20 宴
ノマン王国軍が兵を引きつけている隙に、ミツミル国のヴェイジルがヨロ王とマリリン王女を狙う――。その目的が潰えたと知ったノマン王国軍は、すぐさま兵を撤退させた。
かくして、ヨロ国はノマン王国との防衛戦に勝利したのである。
急な襲撃だったにも関わらず最小限の犠牲で済んだのは、ひとえに人と魔物による連携が機能した点が大きい。それを祝し、後日ヨロ城で人間魔物入り乱れての宴会が執り行われた。
「……本来であれば、吾輩がこのような場に立つべきではない」
グラスを手に持ち、バルコニーからピィが言葉を紡ぐ。
「吾輩は、そなた達の王を守ることができなかった。ヨロ王を……目の前で死なせてしまった」
うつむく魔王。だがそんな彼女の隣に、背筋の伸びた男が立った。
「しかし、見事こうして蘇ったのである! 皆の者、見るが良い! そなた達の王は二本の足でどこまでも歩けるようになり、剣も振るえ、ついでになんと死ななくなったぞ!!」
「うおおおおおヨロ王ーーーっ!!」
「さすがだぜ我らが王ーーーっ!!」
「さぁ私が許す! 今日は存分に食べ、飲み、歌いたまえ!!」
「おおおおおおおーーーっ!!」
ピィの魔法で今やゾンビ族の魔物となったヨロ王が、高くグラスを掲げた。それに続く大歓声に、ピィは遠い目をする。
……正直、大非難を受けることを覚悟していたのだ。それだけに、国民のこの受け入れっぷりはピィにとって予想外だったのである。どんだけ慕われてんだ、この王。
何はともあれ、新生ゾンビ王として爆誕した彼のもと人と魔物はグラスをかち合わせ(魔物は大体割った)、食事を楽しみ始めた。場内は明るい喧噪に満ち、羽が生えた魔物は楽しそうに空を飛び回っている。
「ふふ。それにしても、お父様のこんなに元気な姿を見られるなんて何年ぶりでしょう」
王女のマリリンが、目を細めて愛する父を見つめている。それに妻のマリアと踊りながら元気溌剌グーサインで返すヨロ王に、ピィは引きつった笑いを浮かべた。
――あの時の自分は、ヨロ王の死に、そして嘆き悲しむマリリンの姿に頭が真っ白になっていたのだ。そうして気づいた時には死体の隣に座り、傷口から見える血管からありったけの魔力を注ぎ込んでいたのである。
血管を通った魔力は全身を巡ってやがて心臓に行き着き、“コア”と呼ばれる魔力を伴った魔物の心臓にあたる臓器に変化させていく。
そして、ヨロ王はギョロリと目を覚ました。
「しかし、それで誰でもゾンビになれるかと言えば、そうではありません」
ぼーっとしているピィに代わり、ルイモンドがマリリンに補足する。
「大量の魔力を消費する他に、適性というものがありますからね。加えて例えゾンビ化がうまくいっても、その過程で知性及び人格を失うことも珍しくない。故に、こうまで上手くいったのは奇跡に近いのですよ」
「まあ、そうだったのですか。では……」
マリリンは、ピィを囲んでキャッキャと飛び跳ねる者たちに目をやった。
「――あちらの皆さんも、大奇跡の産物というわけなのですね」
「うおおおおー! ピィ様! ヴェイジルの野郎に殺されたオレ達を助けてくださってありがとうございます!」
「これからは魔王様についていきますぜー!!」
「よろしく頼むぜー!!」
頭を抱えるピィの周りでは、ミツミル国の鎧を着たゾンビ達が踊り狂っていた。
――いや、まあ、確かに魔力をゾンビ化を施したのは吾輩だよ。張本人だよ。
それでもまさか、全員ゾンビ化するなんて思わないではないか。
「戦力が増えて良かったですね、ピィ」
「これそんなポジティブに捉えていい話なのか?」
ゾンビ化の際に大量の魔力を消費し、回復しきっていないピィはぐったりと椅子にもたれていた。
他方、ピィの他の部下達はちゃっかり人間に混じり宴を楽しんでいる。
「おう、バリュマ! これ食ってみろ、これ!」
「へえー……魔国名物モロモロドリの魔草包みですか。とても美味しいですね、ガルモデ軍隊長」
「だろ!? そんでこいつぁゴッポポガエルってんだ! 食ってみろ、触手乱れ飛ぶぐれぇうまいぞ!」
「触手乱れ飛ぶ!? うわ、これすか!? 見た目紫だしブクブクに膨れ上がっててエッグいな……! で、でも試しに……!」
「どうだ? どうだ?」
「……ああああっ本当だ、美味しい! ほっぺが落ちそうなぐらい美味しい!!」
「ほほほほっぺが落ちそう!? おい、しっかり気を持てよバリュマ! ニャグ爺、怪我人が出たぜ!!」
「くだらぬ事で呼び出すな、ガル坊! 人間のほっぺはちぎれてもすぐ生えてくるから問題無いのじゃ!」
「なーんだ、そうか。驚いて損したぜ!」
「そんなことないですよ!?」
「うみゃうみゃうみゃうみゃ! ニャニャ達これならいくらでも食べられるにゃー!」
「みょみょみょみょーっ!!」
こうして、特に大きなトラブルが起きるでもなく賑やかに進んでいたのである。最初は魔力の尽きたピィを案じ隣にいたルイモンドも、「せっかくだから楽しんでこい」という彼女の言葉にガルモデの所に行き、共に酒を楽しんでいた。
