15 ここまでの話
何故、ここに魔王たるピィが現れたのか。
事態は数週間前にまで遡る。
「何!? ついにミツミル国王子の居所を突き止めたのか!?」
魔王城にて。ピィは、臣下であるルイモンドからの報告に、身を乗り出さんばかりに驚いていた。
「ええ、あの自称勇者から手がかりを得ること早半年――。やっと信憑性の高い情報を手に入れることができました」
「本当に長かったな……。まさか、世界中でミツミル国王子を騙る輩が出没しているとは思わなかったから」
「中には貴族に成り上がろうって奴もいたよな。あのルイがぶん殴った奴」
「入り乱れる情報の取捨選択を迫られる日々。ストレスが溜まって、つい」
ガルモデの言葉を受け、遠い目で天を仰ぐルイモンドである。が、まずはミツミル国の王子だ。彼は今、フーボ国に潜伏しているらしい。
しかしピィは、何故王子があのような治安の悪い国を潜伏先に選んだのかが理解できなかった。犯罪者しかおらず、貧困と飢えが巣食う街。加えて、本来死んだ王に代わり国を治めるはずの貴族は、裏から国を支配するノマン王国に取り入ろうとするのに必死ときたものだ。
よりにもよって、王子は何故この世界の掃き溜めのような場所に逃げたというのだろう。
「だからこそ、長くノマンの目を欺けたのですよ」
首を傾げるピィに、ルイモンドは言う。
「まさかここにはいないだろう、という場所に身を潜める。兵法の基本です」
「またそれか。お前はすっかりマリリン図書館の常連だな」
「知らないことを知るのは楽しいですよ。ねぇ、ガルさん」
「うんにゃ、俺にゃあんまりありがたみは分かんねぇよ。字ぃ読んでても筋肉はつかねぇしさ」
「ふふ、その通りです。効率のいい筋肉の使い方は理解できても、実際に使える筋肉が無ければ無駄になりますからね。さすがガルさん、あなたは常に真理をつく」
「ルイ、お前時々無性にガルモデに甘いのは何でだよ」
まあ、何事も向き不向きがあるという事だろう。隣国のヨロ国と同盟を結んでから半年、魔王であるピィは痛いほどそのことを実感していた。
あれからたびたび、ノマン王国とミツミル国はヨロ国を攻めてきた。無論、ヨロ国に魔物軍が出払っている隙に魔国を狙われたこともある。そのたびにヨロ国の兵と力を合わせて撃退してきたものだが、人間の立てた作戦では魔物が実行できなかったり、また逆もあったりしたのだ。
「人間さーん! 字が読めないよぅ! 難しいよぅ!」
「ああスライムさん。それはヨロ国軍隊長からの指令書ですね? 良かったら、自分に読み上げさせてください」
「うう、助かるよぅ……」
「ええと、こちらには……“前線にて防衛戦に向かわれよ”と書いております!」
「ことばが難しいよぅ! 分からないよぅ!」
「……先頭に立って、一生懸命戦ってくれと書いてあります!」
「すごい、分かった! ありがとう人間さん!」
「山に潜伏した兵士を夜明けまでに見つけ出し、一人十体倒せですって!? 魔物軍からの指令とはいえ、そんな無茶苦茶な……!」
「人間さん、お腹空いてない!? お肉持ってきたよー!」
「スライムさん……」
「わー! またシレイショだ! それ何て書いてんの!?」
「……かくれんぼしてる悪い人間をいっぱい見つけて、やっつけろと書いてあります」
「何それすげぇ楽しそう! ねぇねぇ、手伝っていい!?」
「はい、とても助かりますが……」
「やったー! じゃあまずはあの木の上ね! 一人、人間さんのこと狙ってる奴がいるよ!」
「な、なんですって!?」
「とりあえず火ィ吐いとくね!」
「ギャアアア!!」
「スライムさん……!」
……。
いや。なんか、案外うまくやれてた気もしてきたな……。
しかし、問題はそれだけではない。ノマンもミツミル国も、いまいちヨロ国及び魔国の支配に本腰を入れていないようにピィは感じていたのである。全然本気でないというか、ゴーレムを使って攻めてきたあの時ほどの熱量が無いというか。
だがそれも、ほんの一ヶ月前までのことである。何故かここ最近、一気にノマンらによる侵略が激しさを増してきたのだ。
――まさか、自分達より先にミツミル国の王子を見つけたのではないか?
