9 扉の向こうへ

 ベロウらは、順調に城の中を進んでいた。

 時には、リータが率先して兵の気を引きつけたり。


「うばばばばばー……」

「ぎゃー!? 王子の幽霊!?」

「ほりゃっ!」

「はぶっ!」

「ナイスだ、ババア! もっとやれ!」

「見てないで手伝わんかい、チンピラァッ!」


 時には、クリスティアが奇襲をしかけたり。


「くらえ、ホッコリポリュポリュ!」

「んなっ!? ……ぐぅぅー」

「お、寝た。ババア、たまにはいい魔法使うじゃん。もう全員これで寝んねさせてくんね?」

「ダメです、師匠。この魔法を使うたび、クリスティアは三分眠ってしまうんです」

「ぐぅ」

「……荷物が増えるなら、事前に言っといて欲しかったなぁ……」


 時には、ベロウが適当に騙くらかしたり。


「先輩ー、見張りの交代の時間っすー」

「ん、あれ? もうそんな時間だっけか」

「違いましたっけ? ならオレはもう一眠り……」

「あー、待て待て。すまん、交代だな。後はよろしく頼むよ」

「ういーっす(よっしゃー! ポンコツで良かったぁ!)」

「ポンコツじゃなければ、クリスティアの鉄拳強制睡眠になる所でしたからね」

「リータちゃん、オレ様の心読まないで」


 こうして、どうにか三人は前進していたのである。その道中、ベロウはふと気になったことをリータに尋ねた。


「そういやさ、お前の味方ってのはこの城にゃいねぇの? 優しい王と王妃だったってんなら、忠誠心の厚いヤツもいただろうによ」

「……ええ、かつては大勢いたと思います。ですが少なくとも、ここに来るまで見た兵士の顔ぶれは、僕の知らない者達ばかりでした。だからもしかすると、そういった方達はもう……」

「わかんねぇぞ。捕まってるだけって可能性もある。なぁ、ババア」

「だが、捕まえた所で生かしておく理由がないじゃろう。ましてやベイジルという男は、人を殺す為に生まれたような蛮人よ。期待はできぬ」

「それじゃマジで宝珠頼みじゃねぇか。まさかお前ら、オレ様を心中の道連れに連れてきたわけじゃねぇよね?」

「はい」


 リータの返事にぎくりとするベロウである。だがこの「はい」は、「宝珠頼み」にかかる返事だったらしい。


「宝珠の力は絶対です。それは、かつて僕の携わった野盗討伐を見た僕の目が証明しています」

「ふーん」

「その野盗らは、ミツミル国軍で罪を犯した者達により組織されていました。だからこそ、若い兵では太刀打ちできぬほどに彼らは強かった。しかし、宝珠の力を得た父が向かった所……」


 当時を思い出したのか、リータはごくりと生唾を飲み込んだ。


「――野盗は、たった一時間で壊滅させられました」

「い、一時間……!?」

「そして、今の僕であればその力を使うことができる。この力があれば負けるはずがありません。……必ず、ヴェイジルを倒してみせます」

「……」


 ベロウは、リータの目の中にどす黒い炎が揺らいだように感じた。

 ……あー……これは危ういな。

 この展開とよく似た話を、ベロウはリータに勧められた戦士物語シリーズで読んだことがあった。もしこのままリータが宝珠を手に入れてしまえば、力と復讐心に飲まれ自分を見失い、暴走してしまうのである。五回は見たパターンだ。

 しかし、かといってどうしたものか。ベロウは腕を組み、脳内会議を始めた。

 ……定石なのは、仲間の一人が「やめろぉっ!」と体を張って主人公を助け、正気を取り戻す感動展開である。ちなみに仲間は死ぬ。尊い犠牲である。

 ……よし、その仲間役は老い先短いババアに任せよう。オレ様はババアが死んだ後にリータの肩に手を乗せて、「お前の力は、ヴェイジルと違って人を殺す為の力じゃねぇ。人を守る為の力だ……!」って言う役に徹することにする。

 うん、方向性決定。脳内会議終了。


「……なぁリータ。お前が宝珠を手に入れるにあたり、オレ様から一つ教えておきたいことがあるんだ」

「はい?」


 とはいえ、布石を打っておくに越したことはない。ベロウは一つ咳払いをすると、リータに向き直った。


「いくら、宝珠の力が莫大で簡単に人を捻り潰せるとはいえな……力は、あくまで力でしかねぇ。ただの道具なんだ」

「ど、道具……ですか?」

「ああ、そうだ。道具は使うもんであって、使われるもんじゃねぇ。……リータ。道具を使うのはいい。だがその道具に引きずられて、一番大事な自分の心を見失うなよ」

「……! は、はい! わかりました、師匠!」


 よし、これでリータが力に飲まれた時に、オレ様のセリフを思い出すかなんかして、より響くことになるだろう。……なんか、やたらリータがキラキラとした目をこちらに向けているが。多分気のせいだと思う、うん。


「……王子、チンピラ。つきましたぞ」


 そしてババアが声を潜めて、ベロウらを手の動きで制止する。人気の無い、階段の裏の隠し扉。しかしクリスティアの視線の先には、大仰な鎧をつけた兵が二人立っていた。

 いや、誰がチンピラだ、ババア。


「あの場所を守っているということは、やはりヴェイジルは宝珠の存在を知っておるのだろうな。さて、ベロウ。奴らをどう見る?」

「んー……見た所、隙が無い感じだな。今までの奴らとは違う。小手先の扇動じゃ、一瞬で返り討ちに遭うぜ」

「ふむ、やはりか」

「どーすんの? おうち帰る?」

「アホぬかせ。我らにとっては、ここがおうちじゃ」


 ババアは服の中から杖を取り出すと、麺類のような髪をかきあげた。


「……よく聞け、ベロウ。提案だ」

「何?」

「……あたしが囮になる。その隙に、おぬしは王子を抱えて正面突破をするといい」

「……」


 あれ、この展開五年前ぐらいに見た気がするな。


「だ、だめだよ、クリスティア! そんなことしたら……!」

「心配なされるな、王子。このクリスティア、あんな若造に遅れなど取りませぬ」


 ああそうだ。あの時も今も、迷っている時間なんざ無かった。

 ババアは王子に笑いかけると、大きく深呼吸をする。と思った次の瞬間、彼女は風よりも速く飛び出していた。

 クリスティアの存在に気付いた兵士らは咄嗟に剣を構えるも、一足遅かった。


「チェアアアアアッ!!」


 辺り一面が煙に包まれる。放った魔法は、煙幕であった。


「よーし、任せとけババア!」


 クリスティアを追おうとするリータを無理矢理抱え、ベロウは煙に紛れて走り出す。

 そういや、この扉は十六禁仕様でコイツにしか開けられないんだよな。しかしこの煙の中で開けられるのかどうか……。


「――」


 抱えられたリータが、何かしら呟く。すると、目の前にうっすらと見えていたゴテゴテとした壁は一瞬にして取り払われた。


「ぬう、あああっおおっ!?」


 こうしてベロウとリータは勢いよく、扉の奥へとその身を投じたのである。

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