10 ヒダマリの狙い

「ピィ様! ニャニャ達あのメガネ人間嫌いにゃー!」

「髭を抜こうとしてきたのにゃー!」

「もう二度と乗せたくないにゃー!」

「分かった、分かったから。ならば次回彼を乗せる時には、この吾輩が責任を持ってグルグル巻きにしておこう。な? 皆の者、今回は実によく頑張ってくれた」

「にゃー! 褒められたにゃー!」


 ヨロ城玉座の間にて、ニャンニャン医療隊一同がピィを囲んでニャーニャーと声を上げている。魔物軍は風通しのいい職場なので、こうして直接上司に物申すことも容易いのだ。

 一方、こちらは。


「あああああああお兄様ぁぁぁぁぁぁ!! マリリンは、マリリンは心配しておりましたわああああああ!!」

「よーしよしよしマリリン、いい子だいい子。今日も世界一可愛いな。お兄様がいない間、悪い虫はつかなかったか?」

「悪い虫だなんて、そんな暇一切ありませんでしたわよ! おふざけも大概になさって!」

「そうだよなー、そうだよなー!」


 長い巻き毛を揺らした可愛い女の子が、ヒダマリに抱きついて号泣している。……彼女が彼の双子の妹か。確かに可愛い子だけど、ヒダマリのニヤケっぷりが気持ち悪くて見ていられない。殆ど同じ顔に向かって世界一可愛いとはどういうことなんだアイツ。

 などと失礼なことを思うネグラであったが、この光景はどうも序の口であったらしい。


「何!? お父様がゾンビになっただと!?」


 現れたヨロ王――自分の父を一目見た瞬間、ヒダマリは飛び上がって食いついた。


「どうして!? 何故!? まさか伝説と言われたゾンビ化魔法がこの世にありそれをかけられたと!? いや、あれは文献によると呪文を唱えてから数ヶ月は動けないはずだったから、まさか一度死んでコアに魔力を与えられたとか……!? しかし普通の人間でただの心臓を魔物のコア化できるほどの莫大な魔力を持つ者なんているわけが!」

「ああ、その通りだ。死んだ私を、魔王様が魔力を振り絞って助けてくれたのだよ」

「なんと……! 魔王様、ありがとうございます! こんな身近な所に被験体……いや実験……いや愛しき我が父をゾンビにしていただきまして!」

「欲望がだだ漏れしてんぞ、ヒダマリ」


 普通父がゾンビ化したと聞けば平常心ではいられないだろうけど、まさかこっちの方向で落ち着きが無くなるとは。さすがヒダマリであるが、やはり頭がおかしいと思う。


「ではヒダマリよ。役者も揃ったことだ。そろそろ、お前の意見を聞かせてくれないか」


 ふかふかとした椅子に座らされた魔王が、気怠そうに言う。それでようやくヒダマリは真剣な顔に戻り、一つ頷いた。


「分かりました。ノマン王国諜報大臣……クレイス氏についてのことですね」

「ああ。彼は一ヶ月ほど前に、勇者を名乗ってノマン王国襲撃直前の魔物軍の元へ訪れた。そして襲撃を止めさせ、ここヨロ国を狙うよう進言したのだ」

「意外ですね。そんなポッと出の人間の言うことを信用したとは」

「別にまるっきり信用していたわけではありませんよ」


 踏み込んだヒダマリの言葉に口を挟んだのは、ルイモンドである。


「ただ、当時の魔物軍がノマン王国軍と戦争できる準備が整っていたかと問われれば、それは否でした。前魔王を卑怯な手で失った我々は、怒りと衝動だけでノマンに進撃しようとしていた。……事実私自身は魔王の決定には懐疑的でしたからね。そういう意味では、クレイスの意見に賛成でしたよ」

「うぐ、ルイは手厳しいな」

「とはいえ、彼の意向をそのまま飲んだつもりは無い。それでも……ヨロ国に向かった時点で、彼の手の内だったのでしょうけれど」

「そうでしょうね」


 ヒダマリははっきりと肯首した。


「予定通りヨロ国に攻め入るのであれば、その混乱の隙をついて宝珠を狙ったと思われます。ただ、偶然にもヨロ国王女であるマリリンがノマンに追われているのを見て、急遽同盟を結び油断させる作戦に変更したのです」

