大臣を通して報酬が貰えるでしょう」

「……うむ、そうだろうな」

「ああですが、そうなると自分が食糧庫に忍び込んだこともバレてしまいます! 戦争や内乱で食糧事情が厳しいミツミル国軍、これは大目玉を食らうに違いありません! ですが、この隠し通路を報告しないわけにも……! あああ、一体自分はどうすれば!」

「……そ、それなら、俺が見つけたことにしようか?」


 ――かかった。

 しかしそんな胸中などおくびにも出さず、隠し通路を調べるのをやめて戻ってくる兵士に、ベロウは声を上げて喜んだ。


「あ、ありがとうございます! ですが本当にいいのですか!?」

「いやいや、気にしなくていい。後輩を庇うのも先輩の責務だからね」

「ではすいません、よろしくお願いします! そうだ、自分はここを見張っておきますので、早速人を呼んできてください! あなたならともかく、他の誰かに見つかって抜け駆けされては困りますからね!」

「わかった。では君は、そこを見張っていてくれたまえ」


 兵士はベロウの指示通り、走ってその場から離れていく。……何とか難を逃れたようだ。ベロウは兵士の姿が十分離れたのを確認すると、やれやれと手の甲で汗を拭った。


「このアホーッ!」


 が、天井から落ちてきたババアに後頭部を引っ叩かれた。


「なーにをしとるんじゃ! いきなり王子を危険に晒しおってからに!」

「いいじゃねぇか、助かったんだから!」

「王子の忠告も聞かず飛び出すバカがおるか! しかも隠し通路までバラすとは何たること!」

「だから外に出なきゃ周りが見られねぇっつったろ!? それに、どうせ今日使ったら隠し通路なんざいらなくなるんだ。帰り道は宝珠とやらの力でゴリ押しすりゃいいだろ!」

「貴重な宝珠を、やらんでもいいゴリ押しに使おうとするな! アホたれ!」

「さっきからバカバカアホアホうるせぇんだよ、このしわくちゃ妖怪!」

「落ち着いてください、二人とも。今は宝珠を手に入れるのが先です」


 冷静なリータの言葉に、大人二人は小声の口喧嘩をやめる。顔を見合わせて頷き合い、辺りを確かめながら慎重に食糧庫の出口へと向かった。


「……宝珠の部屋は、階段裏の隠し扉を抜けた先にあります」

「ふぅん。で、その階段裏まではどう行くのよ」

「一番早いのは、この広間を突っ切る方法です。ただ、ここにも兵士が何人か配置されていますのでそれは無謀かと……」

「できることなら突っ切りたいですがのぅ。どこぞのアホが隠し通路を明るみにしましたし。モタモタしておったら、人が集まり城内の警備が強化されるかもしれん」

「おぉん、ババアがオレ様をディスることディスること。わぁーったよ。ここは責任を取って、オレ様が何とかしてやる」


 そう言うと、ベロウは手のひら大の箱を取り出した。


「師匠、それって魔道具ですか?」

「そうそう」

「……確か、数秒だけ声を移すことのできる箱でしたよね。師匠の声を録って、囮にするおつもりですか?」

「ヒヒッ、オレ様の声ごときで動く兵士なんてなぁ、たかだか二、三人だろ。つーわけで、ここに入ってんのはもっと強力なヤツだ」


 ちょっと待ってろと二人を制し、ベロウはいなくなる。ミツミル国軍の鎧を着ているので、単独行動であれば怪しまれにくいのだ。

 そしてしばらくして帰ってきた時には、手の中は空になっていた。


「便所っぽい場所があったから、そこに置いてきた」

「何をする気なんです?」

「まぁ見てろって」


 静寂が支配する城内。時折聞こえるのは、ガシャガシャという鎧の擦れる音。そんな、いっそ厳かなぐらいの世界の中において。


 突如響いたのは、艶やかで悩ましげな女性の嬌声だった。


「……!?」

「!!?」


 途端に、兵士共は足を止め顔を見合わせる。そして声のする方を探し始め、そこがトイレだと分かると、みんなが揃いも揃ってこそこそとそちらへ向かい始めた。

 まるで、毒餌におびき寄せられる虫のごとく。


「……」

「……」

「やっりぃ! やっぱオレ様天才だわ! そんじゃ、とっととここを突っ切って……」

「この恥知らずめ!」

「プギャア!」


 何故か、またババアに折檻されてしまった。すぐさま反撃の姿勢を取るベロウであったが、顔を真っ赤にしたリータに制されては大人しくせざるを得ない。そうだね、多感な時期だったね、お前。なんかごめんな。

 こうしてベロウらは、女性の淫らな声を後ろに聞きながらの忍び足という、何とも締まらない格好で進んで行ったのであった。










「……ふむ。今晩になって初めて見つかった隠し通路に、女の声が入った箱、ねぇ」


 その男は、鈍く光る剣を指でなぞりつつ部下の報告を繰り返した。彼の前で跪く部下は、男の気が変わらぬよう必死で祈りを捧げている。


「それぞれが別の日に起こってたなら、さほど何も思わなかったんだがなぁ。流石に同日に起こったとあっちゃあ、ねぇ? ちょっと勘繰っちゃうよ」


 男は立ち上がる。


「しかし、思い立って戻ってみただけでこんな面白そうな事態になってるとはね。空間転移装置様々といった所かな」

「はっ……! しかし、現在ミツミル国軍はようやくヨロを落とせそうな所まで来ております。ここでヴェイジル大臣に戻ってもらわないことには……!」

「半日留守にするくらい構わんだろう。もしかすると、やっと見られるかもしれないんだ」


 男――ヴェイジル=プラチナバーグは、引きつった笑みを浮かべて剣を払った。


「ミツミル国王子――リータ=ミツミルスの内臓(なかみ)をな」


 ごとりと音を立てて、部下の首が落ちた。

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