12 看破

 「だ、ダメです、師匠! どうか僕のことは気にせず逃げてください!」


 焦るリータがベロウに声を上げる。しかし、ベロウはペッペッと手を振った。

 アホか。ここで逃げたら普通にヴェイジルに背中から刺されるだろうがよ。だが、何の対策も無しに敵がうじゃうじゃいるだろう上に戻った所で、ただ捕まるだけである。

 ならばと、考えたのだ。まずはこの透明な宝珠を餌にリータを返してもらう。そして隠し持っている黒い宝珠でリータに力を得てもらい、ヴェイジルをぶっ飛ばすのだ。

 しかしこれには二つ問題点がある。一つは、リータを取り戻さなければならないこと。もう一つは、リータのクソ長ったらしい詠唱を気づかれずに行わねばならないことだ。


「それは素晴らしい提案だな」


 対するヴェイジルは、不敵に笑っている。


「俺は宝珠が欲しい。コソ泥は王子が欲しい。これらを交換して取引は成立ということだろう? サピュライド公爵の交換条件のように、実に単純明快で分かりやすい話だ」


 サピュライド公爵とは、戦士物語『オーガスト夫人の昼下がり』に出てくる間抜けな男のことである。最終的に、その短慮過ぎる交換条件のせいで公爵が自滅することを知っていたベロウは、不愉快そうに背中を丸めた。

 ……それにしても、あのヴェイジルがあっさりと取引を飲んだものである。

 ということは、コイツは宝珠が手に入った途端自分達を殺すつもりに違いない。オレ様達を殺す道筋が見えているからこそ、奴は提案を快諾したのである。もし一片でも約束を守ろうという気があるのなら、こちらに狙いが無いか探りを入れてくるはずだからだ。

 ――まるで、ファチュル魚の骨のような奴である。(※ファチュル魚の骨は大変細く、食べると必ず歯の隙間に挟まるのだ)


「さて、時間は有限だ。無駄にするのは良くない。コソ泥君よ、早速取引を開始しようじゃないか」

「ああ、待て待て。その前にちょっと解決しときたいことがあるんだ」


 歩み寄ろうとしたヴェイジルを、ベロウは空いた手で制する。


「お前は軍のお偉いさんだ、どうせ今後会える機会なんてそう無いんだろ? せっかくだし、いくつか聞いておきたいことがあるんだ」

「ふぅん?」

「そうだなぁ、まずは一つ……」


 ベロウは、人差し指を立てて見せた。


「なんで、お前は謀反を企てたんだ?」

「……は?」

「いや、普通に気になるじゃん。王子は隠れて聞いてたって言ってたけど、齟齬があるかもだし」

「……それを俺が話してどんな利があると?」

「王子にもう一度聞かせられる」


 この一言に、ヴェイジルはリータを振り返った。当時の光景が蘇っているのだろう、蔓に縛られたままのリータは美しい顔を真っ青にしていた。


「……王子。やはり、あれはあなたの師にはふさわしくない男のようですよ」

「……」

「しかし、あなたの綺麗な顔が憎しみに歪むのは見てみたい。いいだろう、話してあげよう」


 ヴェイジルは、剣を構えた手を下ろさずに続ける。


「王は……彼らの罪は、怠惰だった」


 抑揚の無いヴェイジルの声に、リータの形の良い目が苦しそうに細まった。


「戦士の国ミツミルと謳っておきながら、当の王らは安寧の湯に浸かりそれを啜るだけ。そんな彼らに仕える兵は、時折思い出したように開かれる闘技大会を心の慰みに、日々無駄な鍛錬に費やさせられるだけ。……さて、これのどこが戦士の国だと思う? 兵とは人を殺す為、国土を増やす為に生み出されたもの。その貴重な資源を門前に突き立てるカカシにするとは、愚の骨頂ではないかね?」

「違う! 戦士とは、国とそこに住まう人を守るものだ! 父と母は、強い兵を持つことこそが他国との戦争を抑止する力になると言っていた!」

「それが怠惰だというのですよ」


 反論するリータを、ヴェイジルは憐むように見下ろした。


「いくら体を鍛えようとも、人を殺したことがない人間は戦争では役に立たない。躊躇するからです。もし心から屈強な兵を抑止力としたいなら、王は闘技場で使用する剣を本物にしておくべきでした。戦士は人を殺さないと、決して一人前にはなれない」