「まったく、悪知恵の働く男ですね」

「ええ。でもそういう男だからこそ、俺とネグラ君を前にした時の対応に引っかかるものがあります」


 そう言うと、ヒダマリは眼鏡の縁を押さえた。途端に眼鏡から光が照射され、空中に映像が映し出される。


「映像記録魔法……を、ものすごく頑張って眼鏡に再現したものです。短時間なら、眼鏡に映ったものを再現できます」

「まだそんなの隠し持ってたの、お前」

「あと十二個ほどある」

「怖い怖いもう」


 そこに映っていたのは、ヒダマリが魔法をかけられる直前に見たクレイスの姿だった。


「この通り、クレイス氏はネグラ君を魔法で足止めし、俺と話しをしていた。……ですが、この時点で既に妙なのです」

「妙?」

「はい。……彼は、俺の姿を一目見ただけでノマンから脱走してきた研究者だと見抜きました。それならば、俺の話など聞かず即座にネグラ君同様足止めしてもよかったはずなのです。――いっそのこと、殺しても」

「……!」


 そうか、それもそうなのだ。

 いずれ回復する魔法より、命を奪ってしまう魔法を使う方が足を止めさせるには効果的だ。ましてや、ネグラなどはヨロ国の研究者の脱走を手助けするただの魔物なのである。何故、わざわざ助けたのか……。


「加えて奇妙なのは、あえてクレイス氏が俺の目的を確認した点です」


 映像が、ヒダマリが記憶錠を取り出した場面に差し掛かった。


「“どうして俺らが追われているか”、“どうすれば追手は俺らを諦めるか”。彼の行動はまるで、最初から俺らを見逃す為に動いてくれているようでした。もっとも、それを口にすることは一切ありませんでしたが」

「随分と好意的に捉えるじゃねぇか。クレイスが味方だってんなら、なんでそう言わなかったんだ。回りくどいことしやがって」

「うーん」


 ガルモデから飛び出した質問に、ヒダマリは腕を組んで首を傾げる。


「……言えなかった、とか? 例えば、俺の持っている魔道具はその場の映像を記録するものです。もしかすると、彼はノマンから見張られていた可能性も考えていたのかもしれない」

「つーことは、クレイスはまだノマンの仲間でいてぇって訳か」

「はい。ですが、いつまで仲間でいたいと思っているのかは分かりません。何故なら……」


 だが、ここで映像を見ていたヨロ王がガタリと腰を上げた。そのギョロリとした視線は、真っ黒な錠に注がれている。


「ヒダマリ! 君は……まさか、なんてものを持ち出してくれたんだ!」

「ああ、流石我が父君。記憶錠に気付かれましたか」

「気付くに決まっている! これさえあれば、いくらでもノマン王国軍の裏をかけるんだ! しかし、当然敵も血眼でヒダマリを探してくるようになるだろう。単身逃げてくるだけでも並大抵の事ではないというのに、何故そんなハイリスクを……」

「その理由は二つありました」


 動揺する父に、ヒダマリは二本の指を立てた。


「一つは、記憶錠に細工をする為。そしてもう一つは、“本当に持ち出したいもの”から目を逸らせる為です」

「……え!? じゃあヒダマリは、元々記憶錠をここまで持ってくる気は無かったの!?」

「いや、何かの弾みで持って帰ることができたら万々歳だとは思ってたけど。でも本当に持ってきたかったのはこっちの方なんだ」


 そう言うと、突然ヒダマリは自分の喉奥に指を突っ込んだ。ドン引きする魔物一同の前で一通り咳き込んだ後、彼は何事も無かったかのように顔を上げる。

 その手には、小さな銀色の包みが乗っていた。


「……何? それ」

「ネグラ君、開けてみろ」

「嫌に決まってるだろ。何が悲しくてお前の胃液にまみれた包み紙を触らなきゃいけないんだ」

「チッ、潔癖症だな。まあいい。これは、あれだ」


 ガサガサと音を立てて包みが取り払われる。中から出てきたのは、八面体を真っ二つに割ったような水晶。


「これは……魔力水晶?」

「流石ネグラ君。ご名答」


 ヒダマリはネグラに向かって口角を上げてみせると、父に体を向けた。


「お父様。これは空間転移装置の心臓部である、魔力水晶の片割れです。この水晶と対になるものが今、ノマンに囚われた同胞達のもとにあります」

「なんだと? すると、つまり……」

「ええ」


 ヒダマリは、深く頷いた。


「この魔力水晶を元に俺が空間転移装置を作りさえすれば、そこに飛ぶことができる……。ノマン王国の内部に、秘密裏に侵入することができるのです」

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