4 クレイスの目的

「だーかーらー、目の動きにゃ気をつけろっつったろ」


 ペシッと頭を叩く。クレイスは、ポカンと口を開けてベロウを見ていた。


「な、なんで、そのことが……」

「わかるよ。オレ様だもん」

「……答えになっていないのですが」

「うーん」


 首を傾げる。が、うまく説明できずにぶんぶん腕を回してごまかした。


「ええい、分かるもんは分かるんだよ。それより誰を殺す気なんだ? まさかオレ様じゃねぇだろうな?」

「……それを言ったら、ベロウさんは俺を突き出しますか」

「突き出すってどこにだよ。治安を守ってくれるような奴らなんざ、この国のどこにもいねぇぞ」

「では、どういうつもりでそんなことを聞くんです?」


 グレーの瞳がこちらを見上げる。その目は、暗い憎しみの色に淀んでいた。

 ――お前が、そういう危なっかしい目をしてるからだよ。

 なんでだろうなぁ。なんだってお前は、世界にたった一人で生きてるような目をするかなぁ。せっかく生きてるってのに、そんなんじゃ何一つ楽しくねぇだろがよ。

 思いもよらずそんな気持ちがこみ上げてきたが、ベロウはぐっと唇を引き結んで言葉にするのを拒んだ。……そんな小っ恥ずかしいことなど、言えるはずがなかったのだ。代わりに差し出せたのは、その場しのぎの口から出まかせだった。


「……もしかしたら、お前の目的とオレ様の目的は一緒かもしれねぇと思ったからだよ」

「目的が?」


 怪訝そうに目を細めるクレイスに、しかしベロウはしっかりと頷く。


「これはオレ様の推測だけどさ、お前にゃ昔大事な奴がいたんじゃね? で、それがそのペンダントの持ち主だ。なんせどれだけ金が無かった日も、そいつだけは手放そうとしなかったからな」


 そう言うと、ベロウはクレイスの胸元にしまわれた赤いペンダントを指差した。クレイスはそれを庇い隠すように、胸に手を当てる。


「ほんと大事にしてんだな。……オレ様があげたイヤリングは秒で売ったくせに」

「あれも元々女の人にあげようとしてフラれた結果の代物じゃないですか」

「うるせぇ。とにかく、そのペンダントはお前のものじゃねぇ。別に持ち主がいるんだろ?」

「……」

「だんまりするってんなら、推理してやる。多分だが、それは親の形見か何かだ。そんでお前の親は、えーと……そうだ、魔王。魔王とかに殺されたんだろ。しかし無力なガキンチョだったお前はその場で復讐もできず、そのまま奴隷として拐われた。だけど、親を殺された恨みはいつまでも消えず……。だからお前はノマン王国へ行き、勇者となって魔王を倒したいと願ったんだ。どうだ?」

「……すごい」

「お、あたってた?」

「全然違う」

「違うのかよ。今どこ褒めたの?」


 なんなんだよコイツ。

 探偵ごっこが不発に終わり唇を尖らせるベロウに、クレイスは鬱陶しそうに頭を振ってみせた。


「ですが、その推理が丸々当たってたとしてですよ。一体それのどこにベロウさんの目的が介入してくるというんですか。結局全て俺の問題じゃないですか」

「フン、お間抜けさんめ。そりゃあお前、オレ様の目的っつったら金よ。お金を稼ぐことだ」

「はぁ」

「お前はさっき、これは全部自分の問題だっつったけどな。それじゃあ聞くけど、ノマン王国の勇者って誰でもなれるもんなの?」

「……いえ。それなりの地位と、金と、実績が必要です」

「つまり今のお前じゃ無理ってこった。なら、その地位と金と実績はどこで手に入れるつもりだ?」

「……」

「ほら。そこにオレ様の介入する余地が出てくる」


 ベロウはニィと悪い笑みを浮かべると、クレイスの胸を人差し指で突いた。


「例をあげるとするなら、こうだ。オレ様は高級奴隷商人に扮する。そんで、お前をとあるフーボの貴族に養子として売りつけるんだ。……どうよ? これでお前は貴族に成り上がることができるし、オレ様の元には金が入る」

「……なるほど」

「だがオレ様も鬼じゃねぇ。その貴族は、ちゃんと叩けば埃が出る奴を選んでやるよ。例えば、ノマン王国に対して良からぬことをしでかしている奴とかな」

「何故そういう人を選ぶんです?」

「そりゃ弱みさえ握ってりゃ、こっちがコントロールを握れるからだよ。もしクレイスの身に何か起きようもんなら、家ごと破滅させてやると事前に脅しとく。こうしときゃ、お前の安全も最低限確保されるだろ?」

「でも、ベロウさんにとっては売っ払った後の俺の身なんて、どうでもいいはずですよね? どうしてそんな保険までかけようとするのですか?」

「そりゃあお前、今のオレ様はお前と“交渉”をしているからだよ」


 隙間から吹き込んだ夜風が、肌を撫でる。少し冷えてきたベロウは、マントのようにバサリと薄布団を羽織った。


「お前が『やーめた』っつって他に行っちまえば、全部パァになる。そんでそうなったらオレ様には一銅貨も入らねぇからな。だからオレ様は、お前にもメリットのある交渉をしなけりゃならないんだ。裏切らなけりゃ、メリットがある。裏切ったら、デメリットがある。そんな交渉をな」

「……この場合だと、俺にとってのメリットは殺したい奴まで辿り着く為の足がかりを得ることで、デメリットは、それが無駄になること。あなたにとってのメリットは金が得られることで、デメリットは嘘つき者としてその貴族から私刑に処されることですか」


 それは、あまりにもあなたのデメリットの方が大きいと思いますが、とクレイスは余計なことを言う。そこはまあ、例えの話なのだから大目に見てほしい。

 クレイスは小さく息を吐き、窓を見上げた。そこからは大きな月がこちらを覗いており、ボロの部屋を明るく照らしている。


「……ベロウさん。さきほど俺は、あなたの推理が全く当たっていないと言いましたが」

「うん」

「実はそこから先……貴族の養子になれば、殺したい奴への足がかりになる、という点は的中していました」

「え、そうなの?」


 クレイスがこちらを向く。怜悧な視線が、ベロウを射抜く。


「もう言ってしまいますが、俺の殺したい人間は、ノマンです」

「は……」

「ノマン王国の王、ノマン。……俺は、一国の王の命を狙っているんです」


 突然の告白に目が点になる。だが、クレイスが冗談を言っているようにはとても見えない。


「な、な、な?」

「はい」

「なんで……なんで、それをオレ様に言ったわけ?」

「いや、元はあなたから聞いたんでしょうが。……あ、いえ、そうですね。多分俺は、少しベロウさんを信用することにしたんだと思います」


 クレイスの顔が奇妙に歪む。自分でも、どう表現したものか分かっていないようだった。しかしベロウとて、まだ一切の状況を飲み込めずに混乱していた。

 ――王を殺す、だと? 何かの比喩か? ……違う。コイツはそういう遠回しを言う奴じゃねぇ。だったら、本気で……。

 いや、何にせよ詳しく聞かなきゃわからねぇことだ。


「……分かった、話してみろよ」


 もしかして、自分はヤベェ事に巻き込まれたんじゃないか。けれど、いざとなれば知らぬ存ぜぬ分かりませぬで逃げられるような気もする。

 そんなお粗末な楽観が、クレイスに向けて手を差し伸べさせた。


「儲かりそうなら、ノってやらねぇこともねぇ」


 座り直したベロウに、クレイスは頷く。そして彼は、口を開いたのである。

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