23 宝珠の中に

「ダリ、トロエル、ソノ、ボミラ……」


 ノマンの呪文が紡がれていく。まず、ヨロ国の宝珠から緑色の炎が立ち上った。


「クルモルナリスカス、ダ、ターンラ……」


 そして炎は渦巻き、ノマンの身に吸い込まれていく。反動で少し体が揺らいだものの、詠唱は滞らなかった。

 一方、青い炎をまとうピィは、苦しそうに顔を歪めている。それでも彼女は歯を食いしばり、血が滲むほどに拳を握って懸命に耐えていた。


「タバリノ、パルスニ、アド、ハムル……」


 クレイスは、なおも倒れたままである。額から血を流し、ぴくりともせず。

 緑の炎が、黒の炎が、黄の炎が。次々に渦巻いては、誘い合うようにノマンの体へと消えていく。


「ゴハヌエル、ヒ、ソーダム……」


 勝ち誇ったような笑みを浮かべるノマン。しかし、ここで別の声が落ちた。

 

「……ピィ、さん……!」


 クレイスだった。彼は僅かに頭を持ち上げ、ただ一人に向かって声を振り絞っていた。


「どう、ですか……! ピィさん……!」

「……クレ、イス……」

「“アレ”は……ありましたか……!?」


 クレイスの問いに、ピィは目を見開いた。そして彼女は、首を横に振る。


「いや、“無かった”……! “無い”ぞ、クレイス!」

「……そうですか……」


 返答を聞いたクレイスは、痛みに顔をしかめながら片膝を立てた。それから震える足に力を込め、ゆっくりとボロボロの身を起こす。


「……見てくださって、ありがとうございます。これで、確証を得られました」

「……」


 それを一瞥するノマンだったが、詠唱を止めることは無かった。……クレイスは、もはや虫の息なのである。泥の侵食が進んでいるにも関わらず、命を削るほどに魔力を使った上、ノマンからの攻撃を直に受けたのだ。歩くことは勿論、詠唱の妨害などとても不可能だった。

 本来であれば、立ち上がることすら。


「……ずっと、奇妙に思っていたんです」


 しかしクレイスは、ノマンの詠唱に己の言葉をかぶせ始めた。


「宝珠が集まれば、中に封じられた力が解放されて一つとなる。しかしそれを知ってなお、あなたは何故か迷うこと無く宝珠を集め続けていた」

「アリュビス、サ、モルルダブ……」

「普通、そうはなりませんよ。もしもあなたがピィさんと同様、宝珠と一体化して力を得ているのだとしたらね。まずは真っ先に、自分の命がどうなるのかを恐れるはずです」

「……ビスクエル、ドマリ、ツビス……」

「ですが、あなたは一度もそういった恐れを見せなかった。……事実、古のモノの力が集約されようとされている、今も」

「……」


 このクレイスの指摘に、初めてノマンの詠唱が途切れた。クレイスの顔は、真っ赤な血が拭われもせずに二筋伝っている。


「では、“宝珠の力を全て一つ身に手に入れるとはどういうことか”。俺は、それをずっと考えていました。無論、その一つはピィさんのように己が身に一体化させることです。ならば、他に手段は無いのか? 不老不死とは、詰まるところどういう仕組みなのか?」

「……ディラフバー、ドヌユ、フリュビ……」

「そして俺は、一つの答えに辿り着きました」


 満身創痍のクレイスは、グレーの瞳でノマンを射抜く。


「不老不死とは、姿はそのままに中身だけを別のものに入れ換えてしまうこと。怪我をしてもすぐに修復でき、老いや病気が訪れることの無い器に変えてしまうことだと」

「……」

「……ノマン」


 クレイスの腕が持ち上がる。夜の海のような静かな声で、彼は剣より鋭い言葉を突き立てた。


「あなた、宝珠の力と自分の本体を入れ換えていますね?」


 ノマンの顔から、笑みが消える。クレイスの指は、まっすぐにサズ国の宝珠を差していた。

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