5 城にて

 心地よい浮遊感は、しかしすぐに終わってしまう。数秒後、三人はまた地面に足をつけていた。


「空間移動魔法ですか」


 頭に巻いたストールを直し、クレイスは冷静に分析する。


「噂には聞いたことがありましたが、実物を見たのは初めてです。ましてや実用化されているなど」

「ええ。便利ですが悪用される危険も高いので、門外不出の技術としているのですわ」

「……俺らには見せて良かったのです?」

「見ただけで扱える魔法ではありませんもの。製造方法、呪文、その他条件――我々にしか知り得ない情報は多いのです」

「ふむ、流石“魔法工学のヨロ”ですね。かつては“賢者の国”と呼ばれていただけはある」


 話し込む二人に、一方のピィはじれったさでソワソワとしていた。早く外に出て、本当にちゃんと移動したかどうか確かめてみたくて堪らなかったのである。

 彼女にとって魔法とは、戦闘や料理に使う為だけのものだった。それがこんな面白い使い方ができるとは、露ほども知らなかったのだ。

 クレイスの持っていたストールといい、知らないだけでまだまだそういった品が山とあるのではないか。ピィはすっかり、この魔法工学の技術とやらに興味を抱いていたのである。

 そんな彼女の内なる期待を察してくれたのか、マリリンはニコニコと微笑みながらドアに向かってくれた。


「では参りましょう。このドアの先はヨロの城門前に繋がっております。……ねぇ魔王様、我が国の城はとても美しいのですよ? 雪の降る中にそびえ立つ姿はとても荘厳で、見る者を圧倒して……。魔王様にも気に入っていただけると、嬉しいのですが」


 ドアノブが回される。そうしてピィとクレイスが見た世界は、なるほど驚くべきものだった。

 ――ドアを取り囲むようにしてぞろりと並んでいたのは、杖に蔦の絡んだヨロ国の紋章をつけた兵士達。だがその表情には緊張が漂うばかりで、歓迎する様子は微塵も感じられなかった。

 彼らがこちらに突きつけたるは銃口。引き金を引けばすぐさま氷弾が飛び出す魔法銃が、一様にピィらに向けられている。

 言葉を失う三人に、一番手前にいた兵士が声を荒げた。


「王女様を離せ、卑怯極まり無き魔物共よ! お前らは既に囲まれている! 逃げ場は無いぞ!」

「マリリン様を誘拐して、更には我が国にまで侵入するとは――何たることだ!」

「狙いは何だ! 魔物共!」

「……マリリン」

「ああああすみません……! 私、忘れておりました……!」


 兵士とピィを交互に見て、青ざめたマリリンがあわあわと言う。


「国境に設置していた、魔物センサーのことを……!」


 つまり、マリリンのうっかりで我々は先回りされ、その上自分達が彼女をさらったのだと勘違いされているらしい。この後ピィらはマリリンの大きな泣き声と必死の制止の中、即刻拘束されたのであった。











「本当にごめんなさい!」


 栗色の巻毛が勢いよく垂れる。ピィの目の前では、マリリン王女が体を二つに折らんばかりに頭を下げていた。


「私の不手際のせいで、魔王様とミイラマン様にご迷惑をおかけしてしまって……!」

「気にしないでください。自国に魔物が入ってきたのです、当然の自衛でしょう」


 ピィとクレイスは両手にゴツい手錠をかけられ、豪華な客間に閉じ込められていた。……なんというか、警戒心と心遣いが同時に透けて見える状況である。

 キラキラとまばゆいシャンデリアを背に、マリリンは悲しそうに顔を歪めた。


「その手錠は、かけられた者の魔法を封じるのです。私を助けてくれた優しい魔王様ですもの、ご無体を働かれるとは思いません。ですがこの国は魔国に近いこともあり、皆魔物に対する警戒心がとても強くて……」

「ああ、分からんではないぞ」

「すいません……。なので申し訳ないのですが、父への謁見が済むまでは、その手錠をつけていただきたいのです……」

「……」


 ……やっぱり、ここでひと暴れしてヨロを制圧してしまう方が手っ取り早いのではないか。そう思いクレイスに視線をやるピィであったが、食い気味に首を振って否定されてしまった。

 まあ、確かに自分もクレイスを魔国に入れた時は、両手両足縛れたならどんなにいいかと思ってたしな。そう自分を納得させたピィは、マリリンに向かって頷いてやる。


「分かった。その代わり、誤解が解けたらすぐにこれを外せよ」

「はい、勿論ですわ!」

「それじゃあ、王に呼ばれるまで吾輩らはここで待っている。早急に頼むぞ、マリリン」

「ええ! では、私は父に要請を……」

「あ、待て」


 部屋を出て行こうとしたマリリンを、ピィは呼び止める。マリリンは不思議そうな顔をして、こちらを振り返った。


「何か?」

「え、えーと」


 大きな目に見つめられ、ドギマギとする。

 ……正直、ここで彼女に対して言葉を続けるのは多少の抵抗があったのだ。たった少し話しただけだが、ピィはマリリンが決して悪い奴ではないと理解していた。だから彼女の問題に踏み込み仲を深めればその分、いずれこの国を制圧する際に自分が後味の悪い思いをするだろうと容易に想像できたのである。

 それでも、今ここで躊躇して、またヨロ国王女をノマンに奪われることがあってはならない。ピィは心を決めると、彼女に言った。


「……マリリンは、ノマンの兵にさらわれたと言っていたな」

「は、はい」

「そこで知りたいことがあるんだ。お前、どこで、どうやってさらわれた? なんせ戦争中の今だ、城外に行くにしてもまさか護衛の一人もつけないなんて事はないだろう」

「……」

「わ、吾輩は、ヨロ国と同盟を結びたいと思っている。ここで抜かりがあって、またマリリンがさらわれるようでは困るんだ」


 このピィの説得に、マリリンは眉を曇らせた。しばらく迷う様子を見せていたが、やがて観念したのかうなだれる。

 そうして彼女は、ピィの右手を取った。


「な、なんだ」

「魔王様のご心配ももっともです。それについては、今から私の口からきちんとご説明しますわ。……ですが、その……あまり他の方には、聞かれたくない内容でして」


 マリリンのただならぬ様子に、ピィはクレイスを一瞥して頷く。


「分かった。じゃああちらで話を聞くとしよう。……聞こえていたな、ミイラマン。そこを動くなよ」

「はい。……あ、でも」

「なんだ」

「マリリン王女、ゆめゆめピィさんに手を出そうとは思わないでくださいね。そんなことしたら最後、俺は一瞬であなたの眼前まで距離詰めますんで、ほんと」

「そこは大丈夫だよ、お前じゃないんだから。あとなんでそう距離を詰めたがるんだ。怖いんだよ毎回」

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