7 ヨロ王

 落とし所は、最悪の所でついた。


「――まぁ! ミイラマン様は、魔王様の婚約者でしたの!」

「はい。なのでいずれ俺はピィさんの身内になります。家族ぐるみの付き合いになるのでしたら、秘密を知られるのも問題無いでしょう? 俺も、ピィさんやそのご友人に嫌われるような行動はしたくありませんから」

「ああ……申し訳ありません! 知らなかったとはいえ、私ったらまた早とちりしてしまいましたわ!」

「構いませんよ。誰しも知られたくない秘密の一つや二つあるものです」


 兵士らを追い返した部屋で、落ち込むマリリンをクレイスが慰めている。

 ……やめてくれ。本当に、本当にやめてくれ。

 心からそう思うも、否定することができない。ここで真実を伝えてしまうと、またマリリンがベッドダイブしてしまうのは目に見えていたからである。

 ピィは、クレイスによってどんどん埋められる外堀を、指を咥えて眺めることしかできなかった。

 ……無事に同盟を結べたら、適当な畑にクレイスを埋めて帰ろう。魔王は強くそう思った。


「それでは、本題に入りましょう」


 ミイラマンは、マリリンの前で人差し指を立てる。


「城の中に、ノマンのスパイがいるかもしれない。ここまではよろしいですか?」

「え、ええ……。にわかには信じられませんが」

「そう思われるのもごもっともです。ですが、どうか信じる為に疑うのだということだけは覚えておいてください。問題を洗い出し明確化させるのは、上に立つ者の務めですよ」

「は、はい」

「……ところで、マリリン王女は臣下一人一人の顔を把握されてますか?」

「そうですね……。こまめに挨拶をするようにはしておりますが」

「流石です。その中で、ここ最近新しく入った者はおりませんか」

「ええと、五人ほど」

「わかりました。では後ほど、その五人と俺とを面会させてください」


 クレイスの提案に、ピィは目を剥いた。


「お前、ノマンのスパイを突き止める手立てがあるのか?」

「ええ」

「どうやって?」

「それはまだ秘密なのですが」

「ミ、ミイラマン様! それはいくらなんでもあり得ませんわ! ヨロの兵士は正真正銘ヨロの国民から募っておりますもの! まさかノマンに裏切るだなんて……!」


 マリリンも、ピィと全く同じ顔で驚いている。けれどミイラマンは、珍妙な頭を横に振った。


「あなただって、研究者をノマンに取られて思うように動けていないでしょう。……同じことです。裏切りたくなくても、脅されて裏切らざるを得ない状況に追い込まれる。または莫大な金や見返りをチラつかされて心が動いた、という事だってありえます」

