8 協力を

「いやぁ、家族団欒の一端を見せてしまったな」


 娘の帰還を存分に喜んだ顔色の悪い王は、カラカラと快活に笑った。


「何せ娘がかわいくてな。ほら見てくれ。今日も妻によく似てこんなにかわいい」

「ヤダ、お父様ったら」

「ヤダ、あなたったら」

「……ヨロ王。そんなに娘が大事なら鍵でもかけて部屋に閉じ込めておいてくれ」

「本当になぁ。だがマリリンにはマリリンの自由があるし」


 ここまで開けっぴろげにされては、変に警戒するのも面倒である。ピィの態度も、今やだいぶ砕けたものになってしまっていた。

 だが、いつまでもこうしてのんびり話すわけにはいかない。ピィは姿勢を正すと本題に入る。


「ところでヨロ王よ。聞きたいことがあるのだが」

「うむ、申してみよ」

「さっきマリリンも言っていたことだがな。臣下を下がらせたということは、其方たちも城の中に内通者がいると踏んでいると見ていいのか?」

「ああ、そうだね」


 ヨロ王は、ギョロリとした目を瞬かせた。


「マリリンにはロマンチックな所があるから。その癖を知っている者であれば、誘き出し待ち伏せすることは容易だったろう」

「……うん。そうだと思う」

「おや? その反応だと、魔王もマリリンの癖を知っているのかい」

「ああ、先ほど教えてもらったんだ」


 そう言ってマリリンに目をやると、彼女も力強く頷いてくれた。


「そうなのです! 魔王様はお優しくて、また私が拐われることを危ぶんでくださいましたの! だから私もそれにお応えしたくて、事情をお伝えしたのですわ!」

「そ、そうか! ……これはこれは……! おいマリア! マリリンにお友達ができたぞ!」

「ええ、ええ、あなた! しかと聞きましたわ! 私も嬉しゅうございます!」

「ん、んん!? 友達!?」


 また話が脱線する。どうもこの王族は家族が好きすぎるようだ。

 何とか話の路線を戻そうとするピィの前で、ヨロ王は細い腕を組んでしみじみと言った。


「いやぁ、マリリンは昔からどちらかというと一人で本を読んでいる方が好きな子でなぁ……。同世代の友達がいたことがなくてね」

「それがこんな立派なお友達ができて……! しかもマリリンと同じぐらいの歳で、もう国を治めているだなんて!」

「やはりマリリンの良さは分かる者には分かるのだなぁ。誘拐は由々しき事態であったが、これは嬉しい報告だ」


 ……そう仲睦まじくやり取りされては、ツッコみ辛いではないか。

 ピィは助けを求めてもう一度マリリンに視線を送ったが、彼女も「えへへ」と頬を赤らめて嬉しそうにしているだけで目を合わせてくれなかった。なんだそれ。こっち見ろ。もしやお前も満更じゃないのか。


 ――でも、そうか、友達か。

 ピィは自分の身に馴染まない言葉に、ふぅと息を吐いた。


 部下の魔物達やケダマは気安いが、どちらかというと家族のような存在であって、友達と呼べるものではない。言われてみれば、同世代で同じ性別の者と関わったのはマリリンが初めてかもしれなかった。

 胸の奥がズキリとする。いずれ裏切らなけらばならないこの存在に、ピィはだいぶ絆されてしまっているようだった。


「……それではヨロ王。友好関係を表明していただけるなら、そろそろこちらも外してもらいたいのですが」


 しかしクレイスは冷静なもので、手錠をかけられた両腕をガチャリと持ち上げてみせた。対するヨロ王は、一転して困った顔をし変わった形の椅子に苦しそうにもたれる。


「……申し訳ないが、それとこれとは話が別でね。マリリンを助けてくれたことは事実だろうが、そなた達が強大な力を持つ魔物であることに変わりはない。誤解を恐れずに言えば、魔物に何の処置もせず国内での自由を与えるわけにはいかないのだ」

「そうでしょうね」

「ただでさえ、今はノマンと戦争をしている不安定な状態なのだ。何の制限かけずそなた達を国に入れては、国民や臣下が不安に駆られ、余計な疑いをかける者も出てくる。それに対処する時間を作るよりは、まだ手錠をかけさせてもらい信頼を作る時間を設けた方がいい」

「……それは分かりますが、そんな悠長をしている時間はあるのですか? ヨロ王が望めば、魔物軍はすぐにでもあなたに手を貸す準備ができているのですが」

「確かに時間は無い。国にも、見ての通り私にもな」


 王の言葉に、王妃とマリリンの表情に影が落ちる。やはり彼は、何らかの病を患っているらしい。

 けれどその両目には、病人とは思えぬほどの強い光が宿っていた。


「……だがそれで焦り、決定的な判断を間違えるわけにはいかないのだよ。言い方は悪いが、魔国が常に我々に友好的だとどう証明できる? ノマンと同じく戦争で弱った我が国につけ込み乗っ取ろうとする算段が魔国には全く無いなどと、どう判断すればいい? ……加えて、魔物に対する偏見は未だ根強いのだ。戦争の為とはいえ魔国と組んだと知られれば、今後諸国と外交するにあたり影響が出てくるだろう。あるいは、国民までもが偏見の対象となり得るかもしれない」

「……」

「ヨロは今、危機に瀕している。それは間違いない。しかしだからこそ、王たる私は慎重に動かねばならないのだ」


 ――賢明な王である。油断していたピィは彼への認識を改め、唇を引き結んだ。

 この牙城を崩すのは、いかな千枚舌といえ難しいのではないだろうか。ピィは、無意識の内に彼のミイラマンな横顔を盗み見ていた。

 だがクレイスは、そんな彼女に返事するように手錠を軽く弾く。


「……ヨロ王。一国の王たるあなたがそう判断されるのは至極真っ当なことです。魔物への警戒とてごもっとも。実際、我々の間には長く交流が無かったのです。それがたった一つの恩で信を築けるとは、こちらも思っておりません」

「うむ」

「ですが、ノマン王国に手を焼いてらっしゃるのもまた事実でしょう。マリリン王女より、研究者や技術者を人質に取られていると聞きました」

「……そうだ」

「我々もノマンには恨みがある。実はマリリン王女を救ったきっかけも、敵がノマンの兵士だったことに由来するのです」

「……」


 ――クレイスに、スイッチが入った。

 彼の舌は、今やこの場を支配しようと不思議な力をもって蠢いている。


「確かに、命を救われ互いを知り合ったマリリン王女と魔王様なら友達になれるかもしれない。けれど人と魔物とではどうか? まして人の国と魔物の国とでは? 彼女らの交流は素晴らしいものではありますか、彼女らは歴史的に見て“例外”といってもいい。それは私魔物どもも理解しております」

「あ、ああ」

「ですが、何もこれと同じことを国と国とで当てはめる必要は無い。むしろもっと打算的でいいのですよ。そちらの方がよっぽど健全だ」


 そしてクレイスは、人差し指を立てて提案した。


「――“互いを利用し合う”。我らは、そういった関係となりませんか」

「……利用……」

「はい」


 ヨロ王が繰り返した言葉に、クレイスは頷く。

 ピィには、ストールの内側にある彼の口角が上がったのが見えた気がした。

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