5 向かう

 肩を怒らせ、ずかずかとピィは歩いていく。そしてその後ろを、律儀なヒョロルンが水晶玉を抱えて走っていた。


「でもさ、嬢ちゃんは宝珠を体に取り込んでんだろ?」


 その水晶玉越しに彼女に話しかけるのは、ベロウである。


「だったら宝珠の力を使えるんじゃねぇの? 魔王の力に宝珠の力。これもう敵無しだと思うけど」

「ああ、そうだ」


 ピィは、ふんと鼻を鳴らす。


「吾輩の宝珠の力は“支配”。言葉の通り、一声で我が意のままに相手を屈服させる力だからな」

「すげぇじゃねぇの。でもなんでさっきは使わなかったの?」

「うーん。実は、クレイスの言葉に少し違和感があってな」


 冷たい廊下を進む彼女の足首を、ぽふぽふとしたピンク色の毛がくすぐっていた。


「今まで吾輩らは、クレイスは、吾輩と宝珠が一体化していることを突き止めていると思っていた。しかし実際は、吾輩に『宝珠を差し出せ』と言っただろ。……あたかも、魔国も他の国と同様に一個の水晶玉を所持していると思っているかのようにな」

「ふむ」

「吾輩が宝珠そのものであることに気付いていないのか、はたまた知らないフリをしているのか……。とにかく、宝珠の力を晒して手の内を見せるのは剣呑だと思ったんだよ」

「おお嬢ちゃん。見かけによらずにいっぱい考えてんだな」


 余計な一言に、渾身の眼力で水晶玉を睨み付ける。しかし、そこに映っているのは驚きで全身の毛が逆立った猫の魔物だけだった。


「ニャンニャン医療隊を盾にするんじゃない、ベロウ」

「だって嬢ちゃんの目ぇ怖いんだもん」

「大の大人の言うことか」

「それよかさ、これからどうする気なのよ。クレイスと戦うの?」

「……うん」


 思いもよらず、子供っぽい返事をしてしまったピィである。が、慌てて取り繕い、背筋を伸ばした。


「し、心配するな。クレイスとちょっとしたバケモノが相手だろ? それぐらい、吾輩がささっと片付けてくれよう!」

「そりゃ嬢ちゃんは魔王様だから強いんだろうけどさぁ……。気を付けろよ。向こうだって何考えてんのかわかんねぇんだから」

「分かっている。命だけは残して無力化し、後ほど尋問してみないとな」

「発想が魔王」


 ベロウのツッコミが入ったタイミングで、ピィは大広間へと辿り着いた。一つ深呼吸をし、彼女は水晶玉を振り返る。


「まあ、そういうことだ。ベロウ、おしゃべりはここまでだ」

「お、ご到着?」

「ああ。……ヒョロルンもご苦労だったな。お前はすぐここから逃げなさい」

「え、なんでです魔王様! 自分も戦いますよ!」

「そう言うな。尻尾は正直だぞ」

「ああああもうビタンビタン!」


 ヒョロルンはあまり強い魔物ではない。ピィとしても、巻き込んで殺してしまうよりはどこかに隠れていてもらう方が良かった。


「ケダマもヒョロルンと逃げていろ。ああ、その際城の中に残っている者に声をかけて避難させておいてくれないか。もしかしたら、城を半壊させるくらい暴れるかもしれんからな」

