24 反撃

「ピィさんに、一つお願いがあります」


 それは、ノマン城に到着する直前のこと。ピィに抱えられたクレイスは、全くもって妙なことを頼んできたのだ。


「ノマンの元に着いたら、彼の体内に流れる魔力を見てください。そしてどこに心臓があるかがわかったら、俺に教えて欲しいのです」

「ええー」

「できますか?」

「そりゃまあ、吾輩も魔物だからできないことはないけれど」

「ではお願いします」

「でも吾輩、それ苦手だから時間かかるぞ。しかもその時、体えらいことになってるし」

「元々時間を稼ぐことが前提でしょう。その間、できる範囲で構わないので」

「んん……。わ、分かった。やってみる」

「ありがとうございます。大好きです」

「そういうのはいらない」


 ――そうして、いざピィが見たノマンの体は驚くべきものだった。心臓やコアなどどこにも存在しない、ただ魔力が体内を渦巻き、無限に増幅するだけのシステム。それがノマン=サズエルだったのである。

 ゾッとした。人間では、いや魔物ですらありえない身体構造。有限であるはずの魔力が、体に何の負担も無く永遠に使えてしまうとは。

 ――こんなバケモノが、五百年もこの世に存在しているなんて。

 そんな彼に勝てると到底思えなかった。けれどクレイスは、あろうことかそこにこそ付け入る隙があると断言したのである。


「……前々から、おかしい点は多々ありました」


 笑みを失ったノマンの前で、クレイスは血の混じった咳をして言う。


「不老不死だというのに、あなたは他人を近づけさせない。用心深く、ほぼこの城から動こうとはしない。……だから俺は、あなたがこの城で何かを守っているのではないかと推測したのです」

「……!」

「それが、そこにあるサズ国の宝珠だったのでしょう?」


 そうだ。そうなのだ。

 ピィの見たノマンの体からは、まるで糸のように赤い線が出ており、宝珠の一つと繋がっていたのである。


「……五百年前、あなたの魂は宝珠に移り、代わりに宝珠の力を手に入れた。こうしてあなたは、晴れて不老不死の身となったのです」


 ノマンは、詠唱を止めていた。何の感情も無い目で、クレイスを見つめている。


「とはいえ、宝珠と一体化しているピィさんとは違い、あなたは完全分離している身です。だから宝珠同士の力が再び結合しようとも、あなたの本体には影響が出なかった。それどころか、あなたは自分の体を器に古のモノの力を得ようと思いついたのです」


 図星だったのだろう。次の瞬間、彼の体からナイフより鋭い花弁を持つ花が咲いた。それは寸分の狂いも無くクレイスに向かって放たれ、身を切り裂こうとする。

 だが、彼の前に出現した水色の壁により阻まれた。これは、ピィが持ってきていた魔道具の一つであった。


「……俺は、あなたの本体である宝珠を誘き出さねばと考えました」


 砕け散った花弁がヒラヒラと舞い落ちる中、クレイスは落ち着き払って言葉を続ける。


「そこで、召喚の書に文言を付け加えたのです。……全ての宝珠を並べて呪文を唱えることで、古のモノの力が得られると。こうすることで、あなたが宝珠を持ち出して来ざるを得なくなるよう仕組んだのです」

「……は?」


 そのクレイスの一言に、ノマンは目を丸くして顔を上げた。それはあまりにも間抜けな顔で、とても先ほどまで優勢を保っていた男のものとは思えなかった。


「……お前、今何て言った? よりにもよって……召喚の書に、文言を付け加えただと? いや、しかし召喚の書は古代文字で書かれていて……」

「あんなもん勉強すれば誰でも書けるようになりますよ。……というか、そもそも」


 クレイスは、悠然と腕組みをして言い放った。


「あれ、全部俺が書いたものですし」

「………………はぁぁぁ!!???」


 衝撃の事実にもうノマンは平常心を保てない。魔法や攻撃すら忘れて、クレイスに激しく掴みかかった。


「お前があの召喚の書を書いただと!? 冗談も休み休み言え!!」

「では聞きますがね。ノマン、あなたはどこであの書を見つけましたか?」

「ど、どこって……あ、ああっ!!?」

「俺の記憶が正しければ、あなたはヨロ国の宝珠に収められていた図書館で、初めてその書を見つけたはずです。……そこでもう一点お聞きしたいのですが」


 クレイスは、ピンと人差し指を立てた。


「元々あなたの知識は、“宝珠は古のモノの力の断片”という認識までしか無かったはずです。それが、“宝珠を集めれば古のモノが器に力を宿らせる”などという情報が加わったのは、いつでしたか?」

