28 再封印

 ピィを抱き寄せる直前、クレイスは落ちていたペンダントを彼女に押しつけていた。だからピィは、危うい所で命を奪われずに済んだのである。

 目の前には、漆黒の力を渦巻かせる塊。未だかつて感じたことのないパワーに、ピィは全身がビリビリと反応しているのを感じていた。

 今はまだ、この大きさにとどまっている。けれど魔力を練り加速度的に増幅させているのを見るに、放置しておけばどうなるかは自明の理であった。


 ――だが、いい。これでいい。

 ここまでは、想定通りなのだ。


「みょ! みょー!」

「ぴょーっ!」

「ケダマ! パピュウ(青い鳥の名前)! 無事で良かった!」

「ええ。お二人とも、先程は大役本当にありがとうございました。……しかし、遠隔視魔法水晶はさっきの衝撃で壊れてしまったようですね」

「ケダマとパピュウが生きてるんだ。十分だよ」


 胸に飛び込んできたケダマと青い鳥を一度抱きしめておいて、クレイスの服の中に押し込む。ここから先は、きっと彼の元にいる方が安全だ。


「……さて、やれるか。クレイス」

「もちろん」


 クレイスが黒い塊に向かって構えるは、透明な宝珠。ミツミル国の力の宝珠の隣に置かれていた、例の宝玉である。


『――詳しく調べたところ、この宝珠は力の宝珠よりも後の時代に作られていたことが分かりました』


 ヒダマリから受け取った手紙の内容を、ピィは思い出す。


『作ったのは、世界五代名工に数えられるミツミルのサトバス。そしてこの宝珠は、古のモノを封じた際に使われたものよりも高い質を持っています』

『だからこそ、力の宝珠の隣に置かれていたのでしょう。万が一力の宝珠が奪われることがあっても、透明な宝珠で再び封印ができるように』

『だからもし、これより古のモノが解き放たれたとしたら。この透明な宝珠さえあれば、再度封印が可能かもしれません』


 ――たとえ古のモノ自体は復活しないとしても、きっとおぞましき魔力は顕現してしまうだろう。それを残しておけば、必ずや世界は滅びに向かう。

 ならばもう一度、新しき宝珠に封じてしまえばいい。ヒダマリもクレイスも、そう結論づけたのだ。


「いきますよ……!」


 そして、クレイスが封印の呪文を唱え始める。最初こそびくともしなかった塊であったが、呪文の一節がその一端を掴んだ瞬間。まるで毛糸玉がほどけるように、少しずつ力が吸収され始めた。


「――! ――!!」


 しかし、黒い塊は悶えている。あたかも、生命と意思を宿しているかの如く。

 その魔力は触手状となり、クレイスに襲い掛からんとした。


「させるか!」


 だが、それをピィが素手で払い落とす。けれど高濃度の魔力に触れたことが原因か、彼女の手は火傷したように爛れた。


「……!」


 痛みに顔を歪めるピィを見たクレイスは、詠唱を速くした。――残りは五分の四といった所か。ピィは、古のモノの魔力の次なる攻撃に備え、クレイスの提げていた剣を抜いた。


「――、――」


 剣を振るう。黒い触手は一度裂けたものの、素知らぬ顔で再生した。そして、魔力の超放出。クレイスを守るため、ピィは爛れている方の手を突き出し全身で盾となった。


「ぐっ……!!」


 全身が焼けつくように痛む。最もダメージを受けた腕は一部骨まで露出し、もう使い物にならないように見えた。同じ攻撃が来たら、次は庇えないだろう。

 ――だから考えるのだ。

 ピィは、ぐいと頭を持ち上げた。

 ――時間を稼ぐ方法を。詠唱が始まった以上、こちらにできることはそれしかない。倒さなくていい、コイツの時間を奪うやり方を考えるのだ。

 そうだ、ここまでは間違ってない。さっきはあまり考えず我が身を盾にしたが、恐らく自分が奴と同じ宝珠の身であったからこそ盾となり得たのであろう。ならば、我が宝珠の炎を剣に纏わせれば……! あ、ダメだ。今ペンダントしてるから外に魔力出せない。……なら、ペンダントを外して……! いやでも、それをしたら吾輩もこの黒い魔力に吸収されるから……。


 ああもう、面倒くさい敵だなぁ!


