6 王女の秘密
クレイスを牽制し、ピィとマリリンは部屋の隅まで来る。そうして向かい合わせになり、ピィは真っ赤な顔をした王女と額を突き合わせた。
「ここならいいだろう。……それで? お前は何をしていたんだ」
「……ええと、そ、その……」
「うん」
「……わ、笑わないでくださいましね」
「わかった」
「……あの……えーと……」
しかしまだ往生際悪く言い淀むマリリンに、ピィは唇を尖らせる。早く言えよと指で軽く頬をつつくと、マリリンはくすぐったそうに笑った。
「ピィさん! それ俺的にイエローカードですよ!」
「黙ってろよもう。というかその頭でどうやって前見てるんだお前」
荒れ気味なクレイスは放置することにして、ピィはマリリンに先を促す。先ほどのやり取りで少しばかり肩の力が抜けたのか、彼女はやっと重い口を開いた。
「……とても、言いにくいことなのですが……実は、私……昨晩……」
マリリンの声は、今にも消え入りそうである。……きっと、彼女の心の柔らかい場所にある大事な秘密なのだろう。聞き逃すまいと、ピィは更にぐっと寄った。
「マリリン、言うのは一度だけでいいんだ。ちゃんと吾輩は受け取るから、言ってくれ」
「……はい、魔王様」
ピィに励まされ、マリリンは顔を上げた。そして眼鏡の奥の目を潤ませ、言う。
「……私、実は昨晩……」
「うん」
「城の庭に出て……一人でダンスを、踊っておりましたの」
「うん。……うん?」
「……はい」
「……ダンス? なんで?」
ほんとなんで?
とりあえず真っ先に浮かんできた疑問をぶつけると、耳まで赤くなったマリリンは両手で顔をおおうなりワッと嘆いた。
「実は私、読んだ本にすぐ影響されてしまう性格なんですの! 昨日読んでいた本にも、そういうお姫様が出てきて……雪が降る夜にドレスを着て踊っていて、それがとても素敵だと思ってしまって……!」
「……ああー」
「この年になって、なんて落ち着きの無いと思われても仕方ありません! でも……でも、どうしても我慢できなかったんです!」
「え、えーと、あの」
「そうしましたら、ああ不覚! 後ろから何者かにいい香りのするものを嗅がされ、眠ってしまいましたの……!」
ここでマリリンは、ガバッと涙で眼鏡を曇らせた顔を上げる。それからピィの鳩尾を抉らんばかりの勢いで、彼女の腰にしがみついた。
「魔王様、どうかお願いです! 父と母以外にはこの件を黙っていてくださいませんか!?」
「……そ、その」
「お願いです! こんな事が知られようものなら私、恥ずかしくて恥ずかしくてまともに国を歩けなくなりますわぁっ!」
「……!」
――これは、思わぬ秘密を聞いてしまったものである。確かに、誘拐された理由がそれでは、恥ずかしくてたまったものではないだろう。
だが、マリリンとてまさか自分がそんな目に遭うとは思わないのだ。それに何より、自分だって――。
「……分かる」
「え?」
ピィは、ガシッとマリリンの両肩を掴んだ。
「分かる。とても分かる。吾輩も昔父に見せてもらった絵本に出てきた“さいきょうせんし”が大好きでな。未だ彼の必殺技である“魔牙魔牙怒虎威掌(まがまがどっこいしょう)”を繰り出そうと夜な夜な練習しているのだ」
「まぁ……!」
「もしこれを部下に見られようものなら、吾輩恥ずかしさで五回は死ねる」
「そう! そうなのです!」
「だがやめられない。何ならもうちょっと頑張れば出せると思ってる」
「はい! 私も月の光に当てた水を窓に置き続けていれば、いつか妖精が遊びに来てくれると信じているんですの!」
「ああ、きっと来てくれるさ。……だからこそ、吾輩は決してマリリンの秘密を外には漏らさん。故に、その……」
「ええ、ええ! 私も魔王様の練習については厳守しますわ!」
「おおそうか! ならば我らは今後、運命共同体として――」
「おやおや、それは聞き捨てなりませんね」
にゅっと二人の間にミイラマンが生えてきて、ピィとマリリンは悲鳴を上げて飛び退いた。だから来るなよお前は。部屋の隅にいろと言っただろ。
「ステイだ、ミイラマン。あっち行け」
「いえピィさん、これだけは確認しておかねばなりませんから。マリリン王女……」
ミイラマンは、何度見ても見慣れぬその顔をマリリンへと向ける。
「先程あなたは、城の庭で踊っていたら誘拐されたとそうおっしゃいましたね。しかし構造から見るに、城の守りは実に強固で虫の這い入る隙間も無い。だというのに、犯人はマリリン様を誘拐し誰にも怪しまれる事無く国外へと連れ出したという。……妙ではありませんか? 戦争中という最大警戒期にも関わらず、ですよ」
「……吾輩としては、何より妙なのは貴様の頭だと思うが……。つまり、何が言いたいんだ?」
「外から侵入できないのならば、内から出て行けばいい。――要するに、城内に裏切り者がいる可能性が高いということですよ」
「そん、な……!」
クレイスの言葉に、マリリンは眼鏡がずり落ちそうなほど驚いていた。
「だから俺は、今マリリン王女は城内で一人になるべきではないと考えています。常に複数人で行動し、決して少人数で特定の者とも会わないよう心がけるべきです」
「……すね……」
「かつ例え護衛の者とはいえ……え?」
「私の秘密を……聞いてしまったのですね……!」
マリリンは、蒼白な顔でブルブルと震えている。そしてすっくと立ち上がったかと思うと、豪奢なベッドへと向けて突進し――。
ドレスを翻らせて、頭からダイブした。
「もう二度とお外を歩けませんわぁぁぁーっ!!」
「この無礼者ォッ!! マリリン王女に何をした!?」
「あああああ兵達よ、誤解だ誤解! おいミイラマン! お前もちゃんと弁解しろ!」
「マチュガニアモルモルミートパッタルポ」
「何て!!!?」
王女の悲鳴を聞きつけ一斉に雪崩れ込んできた兵士と、ベッドから出てこないマリリン。そして信じられないごまかし方をするクレイスという困難極まる状況を、この後たっぷり三十分かけてピィは解決せねばならなくなったのである。
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