「わ、分かりました! では行きましょう、ケダマさん」

「みょーっ!」

「ああああそんな怒らないでください! 自分は悪くないんです! ああああああ!」

「みょー!!」

「……ベロウ」

「おう」


 ……この人間にも、何か言わなければならない。何を言うべきだろう。何となく頭が回らず、ピィは一瞬口ごもった。

 ――ああそうだ、礼を言わねばならないのだ。

 けれどピィが何か言う前に、水晶玉のベロウはグッと親指を立てて笑った。


「嬢ちゃん! あのクソガキとの戦いに臨むにあたり、いいことを教えてやろう!」

「いいこと?」

「クレイスは高い所に弱い!」

「知ってる」

「あと耳も弱い!」

「それは初耳」

「じゃあな! がんばれ!!」

「その二つの情報でどう戦えと!?」


 思わず踏み込んで尋ねたが、既にベロウの水晶玉はヒョロルンの姿と共に遠ざかっていった後だった。謎のエールにしばらく脱力していたピィだったが、やがて首を振る。

 顔を上げる。巨大な扉にピィが手をかざすと、ものものしい音を立てて天井の高い広間が口を開けた。……そういえば、以前クレイスが勇者としてここを訪れた際は、ルイモンドが隣にいたものだが。

 しかし、今はいない。ここには、自分一人しかいないのだ。

 光の中を進み、広間の中央に辿り着く。静寂たる場に一人立つピィは、大きく息を吸いこんだ。


「――勇者よ、来るがよい!」


 芯のある強い声に、相対する扉がゆっくりと開いた。









「まったく、溶かしても溶かしても出てくるのぅ!」


 ヨロ国南の防衛拠点にて。ミツミル国元魔法大臣クリスティアは、次から次へと襲いくるゴーレムにご自慢の魔法をぶっ放していた。


「危ねぇ!」

「ぬ!」


 ゴーレムがクリスティアの右額に腕を振り下ろそうとした瞬間、背後からガルモデが現れる。強靭な顎でゴーレムの腕を食いちぎり、ペッとよそへ吐き出す。


「気ぃつけろよ、婆ちゃん! 動きは単純だが何せ数が多いんだ!」

「だぁれが婆ちゃんじゃ! 年上のレディを呼ぶときは名前で呼ばんかい!」

「名前……えと……栗……?」

「うむ、婆ちゃんで良し!」


 クリスティアという名は、魔物が覚えるには長すぎるのである。魔王のフルネームであるピィフィルですら、未だ知らない者も多いぐらいなのだ。


「ガルさん! クリスティア様!」


 が、この魔物に限っては少々例外であるらしい。巨大な白鷲は辺りにいたゴーレムを翼で蹴散らすと、人型をとり地面に降り立った。


「大変です。魔王城が襲われました」

「ルイか。敵の軍勢は?」

「今の所、クレイスと巨大なモンスターが一体と聞いていますが……」

「それぐれぇならピィ一人で大丈夫だろ」

「そうなのですが、このモンスターに少し引っかかる所がありまして」


 ルイモンドは、他の魔物に比べて直感型では無い。だというのに、この歯切れの悪さは大変珍しいものであった。

 一方、彼の空気を感じ取った完全直感型の魔物は、一つ頷くとクリスティアに向き直る。


「婆ちゃん! ウチの大将を助けに行くから、ちょっとばかしここを空けてぇ! 俺たち無しでどこまでやれる!?」

「そうじゃのう……。向こう半分足止めしてくれたら、残った魔物と兵で今日中は持ち堪えられると思うが」

「分かった。ルイ!」


 呼び掛けられて一瞬迷ったルイモンドだったが、すぐに心得たように短く返事をした。そして、美しい翼を広げて飛び上がる。


「皆の者、伏せよ!!」


 何が起こるか察したクリスティアが、咄嗟に魔法“空鳴らしの声”を張り上げた。その数秒後、ゴーレムに向けてルイモンドが作り上げた凶悪な竜巻がいくつも放たれる。

 瞬く間にバラバラになっていくゴーレム。だがこれも、しばらくすればまた癒着し復活してしまうのだろう。

 しかし、数時間もの大いなる時間稼ぎにはなるのだ。


「……っ」


 魔力を使い過ぎたルイモンドは、空中でふらりとバランスを崩した。

 半身だけ人の形をした魔物が落ちてくる。それをすかさず、赤毛の魔物がキャッチした。


「そんじゃ婆ちゃん! すぐ帰ってくるぜ!」

「うむ、任された!」


 そうしてルイモンドを乗せたガルモデは、魔国に向けて土を蹴ったのである。

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