「だ、だから王を殺して、自分が軍を変えようとしたのか!?」

「ええ」


 ヴェイジルの顔が、醜く歪んだ。


「ことここに関しては、お褒めいただきたいぐらいですよ、リータ殿下。今やミツミル国軍は、見違えるようになりました。それがたとえ家族や女子供だろうと、もはや誰一人として、我が軍に人を殺すことに躊躇いの有る人間はおりません」

「……ッ!」

「ミツミル国は、あの時より戦士の国となった。俺のやったことは、何も間違っちゃいません」


 リータの唇が震えている。言い返せないことに愕然としているのではない。あまりにも違った価値観に感情が追いついていないのだ。

 リータの目に、ユラリと黒い炎が揺れる。


「あ、そのことなんだけどよ」


 しかし、そこに間の抜けた声のベロウが突っ込んだ。


「オレ様、一つ質問があります。いいスか、センセイ」

「……許可しよう」

「あんがとさん。……センセはさ、王と王妃を殺して実質ミツミル国のトップになったわけじゃん。でもさぁ、そこでなんでノマン王国の下についたわけ?」

「……」

「だってノマン王国っていやぁ、大国サズから独立した小せぇ国だろ? いくら土地が肥えて豊かだっつっても、わざわざ王と王妃を殺したお前が新興国の手下になる理由がわかんねぇんだよ。むしろそんなに素晴らしい軍に仕上げたっつーんなら、ノマンに戦争を仕掛けて支配しても良かったんじゃねぇの?」


 ヴェイジルの目が険しくなる。答えず剣を向けたままの男に、ベロウはやれやれと首を振ると人差し指に宝珠を乗せて回してみせた。


「聞いたよ。お前、めっちゃ人を殺すらしいじゃん?」

「……」

「それこそ、敵味方関係無しに。オレ様フーボ国の出身なんだけどね、オメェんとこから逃げてきたっつー男から話を聞いたことがあるよ」


 まあ、実際に話を聞いていたのはババアなのだが。


「少しでも気に入らなかったら、敵味方見境なくあっさり命を奪うんだって。……でも、そんな噂はソイツの口以外からはついぞ聞いたことがねぇ。なんでだろうな」

「……」

「当ててやろうか。お前、ノマンの王様に自分の殺人を握り潰して貰ってんだろ」


 リータは、ここでヴェイジルの目の縁がひくりと痙攣したのを見逃さなかった。


「もしかしてお前、ずっとそうやって生きてきたんじゃねぇの? 誰かお偉いさんの下について、ドサクサに紛れて人を殺しては尻拭いしてもらってきんだ。教えてやるけどよ、そんなに殺してぇなら野盗にでもなりゃ良かったんだ。お前ほどの奴が野盗になったら、ぶっちゃけ誰も敵わねぇ。望み通りに殺し放題になってたろうよ」

「……俺に、そんなものに成り下がれと?」

「そんなもの、ねぇ。ってことは、お前さんが“生きていく”には、戦士とかそういう肩書きが必要だったってワケだ」


 その言葉に、ヴェイジルはベロウを睨み付ける。しかし、サングラスをかけたベロウの目は一切の心情をヴェイジルに明かさない。

 ただ淡々と、彼はヴェイジルを看破していく。


「お前という奴は、軍大臣という身分が何より大事な人間なんだ。人を殺したいなら、処刑人になればいい。内臓を見たいなら、医者になればいい。でもそうしないのは、お前が軍大臣という立場に固執しているからだ。聞こえが良くて、でも最終的な責任を取らなくてもいい立場にい続けたいからだ」

「……黙れ」

「黙らねぇし、何回でも言ってやるよ。お前は、地位を維持したまま肝心の責任を他の奴に丸投げしていたいんだよ。そんでまた殺しては、他のやつに尻拭いを頼むんだ。……結局お前はさ、人を殺すのも国を転覆させるのも、何一つ自分で責任を負おうとしていない」

「……!」

「そういう意味では、やっぱリータは王の器だよ」


 名を呼ばれたリータは、ハッとベロウを見た。


「なぁ、正直に言えよ」


 ベロウは、片方の口角を上げて皮肉めいた笑い方をする。


「戦士を強くしたかったんじゃねぇ。軍大臣としての地位を高めたかったんだと。人を殺せる戦士を作りたかったんじゃねぇ。自分が人を殺したかったんだと。……認めろよ。自分は、誰かの傘がねぇと、自分のやりてぇことすらやれねぇ臆病者だってことをさぁ」

「誰が……っ!」


 ヴェイジルが動く。リータが叫んだが、その時既に彼は飛び出していた。


「誰が臆病者かァッ!!」


 剣の切っ先は、まっすぐベロウの心臓へと向かっていた。

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