21 ペンダント
「クレイス?」
名を呼ぶ。
――あの時ってあれか。ヴェイジルから攻撃を受けた時か。
別に名を呼ぶことを出し惜しみしていたわけじゃない。でもお前、途中からミイラマンになってただろ。
「クレイス!」
しかし、何度呼んでもピィの呼びかけに答える声は無かった。
そうこうしているうちに、息を切らせたマリリンが近くまで来る。ピィは慌てて、クレイスから貰った紙切れをポケットに突っ込んだ。
「ピィちゃん! すいません、大変なことが起こりました! すぐに私についてきてください!」
「大変なこと?」
「ええ!」
ピィの手を取るなり、マリリンは走り出す。相当動揺しているのか何度も転びかけ、そのたびにピィが支えてやった。
「何が起こったんだ、マリリン! 先に事情を説明してくれ!」
訳も分からず急かされ、とうとう痺れを切らしたピィが尋ねる。しかし、それでもマリリンは足を止めなかった。
「……盗まれて、しまったの……!」
「盗まれたって……な、何が?」
ここでようやくマリリンが振り返る。途切れ途切れの声に悔しさと悲しさを滲ませ、彼女は言った。
「我が国の国宝――“知識の宝珠”が、何者かに盗まれてしまったんです……!」
「……何?」
ピィの頭の中に、クレイスの寂しげな笑みがよぎった。
「せっかくの宴だというのに、すまない魔王殿。急を要する事態となってしまった」
玉座の間には既にヨロ王がいた。ゾンビになったというのに、その顔はどこか青ざめている。
「ありえない事が起こったのだ。我が国の宝珠が、よもや盗まれるなど……」
「お父様、今は早く隠し部屋の元に」
「あ、ああ、そうだな」
ヨロ王は頷くと、玉座の後ろに回り何やらボソボソと呪文を唱える。すると嘘のように床が消え失せ、隠し部屋へと続く人一人通れるだけの階段が姿を表した。
「……まだ君には、宝珠の説明をしていなかったな。宝珠とは、各国に預けられそれぞれ強大な力を持つとされるエネルギーストーンを指すのだ」
ピィを階段に誘い、ヨロ王は言う。
「宝珠の元々の始まりは、かつてこの大陸を統べた“勇者”の力の一部だとされているが……なんせお伽話ほど昔の話だ。真のところは分からない」
「とにかく、それが盗まれてしまったと」
「うむ」
長い階段を降りていく。心なしか、酸素が薄いように感じた。
「……その中でもヨロ国は、勇者の仲間であった賢者により建国されたと言われていてな。故に、その宝珠は“知識の宝珠”――まさに世界にある全ての知識が詰まったものだったのだ」
「全ての知識……」
「そう。……それに触れて呪文を唱えるだけで、超巨大な図書館へ繋がる異空間へと飛ばされる。実は我が国の魔法科学は、その異空図書館の書物を読み解いて発展してきたものでな」
「え?」
扉を開ける。しかしそこにはぽつんと台座があるだけで、他には何も無かった。
「……こうして改めて事実を目の当たりにすると、やはり苦々しいものがあるな」
「だ、だがヨロ王。なんでそんな大切なものを盗まれるような場所に置いておいたんだ。言っちゃなんだがここでは、場所さえ知っていれば誰でも……」
「ああ。場所と呪文さえ知っていれば、誰でもここに入る事ができる。だからこそ、私と娘のマリリンしか知らないはずだったのだ」
だが、破られたとなると――とヨロ王は顎に手を当てる。
「……私たち以外に、呪文を知っていた者がいたということになる」
「いるのか? そんな者が」
「一人だけ。……前ヨロ国王の長男にして、王位継承権一位の男。私の兄である、ダークス・ヨロロケルという者だ」
「じゃあ犯人はそいつで決まりじゃないか。そのダークスとやらは今どこに?」
「ここにはいない。数十年前に、国を追放されたのだ」
ヨロ王は、悲しそうに目を伏せた。
「宝珠の書物を外に持ち出そうとした咎で、目を潰されてな」
聞けば、マリパの兄であるダークスは元々知識欲の強い人間で、王位継承にも興味はなかったらしい。
彼は宝珠の持つ知識にとりつかれた。王族の業務などそっちのけ。日がな一日異空図書館へとこもり、書を読み耽っていたのである。
『なぁマリパ。俺はね、知識というものは独占するべきものじゃないと思うんだ』
宝珠の持つ知識には当然人の命を脅かすものも存在していた。故に犯罪の増加を恐れた代々の王により、その一切を秘匿されていたのである。
しかし、年の離れた兄はそれが大層不満だったらしい。
『知識が無くったって犯罪は起きる。つまり道具と同じでさ、使う人間によって毒にも薬にもなり得るんだ。じゃあ変わるべきは人間の方で、薬になるのならどんどんみんなと共有すればいいと思うんだよ』
『……よくわかんない』
『お前まだ五歳だもんなー』
そう言って笑って頭を撫でてくれた兄の大きな手を、マリパは未だ覚えている。
だが再三に渡るダークスの訴えを、当時の王は退けた。長い歴史の運用を変えるなど、そう容易いことではない。
けれど、ダークスはどうしても諦めきれなかった。そしてあろうことか、彼は書物を書き写してはこっそりとその知識を民衆に流し始めたのである。
「……今振り返ってみても、もっと別のやり方があったのではないかと思う」
ヨロ王は腕を組み、難しい顔をして言った。
「兄の流した知識によって、一気にヨロ国の魔法科学の研究は進んだ。しかしそれに伴って事故も多発し、また知識を悪用する者も出てきた。……残念なのは、それが悪目立ちし全ての責任が兄に向かったことだな。当時の王――私の祖父は激怒し、兄の目を抉って勘当を言い渡した」
「……だからそのダークスとやらが、ヨロ国を恨んで盗みに入ったと?」
「……」
少し間があった。しかしヨロ王は、首を横に振る。
「分からない」
頼りない言葉であった。
「私には、兄が……ダークスが、悪い人間だと思えない。もっとも、兄弟の情が判断を鈍らせているだけかもしれんがな。だが今になって宝珠を求めるとなると……もしかすると、本当に彼はこの国に復讐するつもりなのかもしれない」
「……」
「先ほども言ったように、ヨロ国は異空図書館のお陰で大いに発展した。だからそれがもし、ノマン王国に渡ったらと思うと……」
ここでふと、ヨロ王は顔を上げる。そのギョロリとした目はピィの胸元に向けられており、みるみるうちに驚愕に見開かれた。
「……魔王殿っ! それは、一体どこで……!」
「え、なんだ? こ、このペンダントのことか?」
「そ、そうだ! 何故君がこれを……!」
ヨロ王は赤い宝石の嵌め込まれたペンダントを掴むと、歯を食いしばってうつむいた。
「これは……兄のものだ……!」
「え」
「これは、母が兄さんに贈った唯一の形見なんだ……!」
ピィの心臓が、ドクンと大きく音を立てた。
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