12 マリリンの図書館

 マリリンの後に続き、一同はとある部屋に入る。そこに広がっていたのは、圧巻の光景であった。


「すっげぇ……!」


 壁一面の本棚と、そこにぎっしりと詰められた本。ただでさえ広い部屋であるのに、一体どれほどの蔵書が納められているというのだろう。

 何気無くネグラが横を向くと、『魔力吸引の法則』と背表紙に書かれた分厚い本があった。思わず手に取り広げてみると、詳細な図のあるページに目がとまる。その図の精緻さに、驚いた。


「すごい……! マリリン様の魔法は、絵まで転写することができるのか……!」

「ああ、そうだよ。娘は本の内容をそのまま複製できるのだ」

「びゃっ!?」

「とはいえ、これはマリリンの魔法の気質による所も大きくてね。他の者が同じ呪文を唱えてもなかなかこうはいかない」


 まさかヨロ王から答えが返ってくると思わなかったネグラは、背中を丸め一回り小さくなった。慣れない人には極端に萎縮してしまうのである。

 一方彼の上司であるピィは、ぐるりと部屋を見回し感嘆のため息をついていた。


「しかし本当に見事だな、マリリン。大した数だ」

「うふふ、ピィちゃんに褒めて貰えるなんて頑張った甲斐がありましたわ」

「だがその分、この中から目的の本を探すのは骨が折れる作業になりそうだ」

「あら、その心配なら不要ですわよ。一度転写した本なら、全てデータベースに残っていますから」


 そう言うと、マリリンは何やら呪文を唱え始める。すると彼女の目の前に真っ青なスクリーンが展開し、規則的な大きさの魔法文字がずらりと並んだ。どうやらこれが、彼女の言うデータベースらしい。


「えーと、宝珠……宝珠の文献は……」


 皆が固唾を呑んで見守る中、マリリンはパッと明るい声を上げた。


「まあ、三件ありましたわ! これは上々なのでは!?」

「三件も!? うむ、でかしたぞマリリン! して、その書物はどこにある?」

「ええと、まずは西の本棚上から四段目右から二十二冊目、そして次は東の本棚の……」

「……普通に届かんな。すまんがルイモンド、取ってきてくれ」

「はい」


 ルイモンドが部下の小鳥を呼び出し、魔王の手に本を届けてくれる。ここだけを切り取ると、まるで童話のような眺めだった。


「あ、これは読んだことがあるな。『世界創造記・勇者の伝説』」

「おぅ、懐かしいな! 昔俺がよく寝物語にピィに語ってやったもんじゃねぇか!」

「う、ガルモデめ、本当に昔の話を持ち出してきたな……。しかしこれに宝珠なんて出てきてたっけか。まあいい、次は?」

「こちらです。『世界五代名工の技』」

「んー……見た所、その名の通り職人の紹介のようだな。これにも宝珠が関係あると?」

「読んでみないことには分かりませんね。最後のこちらは……おや、これは当たりではありませんか?」


 その一言にピリッと緊張が走る。ルイモンドの手元に、皆の注目が集まった。


「『宝珠覚書』……。かなり雑な走り書きで本と呼べるか怪しいものですが、だからこそ信憑性があります。マリリン様、こちらの原本は相当古いものだったのでは?」

「あ、はい! これは最近転写をした中でも特徴的だったので、覚えておりますわ。とても薄い、ボロボロの冊子でした」

「やはり。……さて、それでは読んでみるとしましょう」


 早速表紙を開いたルイモンドの後ろから、いそいそと全員が覗き込む。ネグラは一人距離を置こうとしたが、ヒダマリに引っ掴まれてど真ん中に据えられた。


「……“古のモノ”を封ぜし宝珠は、五つに分かたれた」


 そして、ルイモンドの低い声が文字を拾っていく。


「不老不死を封じた宝珠は、サズエルに。

 大いなる力を封じた宝珠は、ミツミルスに。

 無限の泥を封じた宝珠は、フーボシャヌに。

 恐るべき知識を封じた宝珠は、ヨロロケルに。

 全てを支配する波動を封じた宝珠は、ミラルバニに。


 彼らの国は、宝珠を守る為に。全ての宝珠は、彼らの国を守る為に。

 互いの領地を侵すことあらば、禁じられた宝珠の力を解放せんことを。


 然して、決してその全てを一つにしてはならない。此れを違えれば……」


 だがここでルイモンドの言葉がピタリと途切れる。それを見る皆の首が、ぐいと伸びた。


「どうした? ルイ。まだ続きはあるだろう」

「……いえ、残念ながらここまでです」


 皆に見えるよう、彼は覚書を掲げる。


「この先は書かれておりません」

「そんなわけあるか。どう考えても続きがある書き方だったろ」

「そうは言われましても……。どうですマリリン王女、これについて何か心当たりはありませんか?」

「うう、すいません……。実は私の魔法は表紙にさえ手を置けば発動することができるので、逐一中身までは見ていないのです。何せ膨大に書籍はあるもので。……ですが転写にミスは無いので、元々落丁していたことに間違いはありません」