「……それは……ヨロ国の王族であるダークスの書庫で、覚書を見つけて……! ま、まさか!」

「ええ。それも改竄されてるんですよ」


 そしてクレイスは、スラスラとその内容を誦じ始めた。


「“古のモノ”を封ぜし宝珠は、五つに分かたれた。


 不老不死を封じた宝珠は、サズエルに。

 大いなる力を封じた宝珠は、ミツミルスに。

 無限の泥を封じた宝珠は、フーボシャヌに。

 恐るべき知識を封じた宝珠は、ヨロロケルに。

 全てを支配する波動を封じた宝珠は、ミラルバニに。


 彼らの国は、宝珠を守る為に。全ての宝珠は、彼らの国を守る為に。

 互いの領地を侵すことあらば、禁じられた宝珠の力を解放せんことを。


 然して、決してその全てを一つにしてはならない。

此れを違えれば……」

「……悪夢の体現たる“古のモノ”が、再びその器に力を宿らせるだろう」

「そこです。覚書のその最後の一文だけ、俺は別のものに差し替えていました」


 愕然とするノマン。しかしその背後で、ピィは半年前のことを思い出していた。

 ……いつだったか、クレイスから渡されたペンダントの中に覚書の最後の一文が入っていたことがあった。あれのせいで、自分達は、宝珠を集めれば“古のモノ”が復活してしまうと思い込んでしまったのである。

 そして、ノマンがその“古のモノ”の力を手にしようとしているとも。


「……ピィさん達を騙したのは、本当に申し訳なかったと思っています。ですが、ノマンの狙いに気づいてもらうには……サズ国の宝珠を誘き出す為には、皆さんも騙す必要がありました」

「……馬鹿な……! 馬鹿な! な、ならばあれは元はどんな文だったというんだ!?」

「……“何が起こるかは、我々にも分からない”」

「はぁ!?」


 狼狽するノマンに、クレイスは半ば可笑しそうに笑っていた。


「“何が起こるかは、分からない”と、そう書かれていたのです。我らのご先祖様は、実に正直なお方だ。やったことがないのだから、何が起きるかは想像できない。彼らは、そう書き残していたのです」

「……なんだと……!?」

「だからまあ、もしかしたら本当にあなたの身に、“古のモノ”の力が宿るのかもしれませんが……」


 クレイスは、グレーの瞳にノマンの姿を映す。ノマンの美しい顔は、今やあちこちがひび割れ、そこから凄まじい魔力が漏れ出していた。


「……この時点で、あなたという器が膨大な魔力に耐えきれていない。どうも望み薄でしょうかね」

「……!」

「ですが考えてもみてください。一度体をバラバラにされた生物を、部品だけ一つの壺に詰め込んだ所で元通りになりますか? ……答えは、否でしょう」


 自分の胸倉を掴むノマンのひび割れた手を、クレイスは振り払った。


「ダークスさんの書庫にあなたを導いたのは俺です。改竄した覚書を見つけさせたのも。ヨロ国の宝珠図書館にあらかじめ忍び込み、古のモノの召喚術が書かれた偽の本を置いておいたのも俺の所業です」

「バカ……な……!」

「だからこそ言い切りましょう。器に魂が宿るなんて嘘っぱちです。召喚術の書だって、宝珠解放の呪文を元に俺が作ったものです。……全ては、あなたを滅する為に」

「クレイス……クレイスゥゥ!」


 怒りを滾らせたノマンは、両手で口を押さえている。その端からは、ぼたぼたと真っ黒な魔力がこぼれていた。

 しかし、この間にも彼の体には様々な色の炎がまとわりついている。それを片手で振り払いながら、ノマンは怒鳴り散らした。


「クソッ、なんだこれは! 何故詠唱をやめているのに、未だ魔力が僕の体に溜まり続けている!? 何故だ!!」

「……では、それも種明かししておきましょうか」


 そしてクレイスは、片手で部屋の隅を指し示す。ノマンの視線が、導かれた先には。


「みょ」


 ――ピンク色をした、ふわふわの塊が。

 透明な水晶玉を持ち上げ、ぴょんぴょんと跳ね回っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る