第6章 魔王城防衛戦
1 情報交換
「まずは重湯にゃー!」
「……え? 猫が喋っ……え? あ、魔物!? 待て、なんでこんなところに……!? いや、それより……!」
ベロウはべちゃりと床に転がる。全く体に力が入らないことに驚いたが、構わず這って前進した。
「……クレイスは、ノマンを殺す気だ……! オレ様が、行ってやらねぇと……!」
だが、頭の中でもう一人の自分が囁く。……自分ごとき、行ってどうなるというんだ? ノマン殺しに加担するとでも?
――違う。本当なら、あの時に止めてやらねばなかったのだ。人殺しではない別の方法を、クレイスには差し出してやらねばならなかったのだ。
何せ相手は一国の王である。それを殺して、アイツが生きたまま許されるとはとても思えない。だが、クレイスはそれ込みで覚悟しているのだろう。
とんでもない、アイツにゃ山ほどの恩を貸しているんだ。こんなに早くくたばられたら困る。
そうだ、偉くなったアイツから、自分はまだ一滴も旨い汁を吸ってねぇ。
「どこ行くにゃー!」
「ごぶっ!」
しかし、ベロウのセンチメンタルな匍匐前進は、ニャンニャン医療隊によりあっさり阻まれた。
「離せっ、猫ちゃん達! あ、ふわふわ最高……いやだからオレ様行かねぇといかなくて……! あ、毛並みすげぇ手が埋まる」
「今は絶対安静にゃー! にゃー!」
「この猫ちゃん達め……! クソッ、愛くるしいじゃねぇか……!」
「まあまあまあ!」
猫ちゃんに埋まるベロウを、マリア王妃が救出する。ベロウは深呼吸すると、彼女に向かって頭を下げた。
「すんません、綺麗なお姉さん。助けてくれた所悪ぃんですが、オレ様すぐに行かにゃならねぇ所があるんです」
「そんな、医療隊さんの一匹をしっかり抱っこした状態で言われても……」
「リータはどこですか。アイツなら、この状況を簡単に説明してくれるはずです」
「リータ王子なら、今は私の息子の元におります。伝令の者を走らせておりますので、おって連絡が来るでしょう」
「え、息子? まさかお姉さんって子持ち人妻?」
「それよりベロウさん。魔王様があなたとお話ししたいとのことですが、よろしいでしょうか」
「え、魔王様? なんで?」
次から次へと情報が入ってきて、全く頭が追いつかないベロウである。しかし戸惑っている間に、目の前にドでかい水晶玉が運ばれてきた。
促されるままに中を覗いてみると、今のクレイスより少し年下ぐらいの若い女の子がこちらを見返していた。
――月の光を宿した髪色に、真っ赤な目。いつかの方クレイスの姿を思い出したベロウは、ハッと息を呑んだ。
「アンタは……!」
「……やあ。ミツミルの城で会って以来だな、ベロウ=チンピラ」
「いや、チンピラ部分名前じゃねぇんだわ」
嬉しくない勘違いを即座に訂正する。女の子は一瞬年相応の驚き顔を見せたものの、すぐに真顔に戻った。
「すまん、訂正しよう。ベロウ殿だな」
「おう、嬢ちゃんは?」
「吾輩は魔物を束ねる王、ピィフィル=ミラルバニだ。あなたの目が覚めたと聞き、こうして急ぎマリア王妃に繋いでもらった」
「魔物を束ねる王……って、ええ!? 魔王って嬢ちゃんのこと!?」
「ああ、うん。最近代替わりしてな」
通りでやけに尊大な態度なわけである。ベロウは納得したが、しかし何故彼女が自分に会いたがるのかは未だ不明であった。
「……実はあなたが寝ていた一週間、寝言でクレイスの名を呼んでいたのを王妃が聞いていてな。もしあなたが奴について何か知っているなら、ぜひ教えて欲しいんだ」
「お、教えるって……。なんで魔王様があのガキのことを知りたがってんだよ」
「なんで……と言われると、話が長くなるんだが」
猫ちゃんを抱えて警戒心を剥き出しにするベロウに、ピィは困ったように息を吐いた。
「そうだな、あなたは一週間の眠りから覚めたばかりだ。まずは状況から説明した方がいいか」
「お、おう。頼むぜ」
「あなたの今いる場所は、ヨロ国。知っているかもしれんが、目下ノマン王国とミツミル国と交戦中だ」
「はぁ……」
「で、魔国はヨロ国と半年ほど前に同盟を結んでいる。いわば吾輩はヨロ国の味方だ。ここまではいいな?」