「そんな……」

「いいですか? 人とは、些細なきっかけで国を裏切るのです」


 お前が言うと説得力が違うな。

 ピィは、心の中でツッコんだ。


「故に、常に王は寝首を掻かれないよう気を張っていなければならない。マリリン王女もご注意を」

「……」


 クレイスの助言に、マリリンはきらびやかなドレスを両手で掴んで、うつむいている。思うに、彼女は人を疑うこと自体が苦手なのだろう。

 ――人とは、難儀だな。ピィは、小難しい思考回路を持った奴など一匹もいない自分の部下達を思い出していた。


「マリリン王女」


 だがピィが何か言葉をかけようとする前に、臣下が扉の向こうから声をかける。


「準備が整いました。客人を連れて、謁見の間まで起こしくださいませ」

「わ、分かりました。すぐに行きます」


 マリリンは立ち上がり、遠慮がちにピィとクレイスの手錠に紐をかけ一括りにした。まるで囚人であるが、今は我慢するしかない。


「では、私の父――マリパ=ヨロロケル王の元までご案内します」

「はい、お願いします」


 クレイスが腰を上げるのに合わせて、ピィも立つ。その時、ちらりと彼の胸元で赤色のペンダントが光るのが目に入った。


「……何か?」

「ああいや、なんでも」


 ……まぁ、男でもそういう装飾品をつけることはあるか。

 ピィは、やはりどういう視界構造をしているのかさっぱり分からないミイラマンから視線を外し、開いた扉へと向かったのである。










 ヨロ国の国旗が、両側の壁に定間隔に吊られている。点々とステンドグラスの色が落ちる敷物の上を、ピィ達は歩いていた。

 少し先では、殊更大きなシャンデリアが暖かな光をたたえている。その真下に、変わった形の椅子に座る男と、彼に寄り添うように立つ女がいた。


「――お父様、お母様。魔国の王、ピィフィル=ミラルバニ様とその婚約者、ミイラマン様をお連れしました」


 マリリンが、黄色いドレスの両裾を上げて優雅な礼をする。椅子に座る痩せぎすの男は片手を上げ、数いる護衛を下がらせた。

 王の顔色は、悪い。目は落ち窪み、なんとか王冠を載せた頭からは髪の毛が殆ど抜け落ちてしまっている。残った髪の毛の色も、白か灰色ばかりで元の色が分からなかった。

 一方隣に立つ王妃は、匂い立つような美女である。睫毛の長い目と、色鮮やかな唇。マリリンに比べれば落ち着いたドレスも、逆に彼女の熟成された色香を際立たせていた。

 まるで両極端な二人である。思わず見入っていると、王はギョロリとした目でピィを睨んできた。


「私の名は、マリパ=ヨロロケル。このヨロ国を治める王である。……そしてこちらは、妻のマリアだ」

「……」


 マリア王妃が会釈をする。それに合わせて、ピィとクレイスも頭を下げた。


「本来であれば、まず客人と話をすべきであろう。しかし、失礼ながら先に我が娘と話をさせてくれ。……マリリン。急に姿が見えなくなったと思えば何者かに拐われていたとは、誠か?」

「……はい」

「単刀直入に聞くが、お前を拐ったのはこちらの魔物達か」

「いえ、お父様!」


 容赦無くピィらを疑うヨロ王に、マリリンは声を張り上げる。


「全くの逆ですわ! 魔王様は、ノマンの紋章をつけた兵士らから私を助け出してくださったのです!」

「それも真実かどうかは分からぬぞ、マリリン。魔国とノマンが手を結び、お前の信を得るためにそう動いているだけかもしれん。……すぐに対処できたから良かったものの、魔物を城に招き入れるとは一国の姫として感心せぬぞ」

「お父様……!」


 ……なんだか、旗色が悪い。このまま謂れの無い疑いをかけられるよりは、いよいよ本腰を入れて暴れ逃げてしまうべきなのではないか。

 だがピィの手錠は、王に見えない角度でミイラマンに掴まれ、牽制されていた。


「……ところで客人。そなたは魔王であるそうだが」

「あ、ああ。その通りだ」


 それをどうにか振り払えないかと苦戦している内に、ピィはヨロ王に水を向けられる。


「いつ魔国の魔王は代替わりしたのだ? 少なくとも、私が知る魔王は巨体の男であったはずだが」

「……前魔王は死んだ。今は、娘の吾輩が魔の国を統べている」

「そうか」


 ヨロ王は眉間に皺を寄せると、左手を持ち上げた。それが軽く一振りされると、潮が引くように王と王妃以外の人間が部屋から退散する。

 戸惑うピィに、ヨロ王はニヤリと口角を上げた。


「どうか、そう身構えないでくれたまえ。ここから先は、腹を割ってそなた達と話したいと思ってな」

「腹を割って……だと?」

「ええ、そうです」


 警戒するピィの隣で、マリリンが動く。彼女はまっすぐに父を見つめ、揺るぎない足取りで彼の元へと向かっていた。


「……私と違い、父も母も聡明な人。だからこそ、ここから先は“身内にいるかもしれない敵”に話を聞かせない為、人払いを済ませたのでしょう」

「おやマリリン、お前も気付いていたのか?」

「いえ、お父様。私は、魔王様とミイラマン様のご指摘でようやく知りました」


 マリリンは、父と母ので足を止める。そして、大きく息を吸い込むと――。


「――ご心配をおかけしてごめんなさい!! お父様、お母様ーっ!!!!」


 父母の腰を折らんばかりの勢いで、飛び込み抱きついた。

 え、いいのか!? これもっと怒られるんじゃないか!?

 だがそんなピィの心配は、全くの杞憂に終わる。


「ああああああ! 心配したぞマリリンーっ!」

「無事で良かったわぁぁぁぁマリリンーっ!!」


 王と王妃も、まったく似たようなテンションだったのである。


「怖かったですわぁぁぁーっ! 魔王様がいらっしゃらなかったら、私……私……!!」

「分かっておる、分かっておる! 今は存分に甘えるがいいマリリンーっ!」

「ああマリリン!! 母は、母は、もう二度と可愛いあなたに会えないかと!!

「お母様! 私帰って参りましたの!! もう大丈夫ですわぁーっ!!」


 三人で抱き合い、先ほどの姿が嘘のようにおいおいと感動の再会を繰り広げている。ピィはそれを、なんとも言えぬ顔で見守るしかできなかった。

 ……腹を割るを通り越して、掻っ捌いてないか? この王。


「……なるほど」

「どうしたミイラマン」


 なおも落ち着いた様子なのはクレイスである。彼は顎に手を当て、うんうんと頷いていた。


「これは間違いなく、マリリン王女のご両親ですね」

「ああ、うん。本当にな」


 そう思えば、多少納得できるかもしれない。

 ピィはもうどう反応するのが正解なのかも分からず、ふふふと引きつった笑いをこぼしたのである。

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