9 合流

「うわっ、おばっおばけぇっ!? ゾンビ!? ゾンビ!」

「ゾンビ!? 心臓が熱を失う前に魔力を注ぎ込みコア化することができれば誕生するという例の魔物だな! 一度見てみたかったんだ、どこにいるんだ!?」

「おおおおおまえぇ!!」

「俺? やった、ゾンビになれたのか!? ……なってねぇじゃねぇかクソッ! 検体!」

「お前自分の体でも実験体にする気なの!?」


 互いに雪の中に倒れ伏した状態で、やり取りをしている。だいぶ痺れは取れてきたとはいえ、まだ体が動かないのだ。

 しかし、それをものともせずヒダマリは元気いっぱいに喋っている。ネグラは思いきり顔をしかめた。


「つーか、何? 死んでないの? 無事だったわけ?」

「ああ、生きているぞ! どうやら呪文で一時的に体を麻痺させられていただけだったみたいでな。あ、話は聞いてたから状況は把握してるよ」

「マジかよ。僕の心労返せよ」

「返せと言われてもなぁ」


 ヒダマリは、何故かニヤニヤとしていた。


「君は、俺が死んだと思ったら心労を患うのか」

「まぁね。僕の行動が完全に徒労になるからさ」

「そうかー、そうかー」

「なんで嬉しそうなんだよ。気持ち悪っ」

「君が着実にうちの研究所に来る心持ちになっているのかと思うと、もう胸が躍って踊って」

「そんなわけないだろ。寝言は寝て言えよ、マッドサイエンティスト」


 吐き捨てておいて、少しヒダマリを観察する。……さっきとは違って肌の血色もいいし、ちゃんと意識もある。息もしている。どうやら、本当に命があるようだ。

 ……万事問題無しというわけではないが、とにかく助かったらしい。ネグラは、胸いっぱいにためていた重い空気を吐き出した。


「なぁヒダマリ。さっき言ってたことだけど」

「君がうちの研究所に来る心持ちのことか?」

「そこじゃない。もっと戻れ。……『恩人君は妙だ』って言ってたことなんだけどさ。それって、具体的にどのことを指して言ってんの? 妙って言ったら全部妙だとは思うけど」

「そりゃお前、決定的に矛盾してる点があっただろ。だって……」


 だがこのヒダマリの明るい声は、地面を揺るがすような咆哮にあっさり掻き消された。


「うおおおおおおおお!! ネグラァッ!! どこだあああああああ!! どこ行きやがったあああああああ!!!!」

「ネグ坊ーっ! このワシが来てやったぞー! とっとと隅から隅まで怪我を差し出すんじゃー!!」

「ヒダマリー! お母様よー! お母様新しく魔法覚えたのよー! いたら返事して頂戴ー!!」

「あ、いたぞ、あそこだ! よっしゃ二人とも、しっかり俺に捕まっておけよー!!」


 赤毛の犬の魔物が、雪を後方に蹴散らしながら駆けてくる。その背中には、しわくちゃの猫の魔物と美しい人妻。

 奇妙な一行は、勢いよくこちらに走ってきたかと思うと――。


「ぶみゃっ!?」

「ネグラ君!!?」


 止まりきれず、盛大にネグラを踏んづけた(何ならちょっと行き過ぎた)。


「ネグラ君! ネグラ君!?」

「ぐふっ……死ぬっ……」

「馬鹿野郎、なんで俺を庇った! 奴らは俺を殺せない! だから俺を守る必要なんて無かったのに……!」

「おまっ、そのセリフ……! ふざけんなよ!? 僕が翼で庇ってなかったら、お前マジで踏み潰されてたんだからな!?」

「ありがとうございます」


 素直でよろしい。でももう死にそう。

 けれどその前に、ガルモデ軍隊長が帰ってきた。


「すまねぇ、ネグラ! 大丈夫か!?」

「……ちゃーっす……」

「な、なんて酷い怪我なのじゃ! これはすぐに処置が必要じゃ! 誰にやられたのじゃー!?」」

「ついさっきそこのムキムキ兄さんにやられたんですよ、ニャグ様」


 ニャグ医療長が短い前足でネグラを抱き起こし、手早く回復魔法をかける。一瞬痛んだものの、少しずつ和らいでいく痛みにネグラは表情を緩めた。

 その横では、マリア王妃が息子であるヒダマリを細腕でひしと抱き締めている。


「まあまあまあまあ、やっぱりヒダマリだったのね! 分かりますか、ヒダマリ。お母様ですよ!」

「……お母様。何故ここに」

「そりゃあもう、ルイモンド様の赤くて可愛らしい部下の方がピィピィ鳴きながら教えてくれたからですよ! それより、あなたこそどうして逃げてこられて……。ああ、酷い凍傷! ヒダマリったらまた防寒対策を忘れていたのね!?」