「はい」
「それで……まあ、肝心のクレイスのことなんだが……」
そこから少し時間を使い、ベロウはピィからこれまでのクレイスの話を聞いた。ノマン王国へ侵攻する直前の魔物軍の現れたこと、何故か魔物軍に入ったこと、ヨロ国との同盟を結ぶ為に尽力したこと、共にノマン軍を退けたこと、ヨロ国の宝珠を奪って姿を消したこと……。
一通りの事情を飲み込んだベロウは、通算五匹目になる猫の魔物をマッサージしながら頷いた。
「つまり嬢ちゃんらは、クレイスからリータの話を聞いて、オレ様達を探してたってわけか」
「ああ。もっとも、僅かに間に合わず宝珠は片方奪われてしまったけどな」
「いや、嬢ちゃんらが来なけりゃ命も宝珠も無かったよ。ありがとな」
「……」
ピィは複雑そうな顔をしていたが、頭を振って気持ちを切り替えた。
「と、そういうわけなんだ。今までのクレイスは、我々にとって味方か敵なのかいまいち判断がつかなかった。しかしベロウ殿の……」
「ベロウでいいよ」
「ありがとう。ベロウの言葉を聞くに、クレイスはどうもノマンを屠りたいらしい。そしてもしそうなら、奴と吾輩らの目的は一致することになる」
ピィは、言葉に力を込めた。
「今我々はノマンを打ち倒すために情報を集めている。しかし状況は芳しくない。だからこそ、ノマンの側近にまで上り詰めたクレイスを仲間に引き入れたいんだ。彼の立場と今まで集めた情報を得られれば、俄然こちらが有利になるからな」
「……うーん」
「なんだ、まだ不審な所があるか」
「不審な所っつーか」
いくつかあるが、とりあえず最たるものはこれである。ベロウは新たな猫ちゃんを抱えると、ふわふわの毛に顎を埋めた。
「どうしてそこまでアイツを信用しようとするんだ? 話を聞く限り、結構嬢ちゃんはクレイスに騙されてきたんだろ。また騙されるなんて思わねぇのか?」
「……そ、それは」
「何か根拠でもあるのかよ」
「……」
少し身を引く魔王。その拍子に、首から下げた赤い宝石のペンダントが目に入った。
おい待て、それってクレイスの……。
だがベロウがそれを指摘する前に、ピィは口を開いた。
「……アイツは、かつて自分のことを“吾輩側の”人間だと言った。そしてその言葉通り、肝心な時には助けてくれた」
「……」
「だ、だから、その……少しは信用できる所があるんじゃないかな、と思うんだ。もちろん全部じゃない。ほんのちょっとだけ、だがな?」
そうもごもごと言う魔王の頬は、ほんのりと赤らんでいるように見えた。
……。
……これ。
これ、まさかあれか?
オレ様が昔言った、『女は一人に絞って口説け』をクレイスが実行した結果なのか?
え、だってあのペンダントってめちゃくちゃ大事にしてたやつだもんな。それをあげてるってことは、つまりそういうことだよな。
……え? そういうことなの?
アイツ、よりにもよって魔王様口説いちゃったの?
果敢過ぎねぇ?
いや、うん。でもそういうことなら理解できる。この嬢ちゃんも、なんやかんやでクレイスのことが好きなのだ。だからクレイスを助け、仲間にしたいと思っているのだ。
そしてそれならこちらとしても都合がいい。なんたって、オレ様としても奴を助けなければいけないからである。クソ強ぇ魔物共を束ねる魔王様が協力者になるなんて、願ってもない話だ。
「オーケー、理解したぜ」
それに加えて、彼女の月色の髪と赤目。この特徴が他にそうそういるとは思えない。きっとクレイスは、昔どこかでこの女の子に会っているのだろう。
「オレ様の持ってる情報は全部吐こう。そのかわり、嬢ちゃんもきっちりクレイスを助けてくれよ」
「……! あ、ありがとう、ベロウ!」
「アイツの未来の嫁さんの為だ、お安い御用よ」
「うん? 何か言ったか?」
「またまたぁ」
「うん?」
……さて、クレイスがノマン王国で出世するのと、魔国の王に婿入りするのと。益があるのは、断然後者と見ていいかね。
自分が知っているクレイスの情報を洗いざらい話しながら、ベロウはそんなことを考えていたのだった。
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