マリリンもヨロ王と踊りに行っており、ピィの周りだけポカンと静寂の空間ができている。そうやって賑やかな場をぼんやり眺めていると、ふいに背中から声をかけられた。
「お疲れ様です」
クレイスである。ピィは気怠げにテーブルに肘をついたまま、返した。
「どうした、ミイラマン。お前は此度の功労者の一人だろう。抜けてきて良かったのか?」
「ええ、少しピィさんと話したくて」
「……場所が寝室じゃないのは珍しいな」
そう冗談まじりに言いクレイスを振り返り、深いグレーの瞳にギョッとする。いつもの珍妙なストールはどこへやら、彼は自然に顔を晒していた。
「お、おい、いいのか? 顔を隠してなくて。みんなに見られたらまずいんじゃないのか」
「今は誰も俺のことなど見ていませんから、大丈夫ですよ」
「ええー」
「……それよりピィさん、一つ聞きたいことがあるのですが」
手を取られる。その拍子に、彼の胸にチラリと赤いペンダントが覗いた。
「……貴女はまだ、“千枚舌”の俺を信用ならずとお思いですか?」
それはクレイスにしては、珍しく切羽詰まったような声だった。
「……いや」
だから少し迷ったものの、ピィは本音を吐露することにしたのである。
「正直な所を言うと、今はだいぶお前を信用し始めてるよ」
「……」
「此度の戦争において、お前の思い切った提案が無ければ、味方陣営に取り返しのつかない被害が出ていた。それだけじゃない。先も言ったように、お前はヨロ国との国交を結ぶにあたり重要な役回りをしてくれただろう」
「……そうですね」
「そのどれもこれも、ヨロや魔国を狙うノマンにとっては痛手のものだったと思う。もしお前がノマンからの間者だというなら、これはやり過ぎだ。……何度か吾輩の命を救ってくれたことも含めてな」
「つまり今なら結婚できると」
「するわけないだろ、飛躍するな。というかなんでお前そんなに吾輩と結婚したいんだよ」
「……ふふ」
あ、笑った。
だがピィは、そのクレイスの笑みに何とも言い難い寂しげな気配を感じ取った。
「……では、ピィさんは、今の俺なら多少信じてくれるというのですね」
「まあ、な」
「でしたら、今から俺は“ピィさんが信用してくれたクレイス”として、貴女に進言いたします」
クレイスの整った顔が、ピィに迫る。掴まれた手に、力がこもった。
「――ピィさん。貴女はどうか、二度と俺の言葉を信じないでください」
「……何?」
あまりにも突拍子の無い発言に、目が点になる。けれどクレイスは構わず続けた。
「今からの俺は、貴女の敵となります。敵として貴女の命を狙い、敵として貴女を討ちにきます。だからどうかピィさん、忘れないでください。次に俺が貴女に会いにきたとしても、それは罠です。どんな甘言でも乗らず、全力で抵抗し逃げてください」
「……敵って……! ちょっと待て! お前こちら側についたんじゃなかったのか!?」
「ええ。俺はずっとピィさん側の人間ですよ」
「ならどうして」
「……」
その問いに、クレイスは苦しそうな顔をした。
「……言えないのか」
「……今は言えません」
「事情を説明しろ! つまりなんだ、お前はノマンのスパイだったのか!? 吾輩に取り入ったのも全て作戦、ただの茶番で……!」
「そんなわけ……そんなわけないでしょう!」
それは、初めて見る表情だった。クレイスは泣きそうに歪めた顔を見せぬよう、うつむいた。
「……失礼しました」
「……」
「……ですが、いずれにせよ……俺が敵になるだけで、ピィさんのやる事は変わらない。貴女は引き続き、ノマンを討ち取るために動くだけです」
「……それはそうだ、が」
「けれどもし、ノマンの先手を打ちたいと貴女が願うなら」
ピィの手からクレイスの手が離れる。彼女の手のひらには、一枚の紙切れが残されていた。
「……そこに書かれている人を訪ね、守ってあげてください。急がないと彼らは、ノマンの手により殺されてしまう」
「……」
「そしてこちらも、貴女に」
クレイスは自分の首に手を回し、かけていたペンダントを外す。そしてそれをピィの首にかけた。
「俺の大切な人の形見です。きっと貴女を助けてくれます」
「……そんなもの、貰えない」
「俺だと思って大事にしてください」
「その言い方だと窓から放り投げるしかなくなるんだが」
ふいに軽口が出て、またクレイスは微笑んだ。だがその時、にわかに広間の一部が騒がしくなり始める。
「……もう時間のようですね」
「時間?」
「はい。俺は行かねばならない」
「行くってどこへ」
「……」
ピィのいる場所にマリリンが走ってくる。それに気を取られていると、クレイスが耳元で囁いてきた。
「……ピィさん。あの時、俺の名を呼んでくれてありがとうございました。それだけで、俺は本当に報われたんです」
その言葉にピィは振り返る。だけどもうそこには誰もいなかった。
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