15 共闘
数分後、北の国境に到着したミイラマンは、息も絶え絶えにヨロ軍に状況を説明した。
「……というわけで……フーボのゴーレムには、水が有効と分かりまして……。で……水の魔法を使える人を中心に動き……その他属性の人は……こちらの簡易呪文と水鉄砲を使えば……がふっ」
「だ、大丈夫か、ミイラマン殿!? よもや既にゴーレムから負傷を!?」
「いえ、彼は少しばかり高い所が苦手だっただけです」
何故か上機嫌のルイモンド参謀長は、ぽんぽんとミイラマンの肩を叩く。弾みでゲェと吐き気を催した彼にたじろぐヨロ兵隊長だったが、なんせこんな状況である。気にしないよう努めることにした。
「……分かった。ではヨロ軍からも、半分兵士を南の国境に向かわせよう。そこから先の指示は魔物軍側に任せるから、よろしく頼むぞ」
「ご信頼に応えてみせま……げふっ」
「いや大丈夫ですか、ほんと」
話が終わった頃、ポイントを経由してきた魔物達が北国境に到着した。この数週間で魔物と仲良くなった兵も多かったらしく、一頻り互いの無事を喜びあっている。
居並ぶ様々な魔物兵の前で、ヨロ国軍隊長はできるだけ易しい言葉を選んで言った。
「えーと……では魔物の皆さん、あなた方はあの三角山から向こうにいる人間を討伐してください。動く土の塊は我らがやっつけますから、無視して構いません」
「分かった!」
「うおおおおおお!」
「完全に理解したぜ!」
「ニンゲン、タオス! クウ! オナカイッパイ!」
「おい、聞いたかピャン助! 人間やっつけるんだってよ!」
「ぴゃぴゃぴゃー!」
「……これは……通じたのでしょうか?」
「ええ、問題無いでしょう」
不安がる隊長に、ルイモンドは美麗な笑みを向けた。
そして、これで北の国境でやることは終わったと判断したのだろう。ルイモンドはミイラマンに目配せすると、一瞬で魔物の姿へと変化した。そして気の進まないような動きで彼の背中に乗るクレイスを待ち、また空へと舞い上がる。
「それでは、我々は一度城へ戻ることにします。ミイラマン殿、しっかり捕まっていてくださいね」
「…………はい」
「良い返事です。ヨロ国の皆さんも、ご武運を」
真っ白な大鷲の翼が空を切る。男の悲鳴のようなものだけをその場に残して、美しい魔物は去っていった。
「……不思議なものだな」
雪が落ちる空に溶けていった彼らを見上げたまま、隊長はぽつりと零す。
「一ヶ月前までは、こんな日が来るとは思ってもみなかった。魔物と手を組み動くなど……」
「隊長!」
「む、どうした」
「王が救援要請したミツミル国より、ヴェイジル=プラチナバーグ軍大臣がご到着しました!」
「分かった、すぐ行く」
踵を返して、部下の後に続く。頭の中では、ミツミル国のヴェイジル氏にどう魔物軍との事を伝えればいいかと、そう考えながら。
「……南の国境は混乱しているな」
時同じくして、玉座の間にて王とマリリンを護衛するピィは、水晶を見つめ険しい顔をしていた。
「なるほど。一度作戦を変え、我が軍とヨロ国軍が共闘することになったのか。だが如何せん南国境側は戦闘真っ只中……ガルモデの声でも指示が行き渡っていないらしい」
水晶には、大声を張り上げるガルモデの姿が映し出されている。「氷岩の先に行け」、「そこにいる人間を倒せ」、「ここにいるゴーレムはヨロ兵が倒してくれる」……。けれどそのどれもが、戦場の喧騒に紛れ掻き消されてしまっていた。
魔物軍兵らの多くは、未だ愚直にゴーレムへの体当たりを繰り返している。しかし敵は泥でできた命を持たぬ人形、効くはずもない。
次々と負傷していく自軍の兵に、ピィは矢も盾もたまらず立ち上がった。
「ピ、ピィちゃん、どこへ行くんですの!?」
「このまま指を咥えて見ていられるか! 吾輩が直々に号令をかける!」
「でも、ガルモデさんの声でも届かないのです! ピィちゃんの声で皆さんに聞こえるとは……!」
「すぐに戻る」
だが、出て行こうとしたピィの前に、マリリンが立ち塞がった。文句を言おうと口を開けたピィの唇を人差し指で封じ、彼女は何やら呪文を唱え始める。
「……“空鳴らしの声”、ですわ」
ピィの唇から指を離さず、マリリンは言う。
「一息分だけ声を大きくする呪文ですの。一度しか使えませんから、お気をつけて」
「……!」
「南の国境へ繋がるポイントの場所はご存知ですわね? ピィちゃん、どうかすぐに帰ってきてください」
マリリンの言葉に、ピィは首を縦に振った。マリリンの頭を眼鏡ごと押さえ、ぐりぐりとおでこをくっつけて感謝の意を示す。
城を抜けていくのもまどろっこしく、近場の窓まで駆け寄る。そうして、外に飛び出した。
「ピィちゃん!?」
マリリンの叫びが響く。だがすぐに聞こえてきた鳥の羽ばたき音により、それは安堵のため息へと変わった。
「――まったく、念の為様子を見に来て良かったですよ」
窓を覗き込んだマリリンの前に、ピィとミイラマンを乗せた真っ白な大鷲が現れる。
「うちの魔王様はお転婆過ぎていけません」
マリリンにも分かるほど、ルイモンドの顔はしかんでいた。
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