13 ノマンの目論見と宝珠の行方
ヒダマリとネグラは、しはらく二人でペンダントをこねくり回していた。
「ネグラ君、魔力水晶はその色によって持つ力を変えるとは把握してるよな?」
「勿論。かつその濃さが深ければ深いほど強力な魔力を持つってことも……。あ、でも、ここまで赤いものは見たことない、かも」
「俺もだ。あー割りたい。割って成分分析したい」
「絶対駄目だからな。ってかこれあれだろ、お前のおばあちゃんの形見なんだろ。よくもまあそんな大事なものを割りたいとか……。ん、何だこれ。あ、ここから魔力を注げるようになってる」
「おー、早速やってみてくれ」
「別にいいけど……」
「頼むよ。俺は魔法を使えないんだ」
「へぇ、珍しいね」
「まぁな。だから俺が魔法を使いたかったら、魔道具に頼るしか無いんだよ。まあその辺は、非力だからって武器を使う君なら分かるだろ」
それもそうだ。なんだ、僕たち似た所もあんじゃんか。
小さな穴の開いた部分に、慎重に魔力を注ぎ込む。やがて赤い魔力水晶は、軽い音と共に真っ二つに割れた。
「うわ、ネグラ君!?」
「あ、いや、これでいいんだよ。元々割れるようになってたみたい」
「そ、そうか。それならいいが……。ん? 何か入ってるな」
ひらりと足元に落ちたのは、写真と一枚の紙切れ。だが何気無くその写真を手にしたヨロ王が、驚きの声を上げた。
「なっ……兄さん……!?」
そこに写っていたのは、沢山の子供たちに囲まれる両目に傷を負った老年の男。そして、その端っこに隠れるようにして……。
「おい、こいつクレイスじゃねぇか?」
「どれどれ。……うわっ、この生意気そうな子供は絶対に奴ですね! しかし、随分と幼いようですが」
「ヨロ王、この写真について何か知らないか? まただいぶ古い写真だぞ」
「……いや、これについては知らない。ただ……ああ、そうか」
ボロボロの服を着た黒髪の男の子にしがみつかれた兄を見て、ヨロ王はギョロリとした目を僅かに潤ませた。
「兄は、このような年になるまで生きていたのだな。子供たちに囲まれるような場所で……。そうか……私は、もしや死んでしまったのかと……!」
「お父様、感傷に浸られるのは後にした方がいいかと。それより今は……」
ヒダマリは、実の父を容赦なく押し退け紙切れを手にした。
「こちらに注視すべきです」
「……これは、本の切れ端?」
「あ、ってことは……!」
マリリンが本を持ってくる。そして、兄から紙切れをひったくって下に添えた。
「これで、続きが読めますわ!」
今度はマリリンの元に皆が集まってくる。彼女は、文献を眼鏡の高さまで持ち上げた。
「……“古のモノ”を封ぜし宝珠は、五つに分かたれた。
不老不死を封じた宝珠は、サズエルに。
大いなる力を封じた宝珠は、ミツミルスに。
無限の泥を封じた宝珠は、フーボシャヌに。
恐るべき知識を封じた宝珠は、ヨロロケルに。
全てを支配する波動を封じた宝珠は、ミラルバニに。
彼らの国は、宝珠を守る為に。全ての宝珠は、彼らの国を守る為に。
互いの領地を侵すことあらば、禁じられた宝珠の力を解放せんことを。
然して、決してその全てを一つにしてはならない。此れを違えれば……」
ごくりと生唾を飲む。マリリンの声は、震えていた。
「――悪夢の体現たる“古のモノ”が、再びその器に力を宿らせるだろう」
不気味な文言に、静まり返る一同。
しかしその沈黙を破ったのは、この場にいる者のうち最も単純明快な男だった。
「……なんでぇ、その古のモノってのは」
……。
……本当にな、とネグラは思った。
「さっきからずっと気になってたんだよ。ルイ、分かるか?」
「いえ。しかし『世界創造記・勇者の伝説』に出てきた、世界の全てを創ったとされる勇者……。彼こそが、実はその古のモノであったのではないかという推測はできます」
「ってことは、勇者様ってのは悪い奴だったのか」
「悪いかどうかはさておき、あまりに強大すぎる力を恐れた当時の人間に封じられた可能性は高いですね。『世界五代名工の技』に出てくる、伝説の鍛冶屋・ムキムキンが作った完全水晶。この一切の歪みも存在しない完璧な水晶には、分離させた魔力を閉じ込める力があったそうです。これを使って封じられたのではないかと」
「分離させた魔力って……。ンな難しそうなことできんのか?」
「普通はできないでしょう。ですが完全水晶の力とそれに適した呪文、誘引される魔力があれば成功するかもしれません」
「ふーん、じゃあ手段はあるってわけだ。……つーか」
「はい」
「ルイ、お前いつの間に他の本を読んでたんだ?」
「面白そうで、つい」
見ると、ルイモンドは既にお気に召したらしい本を何冊か両腕に抱え込んでいた。……目が輝いている。彼にとって、ここは天国に近しい場所であるようだ。
「しかし、この内容が真実だとしたらノマンの王はとんでもない目論みを抱いていることになる」
少し和んだ空気を引き締めるように、ヨロ王は顔を険しくする。
「全ての宝珠を集め、“古のモノ”の力をその身に取り込む。そんなことが可能なのかどうかは分からないが、覚書を読む限りでは宝珠さえ揃えばできてしまうようだ。……そうなると大変なことになるぞ。この大陸、全てが彼の手の上に収まってしまう」
「そ、それはいけないぞ! 父さんをあんな卑怯な手で殺したような奴が世界の頂点に立つなんて、あってはならない!」
「ああ、魔王殿。私も同意見だよ。彼の姿を見たことはないが、部下に成り下がった元ミツミル国大臣のベイジルの話を聞いても、ノマン王が真っ当な者だとは思えない」
ベイジルとは誰だろう、とネグラは首を傾げる。だが魔王がギリと歯軋りをしたのを見て、恐らくロクでもない奴なのだろうと判断した。
「しかし、唯一の救いは魔国の宝珠がまだノマンに渡っていないという点か」
ヨロ王は、わしわしと頭を掻く。
「まだ確かではないが、もしこの予想が真なら決してノマンを許してはならない。よって我らも全力で魔国の宝珠を守ろう」
「うむ、ありがとう、ヨロ王」
「だが、その肝心の宝珠はどこにあるのだ? 以前魔王殿に聞いても不明なままだったが……。ルイモンド参謀長、やはりああいったものは魔王城の奥深くにしまってあるのかい」
「いえ、ヨロ王。あなたの目の前にありますよ」
そう言ってルイモンドが手で指したのは、ピィであった。それにしばし硬直したヨロ王だったが、慌てて気を取り直しうんうんと頷く。
「な、なるほど。つまり肌身離さず魔王殿が持っていらっしゃるということですね? まったく、魔王殿もそうならそうと言ってくれればいいのに……」
「違いますよ。ピィそのものが宝珠なんです」
ルイモンドは、事も無げに続けた。
「もっと具体的に言えば、宝珠自体がピィの生命と同化しておりましてね。幼少の頃、人間の奴隷市場で死にかけていた彼女を、前魔王が魔物として蘇らせた。その際に宝珠を使った為、その力の全ては彼女に取り込まれることとなったのです」
「え……えええええええーっ!?」
――あまりにも、それはもうあんまりな真実に。
ピィだけに留まらず、他の者も皆叫んでいたのである。
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