9 利用

「利用、です。どうですか、そちらの方がよほど飲み込みやすいかと。友好だの同盟など、未来的な好意の返報に期待するなど実にバカバカしい。それよりも互いを牽制しながら欲しいものを守るなり得るなりする方が、即効性もあるし現実的というものです」

「……だから、一時的に手を組めと言うのか」

「ええ。我々としても、ここまでの科学力を持つヨロ国がノマンに吸収されてしまうと大変厄介なのです。だからそうならないよう、魔国はヨロをノマンから守る。その見返りに……そうですね、ヨロからはこちらに多少の技術を提供してもらいたいのですが」

「……我が国の技術を得たならば、魔国もノマンよろしく掌を返すのでは?」

「フフ、誠に残念なお知らせですが、我が国の魔物はさほど頭が良くありません。技術を与えた所で殆どの者が使えないかと。というか、元々べらぼうに強いので必要無いと言うべきか……。まあ、どんな技術を渡してくれるかはそちらに任せますよ。ノマンと違い、こちらは無理矢理奪うようなことはしません」

「……ううむ」

「そして、魔物と手を組んだということが表沙汰にならないよう、行動範囲も国境周りのみに絞りましょう。元々隣国なのです。関係無いと言い張れば、諸国に対するごまかし……もとい面目は立つと思います」

「……」


 ずっと口元に手を当てて考えていた王は、突然ゲホゲホと咳き込んだ。慌てて王妃がハンカチで拭ったその跡には、赤い色が線を引いている。それでも彼は、強い眼差しでクレイスを睨んでいた。


「……腑に落ちん」


 ヨロ王は、絞り出すように言った。


「魔物は、強大な力を持っている。それこそ、ただの人間であれば束になっても敵わんほどに」

「ええ」

「ノマンにヨロを渡したくないだけであれば、力尽くで屈服させ我が国を取り込んだ方が早い。ならば何故そうまでして遠回りをする?」

「……ヨロを制圧し、統率下に置く。確かにそれも、当初は考えの一つでありました。しかし、とある人物より野蛮極まり無しと却下されたのです」


 クレイスの手が、ピィに向けられる。


「――他の誰でもない、魔王様によって」

「え?」


 いきなり一切心当たりの無い指名を受け、ピィは目を剥いた。


「前魔王様の意思を引き継いだ魔王様は、何より諸国との和平を望んでおりました。ここでヨロを奪ってはならない。決してノマンのような卑怯を我々が行ってはならぬと」

「お、おい」

「その気高き志に、我々魔物軍は深く感銘を受けました。だからこそ我々は少人数でもってヨロへと出向き、今もこうして体の不自由すら甘んじて受け入れているのです」

「ミイラマン」

「我々は魔物、その恐ろしさは皆さん人間には根深いことでしょう。ことヨロ王に至っては難しいご判断を迫られていることと存じます。……しかし、魔王様はずっとヨロとの交流を望んでおられた。それだけは、信じていただきたいのです」

「……おい……!」

「何か」


 ここでやっとクレイスが反応する。彼の頭こそミイラマンだったが、ピィはその奥に「もう一押しなので話を合わせてください」と言わんばかりのグレーの瞳を見た気がした。

 ……ご、ごまかせと言うのか? 吾輩に?

 え、えーと。えーと。

 えーと。


「……ッ……そ、そう、ペラペラと喋るでない。こういう事は、口に出すものではないだろう」

「失礼しました。それでは、俺は下がるとしましょう」

「ああ。……ヨロ王、すまなかった。吾輩の部下は実におしゃべりでな」

「……」


 ヨロ王は、再び何やら考えている。……まずい、演技がバレたのだろうか。

 だが彼は何も言わずに、まずピィを見た。それからミイラマンに視線を移し、最後にマリリンに目をやる。王の娘は、「魔王様は優しいお方ですよ!」と両拳を胸の前で握っていた。

 しばらく、沈黙の時が続く。そうして王は、深くため息をついた。


「……なるほど。利用し合う、という考え方であれば、私も受け入れやすいようだ」


 ドキリと、ピィの胸が高鳴った。


「何より、そなたの言うように今は急を要する。私も他国に協力要請は出しているが、こうして隣国の魔国が力になってくれるのならば心強い」

「でしたら、お父様……!」

「ああ。……魔王ピィフィル=ミラルバニよ。今より我が国は、ノマンとの戦争が終わるまでそなたの国と一時的に盟約を結ぼう。……公にはできぬ不誠実を、どうか許してほしい」

 