「面目無い……」


 珍しくしおらしくなるヒダマリに、ネグラは目を剥いた。……流石のヒダマリもお母さんには弱いのか。そんで綺麗な人だな、ヒダマリのお母さん。

 そうやってぼーっと治療を受けていると、大きな影が自分達の姿を覆った。


「ネグラ!!」

「……ピィ様」


 月の光を宿した髪と、真っ赤な目。ルイモンドの背中に乗った現魔王・ピィが、ネグラを見下ろしていた。


「ルイ、降ろせ。ネグラの話を聞きにいく」

「いけませんよ。あなたまだ魔力が回復してないんですから」

「よいしょっ!」

「ああこらっ!」


 側近の忠告を無視し、魔王はマントをなびかせて純白の大鷲から飛び降りた。着地したピィは、少しよろけながらもネグラの前に立つ。


「我らが来たからにはもう安心しろ。とは言っても、ノマン兵は皆撤退しているがな」

「そ、そうですか……」

「……お前は戦うのに不向きな方だ。だというのに、よくぞここまで体を張って同盟の人間を守りきってくれた。感謝するぞ」

「いや、えっと……その」


 直球で褒められて、戸惑う。まともに目を見ることもできないネグラは、目を伏せたままオドオドと返した。


「な、成り行きですよ、成り行き。そ、それにあそこにいたのが僕じゃなきゃ、ヒダマリはすぐ逃げられたし、あんなに怪我することもなかった。だ、だから、僕が褒められる資格はありません」

「ん? 何を言ってるんだ。お前は間違いなくこの男を助けたのだろう? そして目的を達成し、自分も生還した」


 ピィは、優しく微笑んだ。


「戦うだけが能ではない。これを讃えずして何が魔王か。……大儀だったな、ネグラ」

「ピ、ピィ様……」


 魔王からの気遣いに、じわりとネグラの体の内に血が通う。けれど、それに浸るより今は彼女に言わねばならないことがあった。


「ピィ様……。ぼ、僕は、その……伝えなければ、ならないことがあって」

「ああ、言うがいい」

「僕は……こ、この場所で、く、クレイスさんを見たんです……」

「……何?」


 この事はルイモンドの部下から伝わっていなかったらしい。ぴくりと目の縁を動かすピィに、慌ててネグラは畳み掛けた。


「そ、それで、ヨロ国から、その……ほ、宝珠? す、すごく大切そうなものを、奪ったと。あ、あと、彼はノマン兵から、クレイス諜報大臣と呼ばれて、いて……」

「……そうか」

「……で、でも、僕は確かに、一年前彼に助けられたんです。だ、だけど、もしかしたら、あれも今日のための作戦だったのかも……」

「根拠の無い予想はするだけ不安を煽るだけだぜ、ネグラ君」


 そしてヒダマリが首を突っ込んできた。母に傷を治してもらったお陰か、もうすっかり動けるようになっている。


「お前は……」

「申し遅れました。俺の名はヒダマリ=ヨロロケル。マリパ国王の息子であり、ヨロ国立魔法科学局実装置研究課の課長です」

「マリリンの兄か。彼女から少し話は聞いたよ」

「ええ、自分は彼女の双子の兄にあたります」

「ところで、お前も何か言いたいことがあるようだったが……」

「はい。彼……クレイス=マチェックの件についてです」


 その名前に、またピィは険のある顔つきになる。だがそれを気にした様子も無く、ヒダマリは続けた。


「魔王様。俺が思うに――彼は、“どえらい嘘”をついております」

「……嘘?」

「はい」


 ヒダマリは、眼鏡の向こうのくりくりとした目をスッと細めた。


「これについて仮説をお話ししましょう。しかしこれは我が父……ヨロ王にも同席してもらいたい」

「分かった、そういうことなら一旦城まで戻ろう。……ちょうど、ニャンニャン医療隊も追いついたみたいだしな」


 ピィが少し遠くに目をやる。その先では、ニャーニャー鳴きながらふわふわの猫の魔物達がこちらに向かって走ってきていた。それを見たヒダマリが目を輝かせたのを見逃さなかったし、「毛を奪うなよ」と念を押すのもネグラは忘れなかったのである。

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