14 敵襲
朝方、ピィはヨロ兵の叫び声で目を覚ました。
「敵襲! 敵襲ーっ!!」
早過ぎないか!?
ガバッと跳ね起き、ケダマを脇に抱える。すぐに身なりを整えケダマの毛づくろいを済ませ、部屋から飛び出した。
「ピィちゃん! こちらですわ!」
階下にいるマリリンが、大きな水晶玉を抱えて声をかける。今日の彼女はドレス姿でなく、裾がキュッとしまった動きやすそうなパンツ姿だ。
ピィはヒョイと手すりを乗り越え、数メートル上から彼女の隣に着地した。
「マリリン、今の状況を!」
「駐屯していた兵が国境を守っており、まだ一人もノマン兵の侵入を許しておりません! 空間移動魔法の“ポイント”から増援を送ってはいるのですが、戦況を見る限り魔物軍が押されているようで……!」
「なんだと!?」
「とにかくこれを!」
ピィの足元にゴンと水晶玉を置くと、マリリンは両手をかざす。彼女が何やら呪文を唱えるや否や、見慣れた自分の部下たちが水晶の中に映った。
「これは……!?」
「遠隔視魔法水晶……今遠くで起きている事が分かる水晶ですわ。素材を同じくする小さな水晶を設置していればそこから映像をインプットすることができ……」
「説明はいい! それより、これは……ここに映っているのは、本当にノマン軍の兵なのか!?」
「ええ」
雪が舞う。人の赤い血と、魔物の黒い血が入り混じったような色を落として。それを機械的に踏み締め歩くのは、巨大な赤茶色の塊。
「兵……というより、使役されているモノと表現するべきでしょうか」
「使役?」
「はい。これは、あらゆる姿を形作れる無形の土塊――“フーボのゴーレム”だと思われます」
「バカな! だとすると、既にフーボ国は……!」
「ええ」
土塊でできた身の丈二メートルのバケモノが、とある魔物の尻尾を引きちぎった。その光景を映す水晶に、マリリンの青い顔が重なる。
「フーボ国も……ノマン国の下についたとみて、間違いないのでしょう」
「ぎゃあああああ!! 痛ぇよおおおお!!」
「ビービー泣くな、チョチョランジャ! おいニャグ爺! 早くこっちに来い!」
「年寄りを顎で使うでないぞ!」
ガルモデの声に、ニャグ医療長が走ってくる。小柄な体躯と素早さを生かしてゴーレムや兵士の間をくぐり抜け、あっという間に彼は怪我をした魔物兵の元へたどり着いた。
「ぬ、尻尾が切れておるのか!」
「ああそうだ。くっつくか!?」
「ワシの手にかかりゃ楽勝じゃい! だがここで治療するにはちと時間がかかるの。ならば――ニャンニャン医療隊、集合!」
「にゃー!!」
ニャグの号令に、どっと数匹の猫型の魔物が押し寄せる。チョチョランジャはテキパキとふわふわの背中に乗せられ、風のような速さで撤退していった。
その間、ガルモデは退路を確保すべく頑強な顎で一体のゴーレムの足を噛み砕く。移動手段を失ったゴーレムはその場に崩れ、モタモタと蠢いた。
だがそれを踏み潰して次のゴーレムがやってくる。それも手早くひっくり返し、ガルモデはペッと口の中の泥を吐いた。
「ったくこう数が多くちゃキリがねぇな! どうにかなんねぇのか!」
「ガルモデにゃん! 怪我したヤツの数も多いのにゃ! ニャンニャン医療隊の前足にも余るのにゃー!」
「チッ、こっちもギリギリか。どうする……!」
報告係として残ったニャンニャン医療隊員を背中に乗せ、ガルモデは唸る。……いつまでもゴーレムばかり相手しているわけにはいかない。ノマンの兵士だって後に控えているのである。ここで消耗して、ノマン兵をヨロ国に入れてしまうことだけはあってはならない。
「ガルモデ軍隊長!」
頭を悩ませていると、クレイスがやってくる。こんな時だというのに、彼の頭はいつも通りストールでぐるぐる巻きにされていた。
「おう、ミイラマン。無事か」
「はい。……我が軍は劣勢と見えますが」
「ああ困ったもんだぜ。こんな奴らがいるなんて聞いてねぇよ」
会話しながらも、二人は迫りくるゴーレムの足を潰していく。ガルモデは食いちぎり、クレイスは水の魔法で土をふやかし瓦解させて。
「軍隊長。俺から一つ進言が」
「おう、言え」
「このタイミングですが――いっそ思い切って、ヨロ軍と魔物軍で共同戦線を張るべきかと思います」
「はぁ!? 人間と!?」
「ええ」
軽い身のこなしでゴーレムの一撃を避け、クレイスは頷いた。
「こいつは穴を開けても体当たりしても死なない無敵の土くれですが、コツさえ掴めば簡単に倒せます。ただやり方が少々複雑で、ガルモデ軍隊長らならともかく他の魔物にできるとは思えません」
