11 差し出した宝珠

「おいおいおい、宝珠ってなぁ一つじゃなかったのか?」


 ベロウは二つの宝珠に近づき、しげしげと眺める。それにリータは肯首して答えた。


「はい、そのはずです。父が以前持っていたのも、右にある黒い宝珠だけでした」

「ってことは、黒いのが力の宝珠ってわけかね。じゃあ透明のは何よ」

「分かりません。でも……」


 そろそろとリータが黒い宝珠に手を伸ばす。指先で軽く触れると、そこから黒い波紋が広がった。


「魔力は、この黒い宝珠にしか感じません。とにかく、これがあれば僕は力を手に入れられる……!」


 魅入られたかのように宝珠に手のひらを押し付け、リータは呪文を唱え始める。それに伴い、黒い煙が彼の手に巻き付き這い上がり始めた。

 リータは苦しそうに顔をしかめている。だが、その時であった。


「リータ!?」


 突如、彼の腕と足に毒々しい色をした蔓が絡みついた。蔓は一瞬にして彼の体を縛り上げると、全身を拘束する。


「くっ……!」

「ああ……ご無沙汰しております、王子」


 入り口に広がる暗闇から、低い声が響く。その大柄な男はリータの元へ足を進めると、ニヤニヤと笑いながら見下ろした。


「なんとまあ、お母様に似て美しくなられて」

「……ヴェイジル……!」

「これはこれは。お名前まで覚えてくださったとは、光栄でございます」


 ――何故、ここに。

 一礼するヴェイジルを視界に収めたリータの目が、一瞬にして怒りの色に染まる。それを興味深げに覗き、ヴェイジルはハテと首を傾げた。


「……思いの外、気持ちの良い目をされておいでですね。もっとドス黒く、憎しみに満ちた感情を向けてくださると思っていたのに」

「……答える義理は無い。慇懃無礼な言葉で煙に巻こうとするくらいなら、早くこの縛を解け」

「ふむ」


 ヴェイジルの視線がリータから外される。その先には、気配を消して床を這うベロウの姿。


「……何かいるようですな」

「おぅわっ!?」

「師匠!」


 ヴェイジルの剣が振り下ろされるも、間一髪ベロウは避けた。そのまま彼は一気に扉の元まで走り、少し突き出た壁を盾にして身を隠す。

 ヴェイジルの舌打ちが聞こえる。ベロウは心臓をバクバクさせていた。

 ――何アイツ。怖い。そもそも自分はミツミル国兵の鎧着てたってのに、なんでアイツは躊躇い無く剣を向けてきたんだ?


「……王子、よもやあれが師匠とやらではありませんよね?」


 ヴェイジルは、少々呆れたような口調で言った。


「僭越ながら意見させていただきますが、師事する者は選んだ方がよろしいかと」

「口を慎め。彼はお前とは比べものにならないほど、立派なお方だ」

「ほう、弟子を残して逃げるような男がですか?」

「お前はあの人をみくびっている。あまり人を舐めるなよ」

「……?」


 さて、向こうは何やらごちゃごちゃ言っているが、もうオレ様には関係無い。元々ヤバくなったら逃げる算段だったのだ。リータとババアにゃ悪いが、ここはとっととトンズラして――。


「……なるほど」


 ヴェイジルの声が、愉快そうに跳ねる。


「あのコソ泥、宝珠を盗んでいったか」


 オレ様のバカーーーーーーーッ!!!!


 んもう、バカバカバカ! なんでオレ様の手元にピカピカの玉が二つもあるの!? 盗んじゃったの!? なんでよ、あの流れだと絶対残しておいた方がいいじゃん! ああ無意識に出ちゃったオレ様の火事場泥棒の性が恨めしい! ほんとオレ様のバカ!

 ええい、こうなりゃ仕方ねぇ! 大人しく宝珠を差し出して、どうにか許してもらうとするか!

 そう画策するベロウだったが、堂々たるリータの声にまたピタリと動きを止めた。


「そう! 熱く燃える正義感と抜け目の無さ! これにかけて、師匠の右に出る者は誰一人としていないんだ! 更に彼は、百枚舌の異名を持つ男……! 宝珠を手にした師匠は、超絶怒涛の交渉術で他国に掛け合い、必ずやお前を打ち倒す盟約を結ぶことだろう!」

「何だと?」

「見ていろ、ヴェイジル! ここで僕がお前に殺されても、大軍を率いた師匠がお前を打ち倒しに来るぞ!」


 そんなことしないよぉーーーーーっ!!!!


 何? なんでお前の中でオレ様の評価そんなに高いことになってんの? もはや信仰の域じゃね? 信仰料取るぞ。くれよ。

 いやいやいやいや、大体オレ様が敵うわけねぇだろうが。だって見てみろよ、あんな血のついた大っきい剣持って。オレ様虫のように殺されちゃうよ? 秒だよ、秒。

 ああババア、早く来てくんないかなぁ。このままだとオレ様とリータが殺されちゃうよぉ。


「……」


 ――待てよ。

 ――アイツにとっては味方しかいないはずのこの城で、なんで剣に血がついてんだ?


 ベロウの頭の中でぐるぐると情報が巡る。遠征していたはずのヴェイジルがここにいる理由、剣に付着した血、クリスティアが未だここに来ないこと。それら少ない情報から、彼は無理矢理一つの推測を導き出した。


「……よお、兄さん」


 鷹揚な声に、ヴェイジルは咄嗟に剣を構える。しかし、そこにいた男は何故か鎧を脱ぎ、サングラスをかけていた。


「……!?」


 いや、重要なのはそこではない。

 ベロウの右手に掲げられていたのは、完全なる球を持つ美しき水晶玉だった。


「おーっと、オレ様に手出しはしない方がいいぜ。お前さんが攻撃しようとした瞬間、オレ様はこいつを床に叩きつけて割ってやる」

「……バカめ。それはその程度で割れるような代物ではないわ」

「ふぅん、そんじゃ試してみよっか」


 ベロウはパッと宝珠から手を離す。すぐさま器用に手の平をひっくり返してキャッチしたが、その一瞬のヴェイジルの表情をベロウは見逃さなかった。


「ほらー、そんな顔されたらもう何の説得力も無いよね。変な見栄張んなって」

「……」


 こちらを睨みつけるヴェイジルの左手からは、鞭のように伸びた蔓。その先には、リータが拘束されている。

 そんな彼らに相対するベロウは、ため息まじりに言った。


「まあご想像の通りだとは思うけどさ、オレ様はここでお前さんに交渉をしたいわけよ」


 ベロウはこう考えていた。

 ……恐らく、自分達はあえて泳がされていたのだと。でなきゃヴェイジルがここにいることも、簡単過ぎるぐらいに侵入できたことにも説明がつかない。そしてリータが扉を開けたのを見計らって、ヴェイジルは満を持して現れたのだ。

 クリスティアは倒された。ならば、もう外からの助けを望むことはできない。

 そうなると、ここで彼がすべきことはただ一つであった。


「……力の宝珠は、お前に引き渡す」

「なっ……師匠!?」

「だから、そこのボクちゃんをオレ様に返してくれねぇか」


 ――ミツミル国王家の生き残りであるリータを、何が何でも逃さねばならない。

 ベロウは、透明な宝珠をヴェイジルに向けて差し出した。

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