ルイモンドの報告は、そう不安になっていた矢先のものであった。だからこそ、まさに吉報だったのである。
「……必ず、ノマンより先に王子に接触するぞ。王子なら、宝珠やノマンに関する情報も持っているかもしれん。加えて、彼を仲間に引き入れることができれば、ミツミル国そのものも味方にできるかもしれんのだ」
「いや、それは望み薄と見た方がよろしいでしょうね。彼が逃亡してもう五年も経っているんです」
「それでもだよ。吾輩の父が言うには、生前のミツミル国王はよく民に慕われる男だったらしい。ならばその息子にも、求心力の残り香があってもおかしくはない」
「それは……そうですね。今のミツミル国はヴェイジルが実権を握っていますが、何せあの悪道っぷりです。王子の一声で、彼から離反する者も現れるかもしれません」
「ああ。だからこそ、王子は穏便にこちらの仲間に引き入れたいと思う」
すっかり旅の支度を整えたピィは、魔物変化したガルモデに跨るとルイモンドに微笑んだ。
「そういうわけだ、ルイモンド。吾輩は今から王子を拐ってくる」
「はい、誤解は後でも解けますからね。まずは身柄を確保するのが先でしょう」
「ガルモデ、王子の名前は覚えてるな? リールだぞ、リール。忘れるなよ」
「おいおいピィ、勘弁してくれよ。リョリョヌールだったろ、リョリョヌール」
「リータです。リータ・ミツミルス。……大丈夫ですか二人とも。やっぱ私が行きましょうか?」
「いや、ダメだ。ルイモンドがいなくなると、魔物軍に指示を送れる者がいなくなるから」
ヨロ国がミツミル国に攻められている現状である。そのバックアップをしている魔物軍としては、人間軍と共に戦う以上指示を出せるルイモンドは必須の存在であった。
「じゃあ、行ってくる」
こうして生温いルイモンドの目に見守られながら、ピィとガルモデはフーボ国に向けて出発したのであった。
しかし、まさか現地で聞き込みをしまくったせいで、逆に向こうに怪しまれてしまうとは思わなかった。既に王子がミツミル国へ出立したと聞いたのは、ピィらが到着して数週間経っていた頃であった。
「まずい! ミツミル国なんかに行ったら、確実に王子が見つかってしまうではないか!」
「ああ、急ごうぜ!」
そこから不眠不休で飛ばし、その勢いのまま二人はミツミル国の城に乗り込んだのである。
奇しくもそれは、リータらが城に忍び込んだ一時間後のことであり。
「王子ー! 王子どこだー!?」
「いたら返事してくれー! 王子ー!」
「お、おい魔物だ! 何故ここに!?」
「皆の者、集まれ! 魔物が現れたぞ! 打ち倒せ!」
「お、人がいるじゃねぇか。なあ、王子がここに来なかった?」
「知るか!」
……もしや、まだ来てないのか? それかすれ違ってしまったとか? いや、基本的に道は一本道だからそれは無いはずだが……。
ピィとガルモデはそんなことを話しながら、向かってくる兵士をちぎっては投げ、ちぎっては投げしていた。実はベロウらに追手が向かわなかったのも、これが理由である。兵士は突如現れた魔物らにてんやわんやだったのだ。
だがこれではキリがない。ピィはポンと手を打つと、ガルモデに提案した。
「もしかして、既に見つかって捕えられているんじゃないか? 次は牢屋を目指してみるべきだと思うぞ」
「おう、そりゃ名案だな! となると、牢屋があるのは地下だから下に降りなきゃいけねぇが……」
「ガルモデ! ここに階段がある! ここから地下に行けそうだ!」
「でかした、ピィ!」
しかし、二人がそこに行こうとした時である。ガルモデのふさふさの足を掴む手があった。
「ぬ、なんだ?」
「……そこの、者……! 待たれよ……!」
「おや、婆さんだ。ピィ、婆さんが倒れてるぞ!」
「うむ、止まってくれ。この人からは敵意を感じない。……どうした。ひどい怪我じゃないか」
「……怪我は……魔法で粗方治しましたですじゃ。今は、それより行かねばならぬ所が……!」
「待て待て、全然治ってねぇよ、婆さん。今引くほど効く薬草塗ってやるから、ちょっと待ってな」
そうして、魔草で作った薬で驚くべき回復を果たしたクリスティアである。彼女は治してもらった相手が魔物という事実に驚愕しながらも、事情を説明しピィらに協力を願った。
疑うほどの知能が無いので状況の飲み込みが早いのは、魔物の特徴の一つである。ピィは二つ返事で王子を助けることを承諾すると、ガルモデの背に彼女を乗せ隠し階段を駆け下りた。
やがて明るい部屋が遠くに見えて来る。しかし、そこに見えた光景にピィは顔をしかめた。
「クリスティアと言ったか。あそこに見える泥人形が何かわかるか?」
「……ここを通って行ったのは、ヴェイジルしかございません。ならば、正体は奴以外あり得ませんでしょう」
「分かった、あれは吾輩が倒す。クリスティア、お前は扉の近くにいる瀕死の男を守ってやってくれ」
「うむ」
そしてクリスティアはベロウの元に向かい、ピィはヴェイジルの元へと向かったのである。
こうして見事ヴェイジルの槍を受けきったピィは、剣を伝わる痺れるような反動にもびくともせず、悠然と立っていた。
(――半年前とはえらく姿が変わったな、ヴェイジル)
肉と泥の塊に向かって、魔王たる彼女はフンと鼻で笑う。
(それでは、まるで魔物じゃないか)
ピィは剣を構え直すと、ヴェイジルに飛びかかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます