4 ヨロの村

 マリリンの許可を得たとはいえ、やはり魔物は魔物。恐怖の対象であることに変わりは無い。

 ガルモデとルイモンドは一国の王女の希望により、王の許可が得られるまでは国境にて待機することになった。


「いいですか、ピィ。必ず周りに気をつけて行動するのですよ? 危ないと思ったら遠慮なく皆殺しにするのです。これは正当防衛といって真っ当な行いですからね。躊躇う必要はありませんからね」

「だから大丈夫だと言ってるだろう! まったく、ルイは心配性拗らせて過激なんだから」

「みょみょ! みょみょみょ!」

「ケダマさんまで……。ですが、やはり敵国であることに変わりは無いですし……」

「確かに世界征服の為にいずれ制圧する国ではあるが、せっかく内部を探れるんだ。今は友好的なふりをして情報収集をするぞ」

「みょ!」

「うう」


 主君たる魔王との別れを惜しむルイモンドを、ピィが一喝する。そんな光景の隣では、頭をストールでぐるぐる巻きにしたクレイスを見てガルモデがため息をついていた。


「つーか、なんでコイツが許されて俺らが外で待機なんだよ。どう見てもミイラマンしてる今のコイツのが人外だろうが」

「指名されてしまったのではやむなしでしょう。ご安心ください、ピィさんはこの身に代えても守りますから」

「さてはオメェ、自分が見張られる立場だってのを忘れてるな?」


 ガルモデのツッコミにも、クレイスはシレッとしている。片やまだ不安が残るらしいルイモンドは、少し遠くにいるマリリンに声を張り上げた。


「マリリン王女ー! お約束通り、三時間経っても音沙汰が無ければ迷わず御国に突撃しますからねー! 様子を見に行きますからねー!」

「はい、承知しましたわー! 後ほどご連絡を差し上げますのでー!」

「絶対ですよー!」


 そこまでしてようやく、ルイモンドは納得したようである。こうして部下二人の許しを得て、いざピィとマリリンとミイラマン(クレイス)はヨロへと踏み入った。

 ヨロは、他国に比べて一段と領土の狭い国である。だがここは、他に類を見ないほど美しく幻想的な風景をもつ国だと、ピィは昔から父から聞かされたことがあった。

 一面の雪景色に、コロコロとした円形の建物。積もる雪の重みで家が潰れないように工夫された結果らしいが、それがまるで大きな雪の塊のようだと。そう父は話していたものだ。

 しかし、今彼女の目の前に広がる世界はまるで違っていた。


「……なんだ、これは」


 丸い屋根の家は打ち壊され、火も放たれたのか黒く焦げている。地面には雪が積もっているというのに、所々覗く隙間からは無数の人により踏み荒らされた跡が見て取れた。

 人も、家畜も、無い。ただ、草も生えることを拒むような惨状だけがそこにある。

 それが、ピィのヨロ国に対する第一印象であった。


「……既にお気づきのことと思いますが、我が国は今、ノマン王国に戦争を仕掛けられております」


 マリリンは、近くにあった黒こげの柵から雪を払いのけた。


「この村は国境に近いこともあり、最初にノマンに目をつけられました。あっという間に家は焼かれ、畑は踏み荒らされ……私共には、為す術がありませんでした」


 吐いた息は白く、やがて空気に溶けていく。雪を踏みしめる音を聞きながら、ピィは物憂げなマリリンの横顔に、自分の心がごとりと動くのを感じていた。

 ……魔国にも、族ごとに集落や村のようなものがある。魔王の仕事の一つとして時々それらの村に様子を見にいくのだが、皆日々の生活の中に笑顔を浮かべ、忙しく動き回っているのが常の光景だった。

 けれどそれがもし、ある日を境に理不尽に奪われたとしたら……。


「……無念だったな、マリリン」

「……ええ」

「吾輩は魔物の身だが……もし良ければ、ここの者達の為に祈りたい。住人の墓は作っていないのか?」

「え? いえ、それはありませんが……」

「何? ……ああ、そうか。墓すら作る暇が無かったのだな。構わん、どこかに教会があればそこで……」

「いいえ、魔王様。お祈りそのものが不要なのです」


 噛み合わないやりとりに、しかしマリリンはやっと腑に落ちたようで丸眼鏡の目をにっこりとさせた。


「ここにいる者達は、皆生きておりますわ。ノマンの兵が来る前にヨロの兵が先導し、上手く逃げおおせたのです」

「えぇぇ!? そ、そうなのか!?」

「はい。それにしても、魔王様は本当に心根がお優しい方ですのね……。ありがとうございます」

「いや、そんなことは……! じゃ、じゃあ何故そのままノマンの兵をボコボコにしなかったんだ!? こんなみすみす村を焼かれるなど……!」

「ノマンとヨロの兵力の差は歴然でしたから。……加えて、当時の我々はかの国と同盟を結んでおりましたの。その点も父の――王の判断に影響が無かったとは言いきれません」

「ん、同盟? ノマンは、自国と協力関係にある国を襲ったのか?」


 理解ができなくて、ピィは少し後ろを歩くクレイスをチラッと見る。しかし、頭がミイラマンの男ではアイコンタクトなど交わせようもなかった。


「……ピィさんの疑問はごもっともです。同盟を結んでおきながら、奇襲でもって破棄する――これは、戦争という外交においてはまずあり得ない行動でしょう」


 いや通じるんかい。


「裏切った国だけじゃなく、諸国に対する信用を失うも同然の行いですからね。不誠実な実績は、ノマンが新しく別の国と手を結ぼうとした際に不利に働くでしょう。それどころか、潰し損ねた国と他国が手に手を取って攻めてくる可能性もある」

「そうだよな。なら、何故……」

「……思うに、それほどまでにノマンは我が国の技術を欲していたのかもしれません」


 そう言って、マリリンはとある民家へと入っていく。彼女についていきながら、二人は少し背の低いドアをくぐった。

 室内は薄暗い。それでも外よりは暖かくて、ピィは何故かホッとした。


「我が国は、他国より先を行く技術力を有していると自負しております。そして当時のヨロは、ノマンの強い要望で研究者や技術者を大勢派遣していたのです」

「派遣……」

「今でも、彼ら彼女らはノマンに人質に取られております。それも、未だ我が国がノマンに対して強く出られない理由の一つですわ」

「そうなのか……。あ、もしかしてそいつが、マリリンに敵の襲撃を教えてくれたというやつか?」


 ぴかりと閃いたピィに、マリリンはまた柔らかく微笑む。


「はい、その通りです。研究者の中に頼れる者がおりましたの」

「ですが、マリリン王女。そうだとしてもどうやってあなたに知らせることができたんですか? 人質状態である研究者の耳に入るぐらいです、相当事が動いてからでないと分からなかったでしょうに」


 次の疑問はクレイスからである。しかし彼に対してマリリンは、立てた人差し指を自分の唇にあて謎めいた笑みを浮かべてみせた。


「……それは、まだ秘密にさせてくださいませ」

「まだ、ということはいつか教えてくれるのですか?」

「ええ、いつか」

「むー、なんで焦らすんだ。後で教えてくれるなら今教えてくれたっていいだろ」

「あら魔王様。女性は秘密をもってこそ、美しくなると思いませんか?」


 今度はいたずらっぽく笑うマリリンに、ピィは実に色んな表情があるものだと感心する。ともあれ、この反応だとそこまで重要な秘密でもなさそうだ。

 ……秘密。秘密ねぇ。

 秘密というか、怪しさの権化のような男なら一人知っているが……。


「しかし、それならどうしてまだヨロ国を狙うんです? 研究者や技術者を手に入れたなら、その時点でノマンは目的を果たしているでしょう」


 当の怪しさの権化の男はまだ疑問が尽きないらしく、またマリリンに尋ねている。

 けれどそれには答えず、彼女はドレスが汚れるのもお構い無しに納戸に頭を突っ込みゴソゴソとやっていた。

 そして金属でできたT字型の棒を取り出すと、振り返る。


「その理由については、同盟を結んた際に必ずお伝えいたします。実際、見ていただいた方が早いかと存じますし。ですが、今はまず――」


 棒の先端を床に差す。マリリンが何やら呪文を唱えると、三人の体がふわりと持ち上がった。


「お二人を、我が城にご招待しますね」


 光に包まれていくマリリンとミイラマンに、ピィはただただ驚きに目を見開いていたのである。

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