 王から骨張った手が差し出される。しかし、少しの間ピィはその場から動けないでいた。まだ彼女には、自分の目の前で起こったことが信じられなかったのである。

 当初こそ、魔国はヨロを制圧するつもりでいた。けれどここを訪れて一日も経たずに、クレイスの千枚舌が国交をこじ開けたのである。

 ……奴は、何者なのだ。何が狙いなのだ。

 戸惑いはあれど、王としての矜持がピィを立ち上がらせる。椅子から離れられないのだろう王の元まで歩み、彼の手を握った。


「……ありがとう、ヨロの王よ。協力関係となったからには、我が国を挙げてノマンからヨロを守ってみせよう」

「うむ、心強い。だがその見返りの技術に関しては、今しばらく保留にさせてくれ。何が最適か見定めたいのだ」

「そうしてくれ。訳のわからんものを貰っても困るからな」


 ヨロ王の手は、ガサガサとしていて乾き切っていた。鼻の良いピィは、彼の体から死に近い匂いを嗅ぎとった。

 ……彼の命は、もう本当に長くないのだろう。ピィはふと、マリリンのことが心配になった。


「それでは、早速やるべきことを申し上げましょう」


 そしてさっき下がったばかりのミイラマンがまた首を突っ込んでくる。こいつのフットワーク軽いなぁ。


「まずは、マリリン王女を拐った不届き者を突き止めます。何、簡単に終わると思いますよ」


 しかし、それとて一刻も早く片付かねばならぬことではあるのだ。ピィはヨロ王に目線で了解を得ると、クレイスに先を続けるよう促した。









 一方その頃、ルイモンドとガルモデとケダマは暇を持て余していた。


「うううううう、うううううう……」

「……おい、ルイ。冬眠明けたてのナヤバヌグマみてぇにうろうろ歩き回んじゃねぇ。鬱陶しい」

「もう三時間経ちました!?」

「まだだ」

「うううううう……!」


 ルイモンドは、さっきからケダマを腕に抱えてぐるぐると同じ場所を歩いている。ヨロの城へと消えていったピィの安否が心配で堪らないのだ。

 適当にその辺で捕まえたウサギを焼きながら、ガルモデは呆れたように言った。


「一応“目”は飛ばしてんだ。怪しい動きがあったらすぐに分かるんだ、それでいいだろ」

「ですが何かあってからでは遅いのですよ!? ああ、ピィ……!」

「オメェの過保護は治らねぇなぁ。そんなんでよくクレイスとの仲を許したな」

「はい? あの元勇者のことなんざ何一つ認めていませんが?」

「でもクレイスは好き合ってるっつってたぜ」

「そんなもん千枚舌の方便に決まってるでしょう。ガルさん、奴の発言は基本嘘だと思うぐらいでちょうどいいんですよ」

「ふぅん」


 ルイモンドの指摘にも、ガルモデは生返事である。彼は疑ったり、言葉の裏を読んだりするのが不得手なのだ。

 そんな彼にすらやきもきするルイモンドは、腕の中のケダマをギュッと抱きしめる。


「ねぇ、ケダマさん。あんな生い立ちのあるピィですよ。これ以上あの子が傷つくことなどあってはならない、そうは思いませんか」

「みょー」

「……それはそうですけど。でも」

「ルイ、これはケダマの言う通りだぜ。ピィはもう立派な成体だ。しかも今は魔王権だって持っている。オメェよりよっぽど、自分の身は自分で守れるよ」

「……ですが、あの子は根が優しい子です。向けられた敵意に、瞬時に対応できるとは思えない」

「みょ」

「ああ、ケダマ。そうだな。だが、そうならないように俺は……」


 しかしここでガルモデは言葉を中断し、たくましい腕を持ち上げる。次の瞬間、彼目掛けて飛んできた矢を大きな手で握り止めた。


「……風の魔力を込めた矢だな。当たらなくても皮膚が切れるから、気をつけろよ」


 ガルモデの手からは、黒い血が滴っている。それを見たルイモンドは、ケダマを雪の積もる地面に下ろした。

 まだ遠くながら彼らに迫るは、見覚えのある紋章をつけた兵士の集団。その数ざっと三十ばかりか。


「……あれは、ノマンの兵ですね」

「おう。どうする?」

「どうするも何も」


 虫の居所が悪いルイモンドは、ぞっとするような笑みを浮かべる。


「多勢とはいえ無勢でしょうよ」


 ま、それもそうだな。

 ガルモデは矢を握り潰して捨てると、大犬の姿へと変化した。

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