「そりゃわかっちゃいるが……かといってヨロ兵と共闘した所で、うちの部下は人間兵士の区別なんざつかねぇから同士討ちになりかねねぇぞ!」
「そこは明確に“場所”を分けてしまえばいいのです。幸いにして敵はゴーレム軍と人間兵軍を完全に二分化している。“ここから先の人間は全員倒して良し、ここから後の人間は倒してはならず”。それを破る者なら、例えヨロの兵士でも攻撃して良いとすれば、魔物でも理解できるでしょう」
「なるほど、それなら大丈夫そうだ」
「そしてヨロ兵がゴーレムを倒している内に、魔物はノマンの人間兵を狙う。……どうですか」
ミイラマンは、どこに目があるのやら分からない顔をガルモデに向ける。アンバーの目でそれを受けたガルモデは、クレイスの後ろにいたゴーレムに体当たりをくらわせてから答えた。
「わかった! 悩む時間が惜しい、すぐにルイを呼ぶ!」
「ありがとうございます」
ガルモデは大きく息を吸う。そうして、獣の咆哮を灰色の空一面に轟かせた。
雪を散らす突風が吹く。クレイスが見上げると、真っ白な大鷲が両翼を広げていた。
「おう、ルイ! そっちはどうだ!?」
「北国境側は、まだ手隙な状態です。しかし進軍する土人形の姿が遠くに見えました。あと三十分ほどでここと同じ状況になるでしょう」
「あいよ、そんじゃ今がチャンスだな」
「チャンス?」
合間合間にゴーレムを撃退しつつ、ガルモデはルイモンドにクレイスの策を説明する。彼は少し考えたあと、後方にいる魔物兵を嘴で指した。
「では、魔物兵の半分をポイントから北の国境へと送りましょう。ガルモデさんはその指示をお願いします」
「おう、分かった!」
「クレイス殿は北の国境に。ヨロ兵にゴーレムの倒し方を教授してやってください」
「承知しました。では俺もポイントに……」
「何を仰います、そんな時間はありませんよ。許可しますから私の背中にお乗りなさい。一瞬で到着しますから」
「……あー」
何やら絶望的な声を上げたクレイスであるが、それにルイモンドが気付く前にガルモデの背中にいた猫型魔物が声を上げた。
「ダメにゃ! そんにゃの医療隊が大変なことになるに決まってるにゃ! 北と南を行ったり来たりしなきゃいけなくなって、てんてこまいになるのにゃー!」
「え、なんですかガルモデ軍隊長。この可愛いのは」
「コイツはニャグ医療長の率いるニャンニャン医療隊の一人だ。戦場を駆け回って負傷者を治してくれている」
「……へぇー、可愛いですね……」
「む! バカにするにゃよ、クレイスにゃん! それよりどうしてくれるにゃ、ガルモデにゃん! ニャニャ達過労でぶっ倒れさせるつもりかにゃ!?」
「……その点ですが」
クレイスは、ピンと人差し指を立てた。
「まず医療隊を北と南で二つに分けましょう。そしてニャグ医療長には城に待機していただき、重傷者は城にて治療するのです。隊員さんはポイントの場所は知っていますね? 重傷者をそこに放り込めば、あとは勝手に向こうが治療してくれます」
「むむ! それはいい案だと思うにゃ! ニャニャ達もできそうにゃ!」
「なら城に待機している者にも伝えておきましょう。クレイス殿、帰りは一度城に寄りますよ」
「……わかりました……」
「では話は決まりましたね。私の背中にお乗りください」
断る事もできず、若干血の気が引いた顔をしたクレイスはルイモンドの背に乗る。しかしストールに巻かれた頭では、周りから気づかれる事もなかった。
数度羽ばたきをし、ルイモンドの体が空へと持ち上がる。みるみる遠くなる地面に、クレイスはぎゅっとルイモンドの羽を掴んだ。
「しかし驚きですね。あなたがピィ以外に好意を向けるとは……」
「こ、好意ですか?」
「ニャンニャン医療隊員を可愛いと言っていたでしょう」
眼下では、点々とした塊が大量に動いている。それを絶対に見ないようにしつつ、クレイスは答えた。
「……あー、いえ。そ、そういうことでは、ない、です」
「そうなんですか?」
「はい。……ピィさんは、可愛いものが好きそうなので……あの子をプレゼントしたら……喜ばれないかなと思って……」
「……」
「……?」
「……プレゼントに、部下を選ばないでください」
「わっ!」
空中を旋回する。ルイモンドは、南の国境に向けて速度を上げた。
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