 頬に両手を当て首を捻るマリリンである。しかし、兄であるヒダマリには一つ思い当たる節があったようだ。


「マリリンは知らない。となるとお父様、こちらは伯父のダークスさんが破り去ったものではないんですか?」

「兄さんが、か。……無論その可能性はゼロではない。だが、これほどの内容が書かれた文献だ。我らの先祖が危険と見做し、燃やしたとも考えられる」

「いや、それは違うと思いますよ。これを危険と見做すなら、文献ごと滅却するのが順当です。それが敢えて、こんな思わせぶりな方法を取るなんて……」


 そこまで口にし、ヒダマリは黙考し始めた。会話は途切れたが、それをいいことにもう一つ疑問を抱いたピィが紙の中心あたりを指差す。


「なぁルイ。これって全部建国者の名前だよな? ヨロロケルもミラルバニも、それぞれ現王の名だ」

「ええ、そうです」

「だとしたらおかしくないか? サズエルはサズ国、ミツミルスはミツミル国、フーボシャヌはフーボ国。ノマン王国が無いじゃないか」

「ああ、それはそうですよ。ノマン王国は、二百年にサズ国から生まれた新興国なのです」

「え、そうなのか!?」


 驚くピィだったが、これはネグラにとっても初耳であった。つまり、ノマン王国は元々宝珠を持っていなかったというわけか。

 いや、もしかするとサズ国から奪った上でノマン王国を建国したのかもしれない。だけど、そうだとして国民や諸国はそれに抵抗感を抱かなかったものなのだろうか。


「うむ、ネグラ殿の言うことはもっともだ」

「ヒッ」


 またしても勝手に声に出ていたらしく、ヨロ王に肯定される。驚いたネグラは頭を引っ込めようとしたが、ヒダマリに首根っこを掴まれ阻まれた。


「夢の王国と呼ばれるノマンだがな。事実、奇妙な噂がまとわりついているのだ。王は絶世の美男子だとか、建国当初から王が替わっていないとか、国民の条件に合わない国民は即座に消されるだとか……。もしノマンの王がサズ国から不老不死の宝珠を手に入れ、その恩恵を受けているとしたら正に火の出どころといった所だと私は思うよ」

「え、えっと、じゃあその、要するに、ノマンの王が宝珠を集めてるってことは、えーと、彼もこの文献を読んだってこと、なんですかね……?」

「それだ」


 はたとヒダマリが顔を上げる。なんだろうとそちらを見ると、奴はものすごい形相をしてグニャグニャと人差し指を動かしていた。

 何その怖い癖。


「それだよ、ネグラ君。知識の宝珠を手に入れたノマン王は、この文献を見るに違いない。そして恐らく、これはクレイス氏も承知しているはずだ」

「そ、うなのか? ならヒダマリは、クレイスさんがこの書を破ったと?」

「ああ。……マリリン、君はどうしてこの書を転写しようと思った? これだけ薄っぺらであれば見つけることさえ難しかったろうに」

「え? そ、それは順番に本を取っていたら、たまたまそれに行き当たっただけで……」

「本当か? こんなに貴重な本が、偶然?」

「な、なんだよヒダマリ。何が言いたいんだ」

「……クレイス氏が事前に図書館に忍び込み、あえて覚書を置いていたと考えればどうだ」

「あ……!」


 ヒダマリの指摘に、ネグラは思わず声を上げる。

 ――そうだ。きっとそうだ。ダークスと近しいらしいあの人なら、異空図書館を解放させる呪文を知っているに決まってるではないか。

 なら、この覚書が転写されたということは……。


「ク、クレイスさんは僕らにもこの情報を伝えたかったってこと?」

「恐らくな」

「でも、これだけ渡されたって何が何だか分からないよ」

「そう、多分まだ何かある。もう一つ、彼の狙いが見えるような何かが……」

「……なぁ」


 ここで、ずっと口を閉ざしていたピィが二人の間にずいと割り込んできた。


「ピ、ピィ様。ど、どうされましたか」

「その件についてなんだが、少し見てもらいたいものがあるんだ」

「み、見てもらいたいもの……?」

「……実はクレイスと最後に話した時に、一つ貢がれたものがあってな」


 そう言うと、彼女は自分の胸にしまっていたペンダントを取り出す。真っ赤な宝石のついたそれはそれは美しいものだ。

 だがそれを一目見た瞬間、ネグラとヒダマリは驚愕した。


「これは……魔力水晶!?」

「しかもこの色は、かなり特殊な……!」

「ふむ、やはり何か秘密がありそうか」


 ピィは、戸惑うヒダマリの手にペンダントを乗せる。


「これは元はと言えば、お前の祖母が伯父、ダークスに贈ったものだ。それをあのクレイスが持っており、最後に吾輩に渡してきた。……だからきっと」


 魔力水晶によく似たピィの真っ赤な目が、熱を持つ。


「クレイスの狙いの一つがここに入っていると、吾輩は思っている」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る