「……よし、決めた! クレイス、今から吾輩がやる事にビビるなよ!」

「?」

「よいしょー!」


 ピィは、何の躊躇いも無く爛れた腕に剣を突き刺した。


「!!!??」


 あまりのことに当然心臓が止まるほど驚くクレイスだったが、それでも詠唱はやめなかった。彼が優秀たる所以である。

 一方、剣を突き刺したピィの傷口からは、うっすら青い炎が立ち上っていた。


「……外に魔力が出せないのならば、内に招き入れてやればいい」


 剣は今、その身を真っ青に染めようとしていた。


「コイツには、吾輩の魔力を纏わせた。……これで、やっと貴様を斬れる!」


 ピィの攻撃を防ごうと、何本もの触手が伸びてくる。しかし、腕から抜かれた剣が青い炎と共に一薙ぎした瞬間、それらすべては粉々になった。


「よし、いける! クレイス、あとどれぐらいもたせればいい!?」

「! そうですね、この分だと五分もあれば……!」


 だが、ここでぷつりと宝珠に繋がる魔力の線が切れた。一瞬封印が終わったのかと思ったピィだったが、まだ黒い塊は三分の一ほど残っている。

 悪い予感に、ピィは背筋をゾッとさせた。


「……まさか、クレイス」

「……ええ。どうやら、これがこの宝珠の限界容量らしいです」


 その言葉に、愕然とする。……そうだ、昔に作られた宝珠ですら、五つ使って古のモノを封ずることがやっとだったではないか。それを、技術が上がったとはいえたった一つに収めるなどできるはずが……。


「故に、二つ目!!!!」

「あるのか!!!!」


 あるのか二つ目。なんであるんだよ。

 あらかじめ詠唱の準備がされていたのだろう、二つ目の宝玉は、古のモノの黒い魔力を再び掴んだ。


「どういうことだ!? なんでお前もう一つ宝珠持ってんの!?」

「元はといえば、この宝玉一つで乗り切る予定だったのですがね。思いがけず新しいものが手に入ったので、まずそちらを使うことに……」

「というかどこで手に入れたんだよ、こんなの!」

「血眼で現代に残る職人を探し出し、無理を言って作らせました」

「よくそんな金があったな!」

「長年ノマンの金を横領してきましたからね」

「うわー! 悪い奴だなお前!!」


 聞けば、当初はこの宝玉を使って概ね封印した後、残りは自分が泥のバケモノとなって無理矢理倒すつもりだったという。

 確かに、泥も古のモノと同じ質だろうから攻撃は通るかもしれないが……。

 ……それにしてもザル勘定だなと、ピィは思った。


 消える間際の炎のように、古のモノの魔力は攻撃の手をますます激しくする。あまつさえ、ピィの隙をついて逃げ出そうともしていた。だがそれを、魔王は使えなくなった左腕を引きずり、ギリギリで阻止していた。

 止めねばならなかった。たとえノマンの言う通り、人は全て滅びる運命だったとしても。ここで、自分の命が潰えたとしても。


(……いや、違うな)


 ピィは、己の命を削るようにして呪文を唱え続けるクレイスを見た。そして魔国に残してきたルイモンドのこと、ここに来るまで自分を助けてくれた多くの者たちの顔を思い出す。


(これからも生きていく為に、戦うんだ)


 大きく剣を振る。古のモノの魔力から放たれる触手は、根本からちぎれた。

 それをすかさずクレイスの持つ宝珠が吸収する。ピィが細切れにしていくことで、封印の速度は早まっているようだった。

 足がもつれる。息が切れる。左腕の感覚が無い。腕が上がらない。


 それでも。


「あああああああああああ!!!!」


 ピィは、力の一滴まで振り絞って最後の一塊を斬った。

 若干の抵抗の後、黒い欠片は次々に水晶へと吸い込まれていく。まるでこの世にしがみつこうと伸びる魔力の尾を、ピィは思い切り蹴飛ばした。


 消える。消える。消える。

 あれほど、自分達を苦しめたおぞましきモノが。

 一度世界を滅ぼした恐るべき力が。

 人と魔物の叡智と執念で、再び封印されていく。


 ――そして、最後に「キョオ」と耳障りな声を上げ。

 青き聖堂から、黒が消滅した。


「……」

「……」


 肩で息をする魔物と人間は、向かい合わせになって立ち尽くしていた。

 どちらも何も語らえぬ沈黙。その中で、ピィは恐る恐る口を開いた。


「……終わった、のか?」

「……そのようで」


 疲れ切った顔を見合わせる。途端になんだかうまく足に力が入らなくなって、ピィはその場に崩れた。が、それはクレイスも同じだったらしい。服から飛び出たケダマに心配されながら、彼も冷たい床に転がっていた。

 ……これから、ノマンを倒したことを皆に報告に行かねばならないのに。やることがたくさんあるのに。しかし今の二人には、指一本すら動かす力も残っていなかった。


「ああ、くたびれました」


 仰向けになったクレイスは、高い天井に向かって静かに言う。


「でも、これでやっと俺の千枚舌も返上ですかね」

「……うん、そうだな。そうなるな」

「……」

「……」

「ピィさん愛してます」

「返上した開口一番がそれて」


 ピィの一言に、クレイスが声をたてて笑う。それがどうしてか幼子のようにも聞こえて、なんだかおかしい。

 ピィは体を横たえたまま、つられて笑っていたのだった